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自治区抹消  作者: SET
2章 自治区形成
16/37

14 ◇

一九一八年七月十一日~十三日 ROT殲滅戦まであと《十二日》→《九日》



 午後二時半に始まった戦闘は午後六時に終わった。ドイツ兵は南の丘の奪還を諦め、ドイツの支配下である東街道方面へ向け敗走。いくら南街道連合軍が合流し、策が全て決まったとはいえ、駐留軍兵士も、南街道連合軍も、負傷者多数で満身創痍だ。これから夜間に差し掛かることとその惨状とを鑑み、追撃は取り止めとした。追撃した先に最新兵器を操るドイツ兵が待ち構えていれば、ひとたまりもない。

 ドイツ軍の残兵がいないかの探索では、まだ歩きまわる元気のある兵士で手分けして村中を回った。そしてそれぞれ指定された場所の探索を終えた兵士を、広場にいったん集合させた。

 仲のいい兵卒同士でぽつぽつと喋り合っている中、ティナは一人で、広場のベンチに座っていた。広場の地面は石造りで舗装されている。特徴らしい特徴は、花壇に植えられた多くの花だけだ。

「お疲れ様でした」

 ふと気配に気づくと、暫定指揮官が、唐突に労いの言葉を向けてきた。暗くて、よく表情は見えない。

「まだ終わっていませんよ。増援が来るかもしれないんですから」

「では、今回の作戦の指揮、お疲れ様でした」

「はい。貴方も、お疲れ様でした」

「全てが連動した作戦、素晴らしかったです」

 人殺しの為の作戦に、素晴らしいも何もない。ティナは、顔を俯かせた。

「貴方の大切な部下を、十五人も死なせて、素晴らしい?」

 薄闇にぼんやりと浮き上がる暫定指揮官の軍靴を見つめたまま、呟く。

「死なせたのはドイツ軍です。貴方ではありません」

「いえ、責任を感じているわけではないです。死なせてしまったなと、ただ思っただけ……」

「それなら、いいのですが」

「そういえば、まだ貴方の名前を聞いていませんでした。呼びにくいので教えてくれますか?」

「ルイス・ライナルト。ハイエル村駐留軍軍団長です」

「私の方もしっかりと自己紹介をしてませんでしたね。ティナ・リースです。所属は」

「中央軍第十一歩兵師団、派遣指揮担当の一人、ですね」

「はい。そこの第三連隊長と、地方駐留軍派遣指揮官とを兼任しています」

「部下……副官に貴方を連れて来るように頼んだのは、私です。至近の派遣指揮官の動きが遅いと感じたら、市民に評判の貴方を頼れと。最終的な判断は副官の直感に任せていましたが」

「ああ、そういうことでしたか。私、今日は一週間ぶりに帰宅している最中だったんですけどね」

「それは……大変、失礼しました。リース連隊長」

 ライナルトの恐縮したような声と同時に、騒がしい来客を予感させる蹄の音も遠くに聞こえ、再び顔を上げた。

「ライナルト」

「はい」

「呼んでみただけです」

 笑顔を向け、立ち上がる。闇に目が慣れ、ライナルトが苦笑を返してきたのが分かった。

「馬車が来ますね。ライナルトが最初に呼んだ指揮官でしょうか」

 ライナルトには、まだ聞こえていないようだ。少し辺りを見回してから、ティナが見つめる方を向いて、耳を澄ましている。

 馬車は、広場の入口に突っ込んできた。御者が何事か叫びながら馬を宥め、ティナとライナルトのすぐ目の前で停まった。すぐに、携帯用のランプを抱えた人が降りてくる。それは、横に大きい風貌からして、ライナルトが最初に救援要請を送った、肥満で馬に乗れない指揮官だと思われた。

