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イデアール  作者: 長月遥
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第三章 軍師一族シェアディール

 早朝、まだ目覚めたばかりでろくに身支度もしていない時間帯に規則正しいノックが聞こえた。

(珍しいな)

 この時間帯、まだヴァースが活動していない事ぐらいシアもとうに知っているだろう。実際今までシアが訪れるのは昼間が殆どだった。それでも起きていない事がある程だ。

「ヴァース様、宜しいですか」

「いや――……、まあ、構わねぇけど……急ぎか?」

 急ぎの用ならあえて拒もうとは思わないが、そうでなければ本当の寝起きは流石に勘弁してもらいたい。女性程には気にしないが、ヴァースとて他人の眼ぐらいは気にするのだ。

「……いえ、失礼しました。また後ほど覗います」

 声の調子で悟ったのだろう、少し慌てたようにそう言うとぱたぱたと足音は遠ざかっていった。少しばかり乱れていたのは気のせいだろうか。

(何なんだ)

 少し不可解な気はしたが――おそらく戸惑っているのだろうと結論付けた。

無理もない。

シルギードの使者に門前払いをくらわせた翌日だ。相手の反応が気になって落ち着かないのだろう。それを指示した本人はその後何の説明もなく城を見回って何やら調べた後町に出て、戻って来たと思ったら寝てしまった。

(……人の事言えねえが、マイペースに過ぎんだろ)

 しかし自分で動かしてしまった事態だ。もうヴァースが第三者でいる訳にはいかない。

いつもならもう少しベッドの上でぐずぐずしているのだが、起き上がって身支度を整え表に出る。

先にシアを探すかイシュタルに会うか――

(……イシュタルにするか)

 ついさっき追い返したばかりの相手を呼び止めるのもどうかと思うし、既に彼女の事だから別の仕事に取り掛かっている事だろう。

何よりイシュタルの部屋はすぐ近くなので探さなくて済む。

「――イシュタル?」

 軽くノックして呼び掛けてみるが――無反応。

「イシュタル? いないのか?」

 再度の呼びかけにも反応が無く、ヴァースはそこで諦めた。

(まァ、色々やる事もあるのかも知れねえし、後でまた来てみるか)

 しかしそうなるとやるべき事はそれで終わってしまうのである。

後はせいぜい再度シアが来た時に空振りにならないように部屋で待機しておくぐらいか。

息を付いて自室に戻ると、横から伸びてきた手にぐっと口を塞がれくつくつと耳元で笑い声がした。

「元気みたいで何よりだ」

「っ」

 きん、と耳鳴りのような音がして、不快さに顔をしかめると同時に解放された。騒いでも別に構わない、という事だ。

「結界か……」

「戻ってくるかどうか判らなかったからな。――うん、傷痕も綺麗に消えたな。残さないように気をつけてはいたが心配だったんだ」

 満足そうに頷き、リンデンバウムは凶悪に笑う。壊す瞬間まで綺麗に保存しておきたいらしい。

「……何の用だ。殺りに来た、って感じじゃねえな」

「あぁ、まだ足りないな。今日はちょっと確認しに来ただけだ」

「確認?」

「ちゃんとイシュタルを引き込んだじゃないか。結構結構」

 声に喜色を表し、馬鹿にしたようなその言い様にヴァースは盛大に舌打ちをした。

「これで俺も心置きなく帰れるってもんだ。――ヒルディアで待ってるぞ。そこでゆっくり殺させてくれ」

「シェアディールが付いてんのは、ヒルディアなんだな」

 ヴァースが確認するように言った言葉にリンデンバウムは一瞬沈黙し――笑いだした。とても嬉しそうな狂笑を。

「はっははははは……ッ。自分の身よりも国事を気にするか。楽しみだよヴァース。それでこそだ」

 うっとりとした仕草で気に入っているらしいヴァースの髪を梳くと、指を弾いて結界を消す。

「じゃあな。――早く来いよ。楽しみにしている」

 ニィと最後に毒々しい笑みをヴァースに向け、リンデンバウムは窓から消えた。

追う気は無い。追った所で見付かるはずもないし、自分の実力では殺されるだけだ。

「……テメーが言ったんだろうが」

 カラムを守るには――ヴァースがリンデンバウムに殺されないよう生き残るには、それしかないと。

(――……ヒルディア、か)

 イシュタルの策でも近いうちに行かねばならない地。

(俺を殺して、シェアディールはどうする気なんだ)

 そう考えてしまって、諦めたようにヴァースは首を振る。同じくシェアディールの知を持つイシュタルが判らないものが、自分に判る筈がない。

(とりあえず今は……どう時間を潰すか、だな)




 次にシアが訪れたのは昼を回って少しした頃だった。来る前に声を掛けたのだろう、イシュタルも一緒だ。それはいい。

それはいいのだが、気になるのは――

「……お前、もしかして今の今まで寝てたのか」

「…………う? ……あー……、うん、寝てた……」

 まだぼやっとしたまま起きてるのかどうだか怪しい返事が返って来る。

「……ヴァース様……」

 何だかもの凄く不安そうな顔でシアに助けを求められた。――気持ちは判る。

「おい、イシュタル。起きろ。結局昨日何も聞いてないんだよ」

「平気だってー……任せとけ任せとけ」

「とりあえず今のお前には何も任せられねーよ。顔洗って来い!」

「洗ったー……」

「冷水でだ!」

 いっそ氷水で洗わせてやりたい。思い付いたら実行したくなった。

「シア、水」

「はい」

 是非にという思いがあったのだろう、シアはてきぱきと水を洗面器に入れて戻って来た。そこに魔術で生んだ氷を入れ、十分に冷えたのを確認してからまた椅子に座って眠りそうだったイシュタルの頭を突っ込んだ。

「――ッ!」

 流石に目も醒め、がぼっ、という水に気泡が溢れる音がして苦しげにもがき出す。

「起きたか?」

「『起きたか?』じゃないだろ! 何するんだ! 俺の心臓が弱かったら今頃あの世だぞ!」

「こんな時間まで起きてない方がおかしいだろうが! 昨夜何やってたんだ!」

 イシュタルが部屋に戻ったのはそう遅い時間ではなかったはずだ。イシュタルの抗議に同じく怒鳴って返すと、曖昧な音を口から出して後ろ頭を掻く。

「いや、まあ、色々。ここ色んな書籍あるしつい」

「ったく……まあいい。眼ェ覚めたなら話始めるぞ」

 どかりとヴァースがソファに座り、机を挟んだその正面にシアとイシュタルが座った。

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