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自分の人生は、自分で決めます!  作者: 九葉(くずは)


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第6話 綻びるシナリオ

 舞踏会から数日が過ぎた。

 学院の空気は、奇妙なほど張り詰めていた。


 教室の窓際、私の席。

 私はいつものように『行動記録手帳』を開き、前限の講義内容――魔導歴史学の要点を整理していた。


 周囲の視線を感じる。

 以前のような「悪役令嬢への怯え」ではない。

 「あの方、本当に悪女なのかしら?」「王太子殿下の方がおかしいのでは?」という、探るような視線だ。

 私の「沈黙」という戦略が、ボディブローのように効いている証拠だ。


 だが、その静寂は唐突に破られた。


「ひどい……っ! なんてことを!」


 教室の中央で、悲鳴が上がった。

 ピンクブロンドの髪を揺らし、リナ・ベルモンド男爵令嬢が机に突っ伏している。

 彼女の手には、無残に切り裂かれた教科書が握られていた。


 来た。

 私はペンを走らせる手を止めず、心の中で呟いた。

 「教科書損壊イベント」。

 初歩的かつ古典的な、いじめの演出だ。


 教室がざわめく中、タイミングを見計らったように教室の扉が開いた。

 王太子ジュリアン様が、二名の側近を連れて入ってくる。

 あまりに手際が良すぎる。彼が廊下で待機していたことは明白だ。


「どうした、リナ! 泣いているのか!?」

「ジュリアン様……っ。私の、教科書が……また……」


 リナ嬢が涙目で訴え、ズタズタになった教科書を見せる。

 ジュリアン様の顔色が変わり、吊り上がった視線が一直線に私を射抜いた。


「アリア・ローズブレイド! また貴様の仕業か!」


 彼は私の席まで大股で歩み寄り、机を拳で叩いた。

 ドン、と大きな音が響く。

 私はゆっくりと顔を上げ、冷静に彼を見返した。


「『また』とは異な表現です、殿下。私は一度として、そのような非生産的な行為に及んだことはありません」

「しらばっくれるな! リナはずっと耐えてきたんだ。だが、証拠ならここにある!」


 ジュリアン様は顎で私の鞄をしゃくった。


「その鞄の中身を改めさせてもらう。昼休み、貴様が席を外している間に、目撃者がいるんだ!」


 昼休み。

 確かに私は鞄を教室に置いたまま、手帳だけを持って研究室へ行っていた。

 不用心だったと認めるべきか、それとも「そこまでする」彼女の執念を褒めるべきか。


「どうぞ。やましいことはありません」


 私は鞄を差し出した。

 側近の一人が鞄を奪い取り、中身を机の上にぶちまける。

 筆記用具、ハンカチ、化粧ポーチ。

 そして――


 カタリ。

 私の鞄の底から、一本の錆びたハサミと、切り刻まれた紙片がこぼれ落ちた。


「……!」


 教室中が息を呑む。

 決定的な証拠だ。


「見ろ! やはり貴様だ!」


 ジュリアン様が勝ち誇ったように叫んだ。

 リナ嬢が彼の背後で、口元を歪めて笑ったのが見えた。

 「これで終わりよ」と、その目は語っている。


 シナリオ通りなら、ここで私は言い逃れができず、激昂し、自滅する。

 周囲の生徒も、決定的な物証を前に動揺している。


 けれど。

 私は静かに、机の上のハサミを指差した。


「殿下。事実確認を」

「往生際が悪いぞ!」

「そのハサミは私のものではありません。私の愛用品は、公爵家の紋章が入った特注のミスリル製です。そのような市販の安物は、切れ味が悪いので使いません」

「いくらでも偽装できるだろう!」

「では、時間軸の照合を行いましょう」


 私は席を立ち、教室の壁に設置された校内連絡用の魔導盤へと歩いた。


「アリア、逃げる気か!」

「いいえ。証拠を提示するだけです」


 私は魔導盤に手をかざし、学院の中央記録結晶へ同期する。

 空中に、光の文字盤が浮かび上がった。


「これは学院内の施設入退室ログです。生徒証の魔力登録IDによって、誰が、いつ、どのゲートを通過したか、一秒単位で記録されています」


 私は昨日の日付――事件発生日を指定し、自分のIDログを表示させた。


『ID: Aria_R 12:05 旧校舎・第三実験棟 入室』

『ID: Aria_R 13:10 旧校舎・第三実験棟 退室』


 緑色の魔導文字が、冷然たる事実を告げている。


「ご覧の通りです。私は昼休みの間、ずっと旧校舎にいました。ここから徒歩10分かかる場所です。この教室で教科書を切ることは、空間転移でも使わない限り不可能です」