「君らは、ハイエル駐留軍の兵士か?」

「はい」

 ライナルトが頷く。

「西街道を沿って走れば分かると言われ、救援要請を受けてきたのだが……街道には人がいなかった。もしかすると、誤報か?」

「いえ、大変申し上げにくいのですが、既に、解決致しました。こちらの方の助力を受け……」

 動きが遅いと感じたら、独断でティナを頼れと、伝令役をこなす副官に言い含めてあった。中央軍の連隊長に歯向かったライナルトといえども、そうは言えないらしい。

「おお?」

 部外者を決め込んで突っ立っていると、ランプが、ティナの顔に近づけられた。

「十一歩兵のとこの、リース連隊長じゃないか。こんな所で何を?」

「自分は、派遣指揮官も兼任しております。今回、貴方が戦場へ遅れた場合の保険として、要請に応じた次第です」

 どこかで会っていたのだろうか。人の顔を覚えるのは得意な方だが、いま目の前に居る男は、記憶にない。階級は相手の方が上である雰囲気がしたので、硬めの言葉で応じておく。

「なるほど。で、事件の方は、誰がどうやって解決したんだ。ここの軍団長が人質の解放交渉でもしたのか?」

「ハイエル村駐留軍の軍団長は私です」

「おお、これは失礼した。では、貴方が解放交渉を?」

「軍団長として申し上げます。派遣指揮官として指揮を執ったリース連隊長が、今回の案件を、武力解決しました」

 ライナルトが、少々大げさに言った。

「何? 村民が五百余名、人質に取られているという情報だったが、あれはどうなった」

「それも含めて」

「ドイツ兵が総勢二百五十名以上という話は」

「それも含めて、です。南街道沿いの駐留軍の助力もありましたが」

「何……? 詳しく話を聞かせてくれ! ドイツ軍先遣隊の侵攻を、武力解決? これは、とてつもない大手柄ではないのか、リース連隊長」

「自分は、ただ職務を遂行しただけです。これから見回りがあるので、失礼します」

 話がくだらない雲行きになっていきそうだと感じ、口から出まかせを言う。説明はライナルトに任せ、借りることになっているという宿舎へ、先に戻ることにした。とにかく今は、連日の任務で疲れ果てた体を、早く休めたい。宿舎では、兵卒とすれ違うたびに声を掛けられた。適当に作り笑いを浮かべながらやり過ごし、受付の男に、手配されている部屋を確認した。その部屋は一階の一番奥の部屋で、非常口のすぐ近く。隣の部屋はライナルトとなっているらしい。それならば、ドイツ軍の襲撃が起きたとしても、すぐに対応が出来るはずだ。安心して眠れる。部屋に入り、軍服のもろもろを脱ぎ捨て、ベッドに入り込んだ。疲弊し切った体は、何かを考える暇もなく、眠りを運んできてくれた。

 目を覚ましたきっかけは部屋をノックする音だった。集合時間に遅れてしまったのだろうか。下着姿で眠っていたティナは、軍服のズボンだけを履き、ベルトをせずに手で押さえながら、慌てて鍵と扉を開けた。

「リース連隊長。差しでがましい真似だとは思いますが、集合予定時間の午前九時を過ぎたので起床を促しに参りました」

「わざわざありがとう」

 目を擦りながら小さな声で応じる。下がってきたズボンを引っ張り上げた。

「ドイツ軍に、まだ動きはありません」

 ライナルトは、朝からはきはきとした喋り方だ。最初にティナの全身を見てからは、意地でも首から下に視線を下げない。

「それは、何よりですね」

「では、着替えが済みましたら、広場にいらしてください。中央軍指令本部付きの少将がお待ちです」

「はい。見苦しい姿で応対してしまい、申しわ……」

 抑えきれなくなった欠伸が、言葉の途中で出た。

「申し訳ありません」

 ライナルトがまた苦笑を零し、踵を返した。

 身支度を済ませて、言われたとおりの広場に向かった。そこでは昨日の、馬に乗れない指揮官が笑顔で迎えてくれた。少将、か。派遣司令官の担当としては、最上級に位置している。自分よりも三つほど階級が上だ。この人に言えば、少しは危機意識が変わるだろうか。

