第1章 第4節 初めての依頼
霧が薄くなり、陽が石畳を照らし始めたころ。
ギルドの掲示板の前に、ルヴェンは立っていた。
木の板に並ぶ依頼の紙は、どれも風に揺れて端が擦れている。
その中に、小さく書かれた常設依頼の札があった。
――「薬草採取(二十束) 報酬:銀貨二枚」
それは村の森で定期的に出される、もっとも基本的な仕事。
だが、初めてのルヴェンにとっては、それだけで十分だった。
「それにするの?」
背後から声がした。リネアだった。
「うん。森の浅いところなら、俺でも大丈夫だろう」
「初めてにはちょうどいいね。あたしも同じ依頼、出しておくよ」
「え?」
「一人より二人の方が効率いいでしょ。それに……危ない目にも遭いにくい」
そう言って、彼女は掲示板の札を軽く叩いた。
二人は窓口に札を持っていき、サムエルに見せた。
受付の男は書類に目を通し、帳面に名を記す。
「薬草採取の常設依頼だな。ルヴェン・エルシア、初登録だ。森の浅い側だけ行け。風の向きが変わったら引き返すこと」
「はい」
「同行者はリネア・フロル。……まあ、お前が一緒なら安心だ」
「もちろん。ちゃんと見ててあげる」
リネアが笑い、ルヴェンは少し肩の力を抜いた。
昼の光が差し込み、扉の外には森の道が伸びていた。
小さな風の音が、霧の残り香を押してくる。
初めての依頼に向かうその背中に、村の静けさがゆっくりと遠ざかっていった。
森に入ると、湿った土の匂いがした。
木々の間を抜ける光はまだ柔らかく、鳥の声が近い。
リネアが前を歩き、ルヴェンはその少し後ろをついていく。
「森に入るときはね、息を合わせるの。自分の足音をよく聞いて」
「足音?」
「うん。速すぎると獣が逃げる。遅すぎると風が止まる」
リネアはそう言って、足元の草を指で払った。
「ここ。分かる? この細い葉。根の先が薬になるやつ」
「これか」
「そう。それを二十束。枯れかけてるのは除いてね」
「了解」
ふたりは黙々と草を集めた。
ルヴェンの手はまだぎこちないが、慎重だった。
根を掘るたびに土の香りが立ち上がり、風が髪を揺らす。
森の奥から光が差し込み、影が静かに動いた。
「ルヴェン、よく見て。ここ、根が白いでしょ」
「あ、本当だ」
「それは雨のあとで育ったやつ。質がいいから別にしておくといい」
「なるほど」
「森はね、話しかけると教えてくれるのよ」
「話しかける?」
「うん。足音とか、息とか。ちゃんと聞いてれば分かるの」
リネアの声は穏やかで、どこか懐かしい。
日が少し傾き始めたころ、二人の袋はほとんどいっぱいになった。
ルヴェンは掌の土を払い、立ち上がる。
「これで二十束、かな」
「よくやったじゃない」
リネアが笑い、ルヴェンも頷く。
「帰ろうか」
「そうだね。初依頼、合格だよ」
「ありがとう」
「お礼は報酬でね」
「え?」
「冗談。……でも、あんたの初依頼に付き合えたのは悪くない気分」
リネアは軽く肩をすくめた。
夕暮れの森を抜けると、村の屋根に光が沈みかけていた。
空は薄橙で、霧が淡く漂っている。
「次はもう少し奥に行ってみたいな」
ルヴェンが言うと、リネアは首を振った。
「浅いところを疎かにする人は、奥でも通用しないのよ」
「……分かった」
その言葉が、風と一緒に耳に残った。
ギルドに戻ると、サムエルが帳面を見上げた。
「戻ったか。どうだった?」
「問題なし。二十束、全部きれいな葉です」
リネアが袋を掲げる。
サムエルは頷き、秤にかけると報酬を取り出した。
「銀貨二枚、確かに。初依頼にしては上出来だ」
ルヴェンが頭を下げた。
「リネアさんの助けがあったからです」
「ま、そういうことにしとこうか」
リネアが笑って銀貨を差し出す。
「ほら、受け取りなよ。今回はあんたの初めてだから」
「いいのか?」
「いいの。次は半分こね」
「……ありがとう」
ルヴェンは両手で銀貨を受け取った。
その冷たさが、不思議と温かく感じられた。