 ジュリアン様が口を開けたまま固まった。

 光の文字盤を睨みつけるが、魔導具が嘘をつくはずがない。


「な、捏造だ! 貴様、公爵家の権力を使って記録係を買収したな!?」


 苦しい。あまりに苦しい言い訳だ。

 学院の基幹システムは、建国時代の古代魔法で守られている。人が介入する余地などない。


「……やかましい」


 その時、廊下から不機嫌極まりない低い声が響いた。

 教室の扉が乱暴に開かれる。


 現れたのは、白衣を着た長身の青年。

 エリアスだった。

 彼は眠たげな目をこすりながら、手にした羊皮紙の束をジュリアン様に突きつけた。


「廊下まで声が丸聞こえだ。研究の邪魔だぞ、王太子」

「エ、エリアス……? なぜここに」

「アリアに頼まれていた実験データを届けに来ただけだ。……だが、妙な疑いをかけられているようだな」


 エリアスは私の隣に立ち、面倒くさそうに溜息をついた。


「記録の買収? 不可能だ。だが、物理的なアリバイなら俺が証明する」


 彼は持っていた羊皮紙の一枚をひらりと掲げた。

 そこには、インクで自動筆記された複雑な波形グラフが描かれている。


「昨日の昼、12時10分から13時00分まで。俺の研究室で、アリアの魔力波形を連続計測していた。これがその生データだ」


 彼はグラフの刻印を指差した。

 波形には、固有の魔力紋――指紋と同じ絶対的な識別子が記録されている。


「この時間、彼女はずっと俺の目の前で、魔力防壁の構築式を組んでいた。トイレに行く隙すらなかったぞ。……こいつは集中すると周りが見えなくなるからな」

「そ、そんな……」


 ジュリアン様が後ずさる。

 機械的な入退室ログと、エリアスという第三者の証言。そして魔力データという科学的物証。

 三つの事実が、完全に私のアリバイを証明していた。


 リナ嬢の顔が蒼白になる。

 彼女のシナリオには、「記録」も「魔力波形」も存在しなかったのだろう。

 ゲーム画面には映らない、現実の証拠だ。


「で、でもっ! 手下を使ったのかもしれないわ!」


 リナ嬢が金切り声を上げた。


「アリア様は公爵令嬢よ? 誰かに命令して私の鞄に入れさせたに決まってる!」


 悪あがきだ。

 周囲の生徒たちが、冷ややかな目を向ける。

 「そこまでして犯人にしたいのか」という空気が充満していく。


 私は静かに首を横に振った。


「動機がありません。私がリスクを冒してまで、貴女の教科書を切る理由は何ですか?」


 私は一歩、机の上のハサミに近づいた。


「それに、リナ嬢。手下がやったかどうかは、すぐに分かります」

「え……」

「『魔力残滓マナ・トレース』です。誰かがそのハサミを握ったなら、微量な魔力が金属に付着しています。現代の魔導鑑識なら、持ち主を特定するのは造作もないことです」


 私は彼女の目を真っ直ぐに見た。


「さあ、鑑識に回しましょうか? もし貴女の言う通り、私の手下がやったのなら、私の派閥の誰かの魔力が出るはずです。……ですが、もし」


 私の言葉が終わる前に、リナ嬢が反射的に、自分の両手を背中に隠した。

 

 その動作が、何よりの答えだった。


 教室中が理解した。

 誰の魔力が、そこについているのかを。


「……行こう、アリア。こんな茶番に付き合っている暇はない」


 エリアスが私の肩に手を置いた。

 その手は温かく、強張っていた私の心を解きほぐしてくれる。


「ええ。参りましょう」


 私は鞄を拾い上げ、ジュリアン様とリナ嬢に一礼した。


「殿下。次からは、感情ではなく事実に基づいてご発言ください。……国の頂点に立つ方ならば」


 それは、精一杯の忠告だった。

 彼らがそれを理解できるかは分からないけれど。


 私はエリアスと共に教室を出た。

 背後でジュリアン様が何か叫んでいたが、その声はもう、ただの遠い雑音にしか聞こえなかった。


 ◇


 渡り廊下に出ると、風が心地よかった。


「……助かりました、エリアス」

「礼には及ばん。事実を言っただけだ」


 彼はそっぽを向きながら、ボソリと言った。


「それに、君がいなくなると計算速度が落ちる。俺の不利益になるからな」

「ふふ、合理的ですね」


 嘘だ。

 彼はわざわざ、重たい生データを持ってきてくれた。

 私のために。


 隣を歩く彼の横顔を見上げる。

 シナリオの強制力は、確かにほころび始めている。

 リナ嬢の焦りは、その証明だ。


 私たちは、勝てる。

 この不確かな、けれど愛おしい現実を守り抜ける。

 そう確信した昼下がりだった。

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