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オープンハート・シンドローム〜天才心臓外科医の心は難攻不落!?〜  作者: 朱宮あめ


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 ――翌朝。

 重い足を動かして、できるだけいつも通りを装って通勤した。

 医局に入ると、藤宮先生の姿しかない。

(嘘……)

 余計に気が重くなる。内心ドギマギしながらも、私は努めて平静を装って挨拶をする。

 大丈夫。昨日泣いた跡は化粧で上手く誤魔化せたはずだ。

「おはようございます」

 いつも通りに。それが、想いを伝えてしまった私が藤宮先生に唯一できる罪滅ぼしだ。

 そう、自身の心に言い聞かせて、私は笑みを繕った。

 しかし、藤宮先生は私を放っておいてはくれなかった。

「……音無先生、少し話があるんですが。昨日のことで」

 私がデスクにつくと、藤宮先生は椅子ごと身体をこちらに向けた。

 びくり、と身体が固まる。

「……あ、えっと……拓哉くんの様子を見てきますね」

 私は目を合わせられないまま、席を立つ。

「音無先生……」

 背中に藤宮先生の悲しげな声が響く。けれど、私はそれでも立ち止まれない。

 すると、そこへタイミング良く入江先生が出勤してきた。

「おはよう、音無先生。藤宮先生も」

「あ、入江先生おはようございます。ICUに行ってきます。カンファまでには戻りますので」

 私は早口でそう言うと、足早に医局を出た。


「あ、先生おはよー」

 ICUに行くと、拓哉くんが元気よく挨拶をくれる。

「おはようございます、拓哉くん」

 投薬を確認しながら、ようやく深く息を吐く。

「体調はどうですか?」

「うん。ばっちり」

 顔色もいい。

「よかった。もうすぐ小児病棟に移動できますからね」

「それより先生、どうしたの。目、腫れてるよ」

 拓哉くんはじっと私を見たかと思うと、突然言った。

「えっ!?」

 咄嗟に、両手で目を覆う。

「もしかして、また藤宮先生に怒られちゃったの?」

 拓哉くんは眉を下げて、私を見上げる。私は拓哉くんの優しさに、思わず表情を綻ばせた。

「……あ、いえ。怒られたわけじゃないんですけど」

 すると、拓哉くんはもぞもぞと動き出した。

「落ち込んでる先生には、これをあげるよ」と、ぐっと手を出す。

「なんでしょう?」

 拓哉くんの手には、可愛らしい折り紙の鶴。紺色の中に花火が咲いている。綺麗な柄の折り紙だ。

「すごい。これ、拓哉くんが折ったんですか?」

「うん、そうだよ!」

「わぁ……ありがとうございます。大事にしますね!」

 感動していると、拓哉くんの枕元にもう一つの折り鶴があることに気付いた。金魚の柄の折り鶴だ。

「あ、そっちのが可愛い」

 思わず呟くと、

「これはダメ」

 拓哉くんは隠すように金魚の鶴を私から遠ざける。私はきょとんとして首を傾げた。

「どうしてですか?」 

「これは、美矢ちゃんが俺にくれたの。だからダメ」

 思わず笑いそうになった。

「浮気の匂いがします」

 わざとらしく言ってみると、拓哉くんはちっちっち、と舌を鳴らしながら、指を振った。

「知ってる? 恋っていうのはね、上書き保存なんだよ、センセ」

 なんてことだ。

 私は拓哉くんのベッドに近付き、こっそりと尋ねた。

「美矢ちゃんのこと、好きなんですか?」

「……う、うん」

 拓哉くんは少しだけ恥ずかしそうにしながらも、こくりと頷いた。

「ナイショだよ、誰にも」

「約束します」

 なんとも微笑ましい。

「それなら、早く元気になって会いに行かないとですね」

「……じゃあ、協力してくれる?」

「もちろんです!」

「やった! じゃあ、先生たちの関係を教えて!」

「え?」

 キラキラした瞳を向けてくる拓哉くんに、私は首を傾げた。

「美矢ちゃんと連絡先交換したって言ったでしょ? でも、連絡するときは音無先生と藤宮先生の恋の行方を報告するっていう約束つきで、なかなか連絡できなくて……」

「……な、なんて約束をしてくれてるんですか」

(というか、なぜ美矢ちゃんが私たちの動向を知っているのか……)

 まったくもって解せない。

「ねぇ先生」

「は、はい?」

「藤宮先生と、もうキスくらいした?」

「!?」

 ぎょっとする。今どきの中学生は……。あらためて、なんてことだ。

「な、なんてこと聞くんですか、馬鹿!」

「馬鹿……」

「あ、す、すみません。つい」

 ハッと口を噤む。すると、拓哉くんはちらりと私を窺うように見上げて、

「ねぇ先生。あの話って、本当?」

「あの話……?」

 なんのことだろう。

「前、美矢ちゃんにさ、先生も自殺しようとしたって、言ってたでしょ」

 そういえば、美矢ちゃんの前でその話をしたとき、隣のベッドに拓哉くんもいたのだった。

「……すみません。一生懸命生きてる拓哉くんに怒られてしまいますね」

「でも、先生もきっといろいろあったんでしょ。だから許すよ。俺だって死にたいって思ったこと、何回かあるし」

「ありがとうございます」

「美矢ちゃん、藤宮先生は絶対音無先生のこと好きだって言ってたよ! そのことを藤宮先生に話せばいいんじゃ……」

「拓哉くん」

 遮るように名前を呼ぶと、拓哉くんはびくりと怯えたように私を見た。

「……なに?」

 私は小さく微笑んで、

「美矢ちゃんは、きっと誤解してます」

「え?」

「藤宮先生が私をどう思っているかは知りませんが……私にとって藤宮先生は、ただの指導医です。それ以上でも、それ以下でもありません」

 拓哉くんはまだなにかを言いたげにしていたけれど、私はそれを拒むように背中を向ける。

「……じゃあ、また顔を見に来ますね」

 ICUから出ると、入口の壁に寄りかかる藤宮先生がいた。思わず立ち止まる。

「……俺の気持ちは、電話で伝えたはずですが」

 ひっそりとした声で、藤宮先生が言う。

「…………」

 どうやら、拓哉くんとの会話を聞かれていたらしい。私は咄嗟に、言葉が出てこなかった。すると、藤宮先生が自嘲的に笑う。

「……話も、してくれないんですか」 

 藤宮先生は私を見てひとこと言うと、そのままICUに入っていった。目で追っていると、藤宮先生はまっすぐ拓哉くんの元へ向かっていた。

「……拓哉くん。美矢ちゃんと連絡をとっているんですか」

「あ、藤宮先生。おはよー」

 藤宮先生に気付いた拓哉くんが、顔を上げる。

「お願いがあるんですが……」

 二人の会話がかすかに漏れ聞こえてくる。

 私はそれ以上盗み聞くのを止め、すごすごとICUを出た。

「……はぁ」

 歩きながら、ため息が漏れた。


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