「軍団長から話は聞いたよ。今回のことは、私の自宅にある無線から、上層部に連絡しておいたからな。昇進を期待していてくれ」

「は……。それはありがたいお言葉。ですが失礼を承知で申し上げます。今回の勝利の要因は、ドイツ軍がROTの地方駐留軍を馬鹿にしきった装備で襲ってきたからに過ぎません。我が方は中央軍のみにしか、近代兵器や、無線などの重要機器が配備されておらず、この状態を捨て置けば近いうち必ず、国境の村々はドイツの支配下に置かれることと……」

「まあまあ、硬い話はそこまでにしておきなさい。明日の新聞の一面は、君で決まりだろう。弱冠二十歳の女連隊長が、下等種族に囚われた村民数百名を救出! どこの新聞だって飛びつくさ。いやあ、しばらくぶりの明るい話題だよ。兵卒の士気も高揚するというものだ」

 手をひらひらと振った少将は、諫言自体を聞き流し、上機嫌で言った。ああ、この人もだ、とティナは思った。この人も、どこかで楽観視している。未だドイツ人を下等種族呼ばわりする風潮に浸かっている。塹壕に鉄道、機関銃に戦闘機、毒ガス兵器にUボート……。ドイツの軍事力は生半可ではない。いくら周囲が敵だらけとはいえ、どこをどう捉えれば、軍事的後進国の我々が楽観視できる要素があるのか、自分には分からない。

「士気、ですか」

「ああ。小競り合いですらドイツ軍に押されているせいで、厭戦気分が燻り始めている。これをきっかけに、軍に対する民衆の期待も少しは変わっていくだろう。君には感謝してもしきれないな」

 触るな。

 肩に手を掛けられ、反射的に振り払おうとしたが、寸前で踏みとどまった。

「分かりました」

 このまま、志願兵募集の広告塔にでもなりましょうか。

 そう言おうとすると、近くに控えていたライナルトが声を上げた。

「おめでとうございます、リース連隊長」

 彼はこちらの苛立ちを察知したのか、無理に会話に入ってきた。

「昇進したら是非、この辺境部隊にもご配慮を」

「はは。抜け目ないな、軍団長。……私はこのまま馬車で中央指揮所に向かうが、リース連隊長はどうする? 分乗するか?」

 この男と分乗など、冗談ではない。

「いえ。敵の増援があるかもしれないので、あと二日ほど滞在してから連隊長の職務に戻ろうと思います。その旨、よろしくお伝えください」

「そうか。慎重だな。いや、そうでなくては、今回の大手柄はなかったか」

 少将は、近くに止めていた馬車に乗り、ハイエル村を後にした。

 少将は決して小人物ではないのだろう。手柄を横取りすることもできたのに、それをせず、素直にサラの出した成果を褒め称え、上層部にまで伝えてくれた。だが、あの暢気さとは、決して相容れることはできない。士気がどうしたというのだ。高い士気で戦闘機を撃ち堕とせるなら、自分だって歓迎する。だがそんなことは不可能だ。高射砲などの対空兵器でしか、戦闘機は堕とせない。戦争を継続させることにおいて、士気は重要かもしれないが、戦闘そのものにおいて、士気が重要視される時代はとうに終わりを迎えている。

 このようなことでドイツ軍の過小評価に拍車をかけてしまうくらいなら、むしろ、手柄を横取りされた方が良かった。

 それからティナは、ハイエル村に二日間にわたって滞在。亡くなった兵士たちを弔い、村民からの歓待を素直に受けつつも、雰囲気に呑まれることなくドイツ軍の増援に備えた。結局、ドイツ軍の増援が襲来しないことを見届け、ヴェルナーを駆って帰宅した。気が合いそうなライナルトとの別れは少し名残惜しかったが、感傷に流されることなく、淡々と別れた。

 家に帰ると、いつもののどかな我が家を取り巻く光景は一変していた。家の周りが市民に囲まれていて、歓声を持って迎えられたティナは、握手を求められたり、手を振られたりした。

