去る者と追う者
その日暮らしの彼にとって、その日に限って彼にとってはとんでもなく嫌なことが重なった。
毎朝欠かさずに行う近くの水辺に用意された『水魔導』の機械が故障したこと。故障したものを直すのは彼しかいない。壊すだろう相手だって存在しないのだ。ならば怒りをどこかに収めるしかない。
そして修理が終わった後の休息に持ってきたはずの昼ご飯がいつの間にか消えたこと。これに関しては『何か』の存在をようやく気になるようになった。が、それとこれとは別なのが自らのお腹だ。腹ごしらえに食べようと考えていたものがないので、近場にいた魔物『象王』を怒りと憎しみで狩ったうえで瞬時に『料理』という魔法を行った。人が居ればあまりの早さに言葉を失うのだが、なにしろ彼は一人で森の中奥深くに暮らしていた。そもそも人が分け入って行くことなどできないほどの森だ。
最後には自分が寝ぐらにしている洞窟が劇的に変化させられてようやく深くため息をついた。
こんなことができる魔法使いは一人しか思いつかない。彼の師匠であり、彼が唯一この世界に転生させられてこの世界で出会った人間だからだ。彼の転生前はどこにでもいる学生だった。まだまだこれからだっていう時に突然転生という魔法にかかった。
そして、転生先は自分が思う以上に低い水準の世界だった。彼の出会った師匠だけは、彼と同じ水準の魔力を持ち、魔法を操った。彼と同じように転生者だった。ただ、話し方や態度に嫌な思いしかせず、彼はその師匠から離れることにしたのだ。
さて、洞窟にいたのは、やはり師匠だった。
「やっ!同郷者よ!」
派手な格好をした妙齢の男性が声高く手を上げた。
「お久しぶりですね?ドーワン様。」
彼は少しだけ声を落として答える。
「なんだよ、その嫌そうな声!俺は心配してここにきたんだよ?セイラだって師匠に会えてうれしいだろ?」
「・・・そうでしょうかね・・・?」
かなり不機嫌そうにセイラは答えた。元々召喚されてからも何度かこの世界から出て行こうとした。
「はっはっはっ!まぁ、君は若いからね~。むかつくこと、苛つくこと、色々あるね。だけど、本当に心配したんだよ?俺だって死なせるなんてことはさせたくないじゃん?」
ドーワンは愉快そうにそう言って、びしりとセイラに指を指した。
「おまえ、この世界を出ようとしただろ。」
セイラはその言葉に一瞬だけびくりとする。確かに、このおじさんは外に出て行くことを許さないと延々と言って聞かせてきた。だが、
「その理由は一体何故ですか?僕は貴方のことを師匠と呼ばせてもらっていますが、一度だって貴方の弟子になったことはありません。僕が世界の外に赴くことが否定される理由はありません。」
と、強気に云う。
「はっはっはっ!確かに、弟子ではないな。ただ、頭の回転がそんなに速いならもう理解しているのではないか?この世界は、思うような世界だとは云えないと。」
ドーワンはかなり深刻そうに、だがとても愉しそうに云う。
「君は理解していない。この世界は外の世界よりも早くに回転し、現実よりも夢の中に近い。ふふふ。いずれ分かるだろう。答えなど知ってからでは遅いが、本当に無駄なことをする前に、やるべきことをしておけば良かったと理解するさ。」
「・・・?一体、何が言いたいのです?この世界のことは・・・」
最初にこの繰り返される世界に来たときは、一人で吸い込まれた。セイラはそんな懐かしい思い出を思い返した。
世界の終りは瞬く間にきて、セイラの出会いたかった『彼女』はやはり存在した。ただ、終りを迎えた世界から瞬く間に消えた彼女を、また、セイラは追うことになった。この世界は果てしなく広く、今も広がっている。
知り合いが増えて、出会いと別れには再会が含まれることをようやく知った。セイラの出自を深く探る人はいない。
彼が生まれたのはとある惑星の貴族やら王族やらが存在している場所だった。そんな場所のかなり身分の高い上位貴族として生誕した。母親と父親は仲が悪く、お互いに貴族の義務としてセイラを産んだ。父親は母親を好きになれず、身分の低い貴族との間に関係を持つこともしばしばあった。そんな父親に呆れ、母親は息子であるセイラを厳しく教育することで周りの視線を遮ることが多かった。母親のおかげでセイラは王族の娘と親しくなれるようになった。王女はいたくセイラを気に入り、王妃も輿入れを考えるようになった。しかし、素行調査で父親の不倫が問題になり、その話をすべて水に流されたのだ。母親はそれきり、病気になり、父親も行方知れずとなった。セイラはその姓を捨てることを度々考えた。
貴族というステータスはただの荷物になり、セイラにとってそういう肩書きが何を意味するものなのか、あるいは生涯をかけるべき人生なのか、理由を求めて、国を出た。
旅は過酷になると考えていた。実際に、労働をし、今までにないスキルを駆使して生活を送った。そうして旅を続けるうちに、知らず知らずにその名を覚えられていった。やがて、祖国にも自分の名を知らしめていたという。だが、セイラは旅を続けた。
祖国に帰ることは出奔するときに絶対にないと決めていた。セイラは一人の女性を探して旅をはじめたのだ。それが、ゼノロワ国の女王、ヒルワン。彼女はとうの昔に死んでいるが、その女性の血筋は守られ続けている。ゼノロワ国のありかは知らないが、それでもその女性に会いたいと胸に秘めていた。
ヒルワン女王は国を造る際に大地をならし、誰にも知られないように立国した。何故そこまでしたのかを描いた絵巻物があり、ヒルワン女王が元々別の国の王女であったこと、そして、国王によって王女の導を盗られたのだ。国王は王女のあまりの美しさに、自分の娘に手を出そうとした。導とは出自のことで、ヒルワンは一度、どこの誰かも分からなくさせられたのだ。王はヒルワンを次期王妃にすると明言している。つまり、ヒルワンの母親はすでに殺されていると言われていたのだ。ヒルワンの嘆き悲しみが絵巻物の絵にこめられていた。
ヒルワンは自分の国を造った。それは、自分の親から逃げるためだった。きっと立てこもっているだけではだめだと思い、人造人間を造り出したのだろう。
セイラはそんなヒルワンに恋をした。それは、自らの世界から逃げるために一度読んだ絵巻物がその心を捉えて離さなかったから。
そして、間近でみたあの女性はやはり、ヒルワン女王の子孫だと知った。
まばゆいばかりの美しさと儚げな顔。見たとおりの女王だ。会った瞬間に、自分が否定していた『貴族という肩書き』がちらついて離れない。自分がまだあの肩書きを持っていたら、すぐにでも求婚した。愛という言葉を否定していた自分が今まで感じた中で一番のときめきを覚えていた。
『好きだ』という言葉は一番嫌いな言葉。なのに、目の前に吊されている。
彼女は名を名乗らずに消えた。世界が消滅したとき、胸の中のもやもやがずっと残った。
セイラの物語は一度ここで終わる。もう、幕は次のものに託されたから。




