第1章 第5節 小さな報告
夕暮れの霧が戻り始めたころ、ルヴェンはリューデの通りを歩いていた。
昼の光に温められた石畳はまだぬくもりを残し、家々の窓には橙の灯がともり始めている。
袋の中には、丁寧に束ねた薬草と、銀貨二枚。
初めての依頼で得た報酬。
けれど、そのうちの一枚はリネアが譲ってくれたものだった。
「初依頼の記念に、取っときなさい」
笑ってそう言ったリネアの声が、まだ耳の奥に残っている。
森の影と焚き火の光が交わる場所で、彼女は背中を押してくれた。
その感覚が、まだ指先に残っていた。
家の扉を開けると、薬草の香りが迎えてくれた。
マリアは煎じ薬の瓶を並べながら、振り返る。
「おかえりなさい。……無事で何よりね」
「ただいま」
ルヴェンは袋を机の上に置き、銀貨を二枚取り出した。
「報酬、もらえたよ」
「ふふ、やったわね。どうだった? 森は」
「思ったより広かった。……けど、怖くはなかった」
「リネアが一緒だったからでしょう?」
「うん。彼女が教えてくれた。浅い場所を疎かにする人は、奥でも通用しないって」
マリアはその言葉に微笑む。
「その通りよ。森に限らず、ね」
薬草を混ぜる手が止まり、ルヴェンの方を見る。
「リネアにお礼は言った?」
「うん。でも、報酬を譲ってくれたのは……やっぱり、悪い気がする」
「いいのよ。譲るのも教えるのも、その人の選んだ“形”だから」
「形?」
「そう。誰かに与えることで自分が覚えることもあるの。
あなたもきっと、今日の“もらい方”を忘れないでしょう?」
「……うん」
ルヴェンは頷き、掌の銀貨を見つめた。
それは確かに重かった。けれど重さよりも、その冷たさが心に刻まれるようだった。
マリアは薬瓶の火を落とし、柔らかい布を肩に掛けてくれた。
「今日は疲れたでしょう。温かい布を肩に掛けて、おやすみなさい」
「うん。おやすみ」
その声に、家の中の灯が少しだけ明るくなった気がした。
部屋の隅に置いた袋の中から、まだ森の香りがする。
ルヴェンは小さく息を吸い、目を閉じた。
風の音が、今日の出来事を優しく撫でていく。
その風の先に、明日の道が続いている気がした。