 握手を求める手を無視し、ヴェルナーを厩舎に戻してから家に入れば、満面の笑みという言葉をそのまま体現したクラウスが待ち構えていた。見て下さいと言わんばかりに、新聞の一面を掲げている。それはROT国内で他の追随を寄せ付けない、信頼度の極めて高い新聞紙だった。ティナが第三連隊の兵卒に指示を飛ばしている写真が中心のレイアウトで、一面全てを使ってティナの事について書かれているようだ。ROTのジャンヌ・ダルクなどと、頭を抱えたくなるような二つ名が付けられた、馬鹿げた大見出しが躍っている。写真なんていつの間に撮ったのだろう。

 ティナはクラウスの手から新聞を奪い取り、力任せに引き裂いてから、残骸を床に散らした。

「あー! 何するんですか!」

「あの馬鹿が……」

 あの戦闘の勝利は、相手が単発式ライフルを装備していたからこそのものだ。連射可能な銃器類を使ってくるなら、ひとたまりもなかった。各方面に敵を抱えるドイツ軍が、ROTを侮るのをやめ本腰を入れて侵攻を始めれば、まず間違いなく惨敗する。敗走を重ねる余裕のあったロシアとは違い、ROT共和国の国土は、狭いうえに平地が多く、気候も温暖で安定しているのだ。兵器生産能力の貧弱さを考えれば、一度でも大きな失策を犯した時点でROTの運命は決まったも同然。連合国だって、アメリカの参戦で息を吹き返しているだけで、ROTを支援する余裕なんてない。そういう際どい外交状況の中で、何を暢気な事をしているのか。

「いい、クラウス? 私は、人を大勢殺すよう命じただけ。何も喜ばしいことじゃない」

「で、でも……」

 破れてしまった新聞紙を拾い集めているクラウスに、厳しい言葉を掛ける。

「こんな馬鹿らしい新聞記事、早く捨てなさい」

 何が悲しいのか、クラウスは叱責する前から涙目で、新聞紙を捨てるように命じると、そのまま俯いてしまった。

「でも、僕は……馬鹿らしいとは、思い、ません」

「私が広告塔にされてるのがそんなに嬉しいの?」

「だって、だって、ティナ様が、やっとみんなに認められたって……。今まで、女だからとか、若いからとか、親のおかげとか、散々、妬まれたり、馬鹿にされたり、酷い目に遭ってきて、やっと、みんなに認められたって思ったら、嬉しかったんです、よ……」

 珍しく口答えをしたと思ったら、今度は嗚咽交じりになっている。泣かせるようなこと言ったか、今?

 理由はよく分からなかったが、クラウス相手に大人げなかったとも思い、ティナはクラウスが新聞をかき集めているのを手伝った。

「ごめんね。なんか……苛々してて。私が、喜ぶと思って、見せてくれたんだもんね」

 新聞の紙くずをとりあえず一か所に集めてから、ティナは謝った。クラウスはますます激しく泣き始めた。なんだか困惑してしまい、もう一度謝る。

「ごめん、十四にもなってこのくらいで泣くなんて思わなかったの」

「フォローに、なって、ないです……」

 しゃくり上げるクラウスは、顔を赤くして俯いた。言葉のやりとりは、どうにも上手くいかない。

 ティナは人差し指でクラウスの顎を叩き、顔を上げさせた。そしてクラウスの前髪を右手で掻き上げ、じっとその赤い眼差しを見つめてから、額に唇を寄せた。産毛がさわさわと唇を撫ぜる。唇を離し、また少し目を見つめたあと、立ち上がった。

「今から、報告の為にロッテンゲンに行くから。同じ新聞を貰ってきてあげる。いい加減、うちにも電話線通ってくれないと不便だよねぇ……」

 白々しい言葉を付け足し、玄関に向かう。居間を出る際に振り返ると、クラウスはぼうっとこちらを見つめていた。笑いかけると、あっという間に耳が赤くなっていった。可愛い。くす、と笑みを零してから、目を切った。

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