太陽の恩恵はもういらないのだろう?
雀斑は太陽の恩恵を受けた証
雀姫と呼ばれる姫がいた。城の奥にひっそりと隠された姫がいた。
この国の民、まして王族は陶器のように白く滑らかな美しい肌を持つはずなのに、その姫の顔は生まれたときからシミだらけ。それが雀の模様に似ていたことから雀姫と呼ばれることに。
雀らしく小柄。隠された姫は体が弱いと理由をつけて外には一歩も出すことはなく、公の行事はその顔をヴェールで覆い始まりの挨拶を済ませるいなや身体にさわってはいけないとしてすぐに退出をする。雀姫は体も心も弱くはなかったが、王族がこぞって蔑ろに扱う姫を丁重にお世話しようとさる者はいない。自分が王族に睨まれたら恐ろしいからである。
食事も最低限、身繕いも最低限。身分差を理由に姫に話しかけることも無く、雀姫は一人過ごす。まともに日も浴びず沈黙して生きる姫は十五を超えても十歳の子供と並べても大差のない小さく痩せた体躯であった。
ある日、父親である国王陛下から召喚がかかる。雀姫は質素なドレスを纏い、王に謁見した。
「雀姫、次の太陽神への奉納の儀はお前にやらせる」
太陽神への奉納。
この国は太陽神を崇めている。国が国になる前、この土地は雨ばかりで足元は泥でぬかるみ作物は根腐れを起こすばかりで貧しく痩せたもの。
太陽神へ祈りを捧げ続けようやく日が照らすようになり、そこから国はようやく出来上がったという。
だからこそこの国は太陽神への感謝を忘れず年に一度感謝祭を設ける。そして百年に一度、奉納の儀を行う。
修道院より選ばれし一人の修道者が太陽神への供物を持ち感謝の祈りを捧げる。さすれば神はその祈りを聞き届けその証として修道者を己の神使としてすくい上げるという。
つまるところ、生贄だ。国王は王族にあるまじき容姿を姫を国の儀式として後ろ指を指されることのないやり方で始末しようというのだ。
修道院には王族の権力…を使うのは国の均衡を壊すことになるのでつかわずに、日頃体が弱く民の為に奉仕活動一つ行えないことを憂う姫に救いを与えてもらえないだろうかと打診した。修道院からの返答は奉納の儀を行うものの条件が書かれており、それを満たすものならば構わないといったもの。
【・清い体である
・雀斑がある
・祝詞を暗唱できる
・…】
つらつらと書かれた文章。国王は流し読みしつつ、これで汚点を始末できると腹の中で笑う。
そして迎えた感謝祭。
この日王都にある修道院には国王陛下、王妃、王太子が祈りの間にいた。これが毎年のことならば王城より国民達へ太陽神への感謝の想いを忘れないように説き始められるものだが、百年に一度の奉納の儀の時は修道院にて奉納の儀の立会を行うものなのだ。
修道院の中は他に修道士達と雀姫。国民達は修道院を囲む形で手を組み祈りを捧げている。
雀姫は太陽の恩恵により育った作物を載せられた盆を手にひざまずき顔を伏せ、この数日で覚えさせられた祝詞を口にする。雀の鳴く声のようにそれはよく聞こえた。
祝詞が終わり、雀姫の体は黄金色の輝きに包まれ…そしてカラン、と静かな音を空の盆が落ちる。
「これで奉納の儀は────」
終わったことを修道長が告げようとした時、大地が激しく揺れる。そしてかって聞いたことのない荒ぶる様な雨が国中に降り注いだ。
「これは、太陽神がお怒りに…!?陛下!よもや条件を無視されたか!?」
「なにを…清い体であるのは未婚の王族であれば厳格に守られた。雀斑があることも確認したであろう。祝詞も問題なく唱えておったではないか!」
《だが、愛を与えるという条件は守られていなかった》
不意にどこからか…いや、遥か高み、天上から声が聞こえた。圧倒的な存在感を声に宿らせたそれが何者なのかなど考えるまでもなく、修道士達は咄嗟にその場に膝をつき平伏の姿勢を取る。王家と修道院は対等の関係である。彼等がこうして平伏の姿勢を取る相手は神だけである。
「愛を…?そのようなはずは!雀斑は神の…太陽神様の寵愛を受けた証!我が修道会はこの国全土に広く渡り国の成り立ちとその証を教え説きました!そして雀斑の日の御子が産まれれば多くの国民が修道院の門を叩き、日の御子を預けられます!日の御子は修道士となり他者への思いやり、慈愛の心を育て太陽神様への愛を学びます!私達もまた日の御子を慈しみ愛情を注ぎ守り育ててきました!王家もそうしたはず!」
そうでしょうと平服の姿勢を取ったまま頭だけを国王に向ける。だが、国王の真っ青になったその表情に修道長はあってはならない事態だと否応なしに悟らせられた。
「…一体何をしたのだ。姫君が表に姿を出さなかったからのは病弱なためではなかったというのか!?日の御子に何をしたのだ!?」
何もしなかった。
親として愛情を注ぐことはおろか、ろくに声をかけたこともなければ抱き上げたこともない。ただ誰の目にも見られぬように常にヴェールで覆い隠し、城の奥に閉じ込めた。
修道院の教えはただの神話、御伽話だと無視をした。
【此度の我が子は愛を知らぬ。心を知らぬ】
それはいかに、太陽神を乏した行為かを語るもの。神の寵愛を受けし子はただの子ではない。その心に愛を詰め、肉体を捨て去り神のもとへ行くときに詰められた愛は神の加護を国に注ぎ繋ぐものへとかわる。
しかし今日、神のもとへ行ったのは愛を知らずに育った尊き身分の姫君。
愛を知らず肉体を失った心は空っぽであり、神の加護を繋ぐ役目はかなわない。
【我が愛は等しく注いだ。だが、私が知らなかったと思うか。この国の多くのものは祈りは中身を伴わぬ形骸化したものになった事を。それでも私は愛を注いだのは我が子等を慈しむものたちがいたからこそ。────もう、知らぬ】
激しい雷雨がこの国に降り注ぐ。王達は跪き必死に許しをこうたが、神は許しはしない。
神の愛は等しい。富めるものにも貧しきものにも注いだ。たとえ貧しき子がそれを理由に死のうとも、その時までに慈しみ愛を与えられていたのならば神は祈りにこたえた。富めるものが他者を虐げようとも慈しみ愛を与えられていたのならば神は祈りにこたえた。
神の愛はどこまでも神の子らに等しく注がれ、そして国を護る加護と変わった。
ぽう…と修道院の中で。修道院の外で。国中でちらほらと光が灯る。その光は雀姫を包んだのと同じように、誰かを護るように輝く。
【我が子に愛を注いだものだけ我もとに来ることをゆるそう。そして私への祈りをわすれ我が子等を侮蔑するものは残るがよい】
修道院の教えは民の間に広められていた。国の成り立ちと、雀斑は神の寵愛を受けた証だと。
だがそれはいつしかただの神話、御伽話だと思われていた。
白く透き通るような、陶器のように滑らかな肌を持つ国民の中に時折産まれた雀斑の子供は醜いと言われ、修道院に《捨てる》者たちが増えていた。
表向きは太陽神を敬い、その実太陽神の寵愛を受けた子を醜いと蔑ろにする者たちがいつしか増えていた。
太陽神の御子をいらぬとするならば、恩恵もいらぬのだろう。
国が一つ、止むことのない雨によって滅びるのは遠くない未来の事である。
────────Fin