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自治区抹消  作者: SET
1章 兆し
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1 ◆

[二〇××年七月二十四日]


 喫茶店の窓際席からは、街路樹として植えられているツツジの花が良く見える。ヴェルナーは二人掛けの机に突いた肘に頬を乗せ、人通りのまばらな商店街を見つめていた。夕陽に包まれたツツジは綺麗だが、代わり映えのしない風景に少し飽いて、カウンター席の真ん中あたりの壁面に飾られたテレビのある方へ首を曲げた。

 部屋の中では五人の客が安いコーヒーを片手にそれぞれ喋り合い、店主のコルネリエも客の会話に混じっている。普段は自分もそこへ加わっているのだが、昨日、全く寝付けなかったせいで眠気が勝った。帰宅して布団へ潜り込まないのは、サラやコルネリエや常連客と雑談に興じ、ドラマの再放送をのんびりと眺めているだけの夕暮れ時が好きだからだ。この喫茶店の従業員だという、最低限の社会意識も少しは加味されている。

 椅子を引く音が間近で聞こえ、顔を上げる。近所の民族高校の制服を着たサラが、正面の席へ座った。赤い眼をまっすぐに向けてきている。

「元気ないね」

 サラという名前に疑問を抱かせる、日本人にしか見えない黒髪の少女が呟いた。

「なんだか今日は、寝付けなくて」

「そうなんだ。私も、寝付けなかった」

「偶然」

「うん」

「学校は」

「行ってきた。午前中で終わり。明日から、夏休み」

「ずいぶん中途半端なんだな。今日、火曜日なのに」

「そうだね」

 サラは微笑んだ。

「貴方はいつでも夏休みだけど」

「閉店後はちゃんと働いてるよ」

「開店中も働くのが普通」

 ヴェルナーは言葉に詰まり、テレビに視線を投じた。テレビでは、ドラマの再放送が終わりニュース番組が流れ始めていた。

 アナウンサーから流れるように吐き出される言葉が、ニュースを消化していく様子をしばらく眺める。いつもの光景だ。そう思い、再びサラの方を向こうとした所で、珍しい言葉が耳に入ってきた。ROTという言葉を、何年かぶりに全国区のニュースで聞いた気がした。

『本日未明、少数民族のROT(ロート)が住む神奈川県ROT自治区のノーレ・マイセン区長が執務室で死亡しているのを、区役所職員が見つけ、警察に通報しました。神奈川県警ROT自治区署の署員が駆けつけた所、区長は刃物で首をはねられており、胴体部分には無数の刺傷が刻まれていたということです。遺体の損傷の激しさから、個人的な怨恨の線が強いと見て、警察は捜査を進めています』

「うえ……なんだ、この事件。サラ、これ……」

 ヴェルナーはサラに画面を見るよう促そうとしたが、既に彼女はテレビ画面をじっと見つめていた。

「ROTって言葉、放送禁止用語になったのかと思ってたよ」

 常連客の一人がそんなことを呟いた。

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