汗
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朝起きると、シャツの下にじっとりと寝汗を掻いている。ベタベタしていたので、すぐに着替えのシャツや下着類を持ち、風呂場まで歩いていく。シャワーの温度を三十八℃のぬるま湯に設定して浴び始めた。髪にシャンプーとリンスをした後、汗が残らず流れ落ちてしまって、気分がすっきりする。あたしは入浴し終わってからバスルームを出、リビングへと舞い戻った。タオルで髪を拭きながら、仕上げにドライヤーで乾かす。午前中の早い時間にシャワーを浴びることが出来るのは今日が日曜日だからだ。普段この時間帯は仕事に出かけていて家を空けている。ドライヤーは電気代が掛かるのだが、濡れたままよりもいい。
携帯を手に取り、誰かから着信やメールなどが入ってないかどうか確認する。一件メールが入っていた。彼氏の祐次からだ。多分会社が休みで、今日は暇しているのだろう。メールにも<午後から来るよ。都合大丈夫?よかったらメールして>と打ってあった。返信用のフォームを作り、打ち返す。<あたし全然大丈夫だから。午後二時頃に来てね。待ってるわ>と打って送信ボタンを押した。<メールが送信されました>というメッセージと共にメールが送られる。フリップを閉じ、充電器に差し込んだ。そしてドライヤーで髪を乾かしてしまうと、朝食を食べていなかったので、買い置きしていたクロワッサンを二個皿に置き、ブラックのアイスコーヒーを一杯淹れて食事し始める。夏の時間は暑さで過ごしにくいのだが、部屋の中にいるとそうでもない。食事を取り続けた。
食事し終わると、その日の午前中はBGMに静かなクラシック音楽を掛けて寛ぎ続ける。別に休日に無理して裕次と会うことはないのだが、彼の方からアプローチを掛けてくる。部屋の掃除を済ませ、片付けも済ませてしまってから、裕次が来るのを待つ。シャンプーの残り香が部屋の中に漂っていた。いつもネット通販で買うブランド物のリンスインシャンプーは普通の量販店などでは売ってない。別にブランド物ばかりを好むわけじゃなかったのだが、あたし自身、結構宣伝には弱いのだ。このシャンプーもネット上の通販サイトを見てから知った。ちょうど一年前ぐらいだったが……。
裕次には午後二時に来るように言っていたから、今日は会える。いつもは職場でもワイヤレスマイクを付けてずっとオペレーターの仕事をしていたので、ストレスが溜まっていた。まあ、手取りが二十万ぐらいで、この街の今のマンションに一人暮らししていたから別に構わなかったのだが……。休日は彼と過ごすことが多い。あたしも裕次との休暇には慣れていたのだし……。
髪を拭いたタオルを洗濯物入れに入れて、近いうちにまとめて洗濯するつもりでいた。洗濯機を回すのは一週間に二度ぐらいで、いつも帰ってきたとき汚れ物類は洗濯物入れに入れている。別に構わないのだった。洗濯機はつい最近買い換えたから、使い方を覚えるとき、設置に来てくれた家電量販店の店員に教えてもらっていたのだが……。
お昼に買っていたうどん玉を茹でて食べ、歯を磨いた後、裕次が来るのを待ち続けた。音楽を消して、画面が大きい地デジのテレビを見ながらチャンネルを回す。あまり面白い番組はなかったのだが、彼が来るまでじっとしてようと思った。あたし自身、極めてマイペース派なので……。
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午後二時に差し掛かる頃、玄関先で物音がする。裕次が来たものと思われた。座っていた座椅子から立ち上がり歩き出す。玄関まで行き、扉越しに一応、
「どなた?」
と訊ねると、
「俺。裕次」
という声が聞こえてきた。扉を引き開けると、彼が立っている。かなり汗を掻いていて外が蒸し暑かったのを察した。着ていたTシャツも汗だくのようだったし、現に彼の額からは汗が流れ出ている。持っていたタオルで拭きながら何とか凌いだようだ。裕次は以前よりも汗を掻かなくなっていたのだが、やはり暑さできついらしい。この時季は体調を壊しやすいので、注意して欲しいと思っている。
「入るよ」
「ええ。……節電しないといけないけど、一応クーラー入れておいたから。温度は幾分高めに設定して、だけどね」
「でも涼しいな、この部屋」
彼がそう言うと、あたしがキッチンに入っていき、コーヒーをグラスに一杯淹れる。そして氷を浮かべ差し出すと飲み始めた。裕次はアイスコーヒーが好きなのだ。夏場は常に冷たいコーヒーを飲んでいる。特に仕事上外回りをしていたので、ブラックの缶コーヒーを数本飲む。平気なようだった。多少苦めでも。実際、同じ飲むならブラックのエスプレッソがいいとすら言っていたのだ。
彼の額からは汗が迸る。やはり気温の上昇からだろう。あたしもコーヒーを飲みながら、さっき音楽の代わりに付けていたテレビを消さずに付けっぱなしにしていた。日曜日のこの時間帯――午後二時過ぎだが――は面白い番組がほとんどない。だけど一応付けていた。裕次が、
「見ないんだったら消しなよ。それに今からは二人の時間だからな」
と言う。あたしが言われた通りテレビを消し、テーブルにコーヒーの入ったカップを置いて、リビングのベッドに横たわる。すると彼が上から乗っかってきた。少しだけだが、大人の時間が始まる。成熟した者同士の。ゆっくりと交わり続けた。汗が出てくるのを感じながら……。そして一通り行為が終わると、ベッドから起き上がってトイレに立つ。互いに疲れているのは分かっていた。極力裕次が体力を消耗しないよう気遣う。ついさっきまで彼は外気に蒸されていたのだから……。
*
裸のままでいる裕次のコーヒーのグラスの中の氷が揺れた。カランという音がする。熱気で溶けたのだろうと思うが、あたしはあえてそのままにしておいた。彼も外出時はちゃんとペットボトルを携帯している。いつの間にか取り出していた五百ミリリットルのボトルには水が入っていた。表面には水滴が付いている。言ってみた。
「汗掻いてるわね」
「汗?もうタオルで拭いちゃったけど」
「違う。裕次のペットボトル」
「ああ。これは仕方ないよ。水滴が浮くんだから」
ふっと窓の外を見ながら、
「夏も終わりに近いかな?」
と言うと、彼が、
「そうだね」
と返し、ボトルをサイドテーブルに置いたまま、じっと見つめる。もちろんあたしの方を、だ。互いに抱き合って寛ぎ続けた。夏の休日はゆっくりと過ぎ去っていく。CDをインサートしていたコンポの方に歩いていき、また音楽を掛けて、お互いリラックスする。流れていく時間を惜しむことはない。大切な人と一緒にいるのだから……。
(了)