第四話 『あなたの静かなSOSを、私は勝手に拾ってしまったのです』
佐藤さん。
大学生活が少し落ち着いてきた頃、私たちはそれぞれ別のサークルに入りましたね。
週に一、二度しか顔を合わせなくなっても、あなたは変わらず笑顔でいてくれて。
私も、その穏やかな距離感が心地よかった。
でもある日、私はふと気づいてしまったんです。
あなたがたまに、携帯を見ては小さくため息をつくこと。
誰かと話したあと、少しだけ顔を曇らせること。
そして、笑顔の奥に、ほんの少しだけ「困っている」が滲むこと。
その正体が、あなたのサークルの先輩――しつこく言い寄ってくるという、噂の彼だと知ったのは、そう時間のかかることではありませんでした。
あの日のことは、今でも鮮明に覚えています。
一緒に図書館の自習室で課題をしていて、あなたが「ちょっとお手洗い」と席を立った、その数分間のことです。
あなたのバッグの口は少し開いていて、携帯電話がそこから覗いていました。
そして、しつこく鳴り続ける着信。
表示されるのは、あの先輩の名前。
最初の着信は、自動応答で切れました。
けれどすぐにまた鳴る。
三度、四度……、私は我慢できなくなってしまったのです。
勝手に、あなたの携帯に手を伸ばしてしまった。
画面をスライドし、通話ボタンを押してしまった。
「――しつこいのは迷惑です」
その一言を吐き捨てるように言って、私はすぐに通話を切りました。
自分の心臓の音が、耳の奥でいやに大きく響いていたのを覚えています。
あなたが何も知らずに席に戻ってきたとき、私は何事もなかったように笑って、再びノートに向かいました。
それから、あの先輩からの連絡が二度とかかってこなかったのは、偶然ではないはずです。
でも――佐藤さん。
あのとき、私はとても重大なルール違反を犯しました。
あなたの持ち物に、勝手に触れたこと。
あなたが望んでもいないかもしれない助けを、押しつけてしまったこと。
あの一言が、あなたのサークルで何を引き起こしたのか、私は知りません。
もしかしたら、先輩の逆恨みを買って、居心地の悪い思いをさせてしまったかもしれない。
けれど私には、そのリスクよりも、あなたのあの「無理に笑っていた顔」がどうしても見過ごせなかったんです。
佐藤さん。
もしあのとき、私の勝手な行動であなたが傷ついたのなら、本当にごめんなさい。
でも、私はどうしても、あなたを守りたかったんです。
勝手に拾った、あなたの小さなSOS。
どうかこれが、間違いだったとしても――
私は、あのときの自分を、少しだけ許してやりたいと、今も思ってしまうのです。