表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青紐の記録  作者: いろは
3/6

第3節 冒険者の札

室内は外よりも少しだけ暖かかった。

木の香りと紙の匂い、そして乾いた草のような埃が混ざり合っている。

窓の外から差し込む光が、長卓の上の秤を白く照らしていた。


 


ルヴェンとリネアは並んで立ち、村長でありギルドの受付も兼ねる男――サムエルの前にいた。

彼の肩は広く、歳のわりに背筋が伸びている。

黒ずんだ作業服の袖口から覗く腕には、若いころに森を歩いた跡が残っていた。


 


「ルヴェン・エルシアだな」

低い声が、板壁に反響する。

「はい」

「十四になった。登録の資格はある。……だが、資格と覚悟は別だ」

「分かっています」

サムエルはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと立ち上がり、背後の棚から銀色の器具を取り出した。


 


魔力秤まりょくばかりだ」

「魔力秤……」

「魔力量を測る。結果は、本人の申告や噂より正直だ」

男は無造作に言いながら、器具の中央に薄い水晶板を嵌め込む。

板の内側には、霧のような光の粒がゆるやかに流れていた。


 


「手を置け」

ルヴェンは小さく息を吸い、掌を板にのせた。

冷たい。

けれど、その冷たさは井戸水のように澄んでいて、拒むよりも先に吸い込まれる感覚だった。


 


静寂が流れた。

水晶板の奥で、光が集まりかけ、すぐに散った。

何も変わらないまま、ただ霧のような粒が漂っている。


 


サムエルが息を吐いた。

「……反応なし、か」

「やっぱり、そうか」

リネアが小さく呟いた。

その声には驚きも、哀れみもなかった。

ただ、知っていたことを確かめたような静けさだけがあった。


 


「魔力ゼロ、ってこと?」

「正確には、“測定不能”。 けどまあ、結果は同じだな」

サムエルは淡々と言いながら、水晶板を拭き取った。

「精霊の応答がない者は珍しいが、いないわけじゃない。

 ギルド登録には支障はない。だが――」

「危険な依頼は避けろ、ってことですね」

「そうだ」

男は短く頷き、机の上の書類をめくった。


 


リネアが少し心配そうにルヴェンを見た。

「気にしないの?」

「……少しだけ」

ルヴェンは微笑んだ。

「でも、風は感じるんだ。

 だから、きっとそれでいい」

「変なやつ」

「よく言われる」

短いやり取りに、サムエルの口元がほんの少しだけ緩んだ。


 


「はい、これが登録証だ」

差し出されたのは、小さな金属札。

表には“リューデ冒険者ギルド”の刻印、裏には名前と番号が彫られている。

ルヴェンは指で縁をなぞった。

冷たさが胸の奥まで通るようで、少しだけ背筋が伸びた。


 


「おめでとう。これで晴れて冒険者ね」

リネアの声が弾む。

「ありがとう」

「明日、初依頼を見に行こう。森の浅い方なら危険もない」

「うん」

「あとでパン、忘れずに半分こね」

ルヴェンは笑い、頷いた。


 


ギルドを出ると、霧はもうほとんど晴れていた。

青い空がのぞき、村の屋根が光を反射している。

池の水面にも、昼の色が映りはじめていた。


 


「ルヴェン」

「なに」

「ゼロでもいい。あんた、風を感じる目してる」

「……ありがとう」

風が吹いた。

霧をさらい、髪を揺らす。

ルヴェンは掌を開き、その流れを確かめるように指を少し動かした。

目には見えない何かが、確かにそこにあった。


 


(歩ける。――きっと)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