第三話 『あなたの無垢な感性を、私は利用してしまったのです』
佐藤さん。
あなたの部屋が、少しずつ“佐藤さんらしく”なっていったあの頃のことを、私はよく覚えています。
大学生活が始まり、新しい講義やサークル勧誘の喧騒の中で、少し疲れていた私にとって、あなたと一緒に部屋の話をする時間は、不思議と癒やしになっていました。
「こういうの、好きなんです」
ふと見せてくれた雑誌の切り抜きには、カラフルなラグ、編み目の粗い仕切りカーテン、藤のかご、壁に飾られた木彫りの鳥――
異国の匂いが混ざる、陽気で温かな空間。中南米のエスニックスタイルというらしくて、あなたの静かな佇まいからは少し意外なようでいて、どこか納得もできる趣味でした。
私たちは週末、雑貨屋をいくつもはしごしましたね。
渋谷の裏通りにある小さな店や、代々木のアンティーク市、ちょっと足を伸ばして吉祥寺まで。
一つ一つのアイテムを、あなたはまるで宝物でも探すように選んでいて。
その姿が、なんだかとても愛おしかった。
買い込んだグッズを抱えて、二人してあなたの部屋に戻り、配置を決めながら笑いあった夜。
カーテンが風に揺れるたび、どこか遠い国の音楽が聴こえてくるような、あの不思議な空間。
……でも、佐藤さん。
あのときの私は、ほんの出来心で、またしてもあなたの無防備さをくすぐってしまったのです。
「マヤの仮面っぽいの、知ってる店にあったかも」
ついそんなことを口走ったのは、すべての買い物を終えて帰ろうとしていたときでした。
あなたが「えっ、マヤ?」と目を輝かせたのを見て、私は一瞬迷いました。
けれどそのまま、あなたを中野のアニメグッズ店に連れていってしまったんです。
あの棚の奥。
ギラギラした石のような素材に、彫りの深い顔――
漫画の世界から飛び出したような「石仮面」が、確かにそこにはありました。
どこからどう見ても、某・吸血鬼が生まれるあのアイテム。
でも、あなたは違和感ひとつ見せず、嬉しそうにそれを見つめてこう言ったのです。
「これ……すごいですね。本当に、マヤの仮面みたい」
私は、頷くしかありませんでした。
あなたはその仮面を大事そうに手に取りながら、「これ、壁の真ん中に飾ったら絶対映えますね」と無邪気に笑いました。
実際、部屋の中でその仮面は驚くほど馴染んでしまって、私にはもう何も言えませんでした。
でも――
それからあなたの部屋に遊びに行くたび、その石仮面が視界に入るたび、私はうっすらと胸の奥がチクリと痛みました。
佐藤さん。
あれは、あなたが思っているような“文化的な遺物”じゃありません。
どちらかといえば、夜な夜な変身してしまいそうな、ちょっと物騒なアイテムなんです。
でも私は、教えなかった。
だって、あなたの「好き」が壊れてしまいそうで。
そして何より――あなたが無邪気に笑ってくれたあの瞬間が、私にはあまりにも愛おしかったから。
……だから私は、また懺悔をひとつ重ねることになりました。
あなたの純粋な美意識を、悪戯心でねじ曲げてしまったことを。
佐藤さん。
あの仮面は、今もあなたの暮らしの中にありますか?