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オープンハート・シンドローム〜天才心臓外科医の心は難攻不落!?〜  作者: 朱宮あめ


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 そして、一日は何事もなく過ぎて。

 夜九時を回った頃、私たちは夜の闇の中を歩いていた。すっかり久しぶりに思える道に、影が二つ。足音も、視界の端に映る藤宮先生の肩も。

 なにもかも、やっぱり藤宮先生とだとしっくりくる。

「……ひとつ、聞きたいことが」

 内心ほくほくしながら歩いていると、藤宮先生が口を開いた。

「はい。なんでしょうか!」

「……その……」

 藤宮先生はなぜか言い淀む。

「はい?」

 藤宮先生は立ち止まって、まっすぐに私を見た。

「美矢ちゃんが言っていた、あれはなんですか」

「あれ?」

 あれとは、なんだろう。

「あの、なんの話か……」

 首を傾げながら尋ね返すと、

「恋愛事情、って」

「!?」

 心臓がどくんと大きく跳ね上がった。

「……その、初恋……とか、聞こえたんですが」

 藤宮先生はさらに畳み掛けてくる。そしてなぜか、私を見る表情は硬い。

「あ、あれは子供の戯言です!! 本気にしないでください!!」

 私は咄嗟に言い訳をする。

「……そう、なんですか?」

 藤宮先生の眉間に皺が寄った。

「そ、そうですよ……そんな、こ、恋なんて今さらそんな」

「……今さら、なんですか?」

「え? ちょ……」

 不意に影が落ち、藤宮先生の香りが強くなる。

 藤宮先生は私の頬に両手を添えて、ガッチリとホールドして。

「……では、音無先生。今あなたに、恋人はいないと思っていいですか」

「へ……!?」

 顔が近い。

「答えてください」

「! …………い、いませんが」

「では、好きな人は?」

「……いません」

 答えると、藤宮先生は一瞬、悲しそうな顔をした。

「……本当に?」

「…………」

 心臓がばくばくと鳴っている。

(……いない。私は誰も……誰とも、恋愛はしちゃいけない。……でも)

 その瞳の奥に宿る熱が、私に淡い期待を抱かせる。

 もし、このまま告白したら。

 藤宮先生はどう思うだろう。驚くだろうか。驚きながらも、受け入れてくれるだろうか……。

 つい、甘い想像をしてしまう。

 けれど。

『――好きだよ、杏。恋人になろう』

「!」

 かつて、好きだった人に言われた言葉が脳裏を過ぎった。一瞬にして熱くなっていた心が冷めていく。

(……ない。有り得ないし)

 都合のいい想像から我に返り、自嘲気味な笑みを浮かべていると、不意に藤宮先生が口を開いた。

「……やっぱりいるんですか、好きな人」

 捨てられた子犬のような目を向けられ、心が苦しくなる。

「い、いませんてば!」

(……勘が! 私の周りはなんでこうも鋭いのか……!)

「……今の間は? 絶対誰か過ぎったでしょう」

 藤宮先生が疑いの眼差しで私をじっと見つめる。なかなかにねちっこい性格だ。

「ふ、藤宮先生てば、考え過ぎですって……」 

 藤宮先生は私からすっと手を離すと、 

「……入江先生ですか」

「え?」

 まったく見当違いの名前が飛んできて、私はきょとんとしてしまう。

「この前、言ってたでしょう。今度の休みの予定がなんとかって……」

 言いながら、藤宮先生は私からすっと視線を外した。

「あぁ……」

 そういえばそうだった。というか、ちゃんと聞いてたのなら、あのときなにかしらの反応をしてくれてもよかったのに。

 忙し過ぎて、私の方がすっかり忘れていた。

「……今度、新しくできたショッピングモールに行く予定を立ててまして」

 ぴくり、と藤宮先生の動きが止まる。

「……二人で?」

「はい。あそこ、ずっと気になってたんですけど、入江先生も同じだったみたいで。一階に入ってる本屋の医療関係の本が充実してるってネットに書いてあって……」

(そうだ。あとで欲しい医学書メモっておかなくちゃ……)

 話していると、不意に強く手を引かれる。

「!?」

 バランスを崩して声を上げそうになった瞬間、唇に温かいなにかが触れた。

 私は状況に追いつけないまま、目を瞠る。

 すっと藤宮先生が離れていく。唇には、藤宮先生の体温がまだ残っている。私は、離れていった藤宮先生の唇を思わず目で追いかけた。

「……行かないで」

「…………え」

 心臓がどくんと跳ねる。

(……え、なに、今の……)

 藤宮先生は、見たことないくらいに悲愴な顔をしていて。

「あ、あの……」

 私は困惑する。

「音無先生」

 藤宮先生の吐息が唇に触れる。掴まれた腕が燃えるように熱い。

 藤宮先生の大きな瞳が、私を捕らえて離さない。

 状況が、理解できない。

 呆然としていると、藤宮先生は熱っぽく私を見下ろして。

「俺は、あなたのことが……」 

 けれど、藤宮先生が続きを呟く、その前に。 

「…………好きです」

 私はなぜか、藤宮先生より早く、その言葉を口にしていた。

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