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すると、彼に笑みを向けたタイミングで、ICUに新しい患者が運ばれてきた。と同時に、藤宮先生もやってくる。
「あ、藤宮先生。お疲れ様です」
軽く会釈する。
「あぁ……お疲れ様」
藤宮先生は、ちらりと私を見たものの、すぐに視線を患者へ戻した。
どうしたのだろう。
いつになく緊張感のある横顔に、私は運ばれてきた患者へ視線を移した。
ベッドで眠っているのは、高校生くらいの女の子だった。私の視線に釣られるように、拓哉くんもその女の子に目を向ける。
「あっ、可愛い子が来た」
拓哉くんはまたも目を爛々とさせている。そういえば、ちょうど拓哉くんと同年代くらいだ。
中学生と言えど男の子なのだな、なんて思いながら。私は藤宮先生の元へ向かった。
「藤宮先生、この子……」
心臓疾患の子だろうか。
ベッドの中の女の子は、眠り姫のように美しかった。
「拓哉くんはどうですか?」
「……問題ありません。バイタルも正常ですし、この調子であれば数日で一般病棟に移れると思います」
私の声を遮るように拓哉くんのことを聞かれ、私は戸惑いながらも簡潔に報告する。
「…………」
だが、反応はない。
「あの……?」
藤宮先生はICUのドクターに女の子を引き継ぐと、そのまま出ていってしまった。
「ありゃ。行っちゃったね」
私と拓哉くんは、呆然とその姿を見送った。
本当にどうしたのだろう。
「あの……彼女は」
私は、藤宮先生と入れ替わるようにやってきたICUのナースに尋ねた。
「あぁ……彼女、自殺未遂でERに運ばれてきた子なんですよ。自宅の二階から飛び降りたそうで」
「自殺未遂ですか……」
(藤宮先生が一番苦手なやつだ……)
心臓がずっしりと重くなったような気がした。ちらりと眠っている女の子を見る。
「どうして自殺未遂なんかしてしまったんでしょうか……」
「さぁ。いじめとかですかねぇ」
ナースは興味もないといった様子で、モニターの数値の記入を終えると事務局へ戻っていく。
「……ねぇ、音無先生」
小さな声が聞こえ、私はハッとして振り向いた。
「あ……どうしたの、拓哉くん?」
私を呼んだのは、拓哉くんだった。枕元に行くと、拓哉くんはちらりと隣のベッドを見て小声で言う。
「あの子、どうしたの?」
「えっと……」
こういうときの返答は、未だに慣れない。私は曖昧な笑みを浮かべる。
「……階段から落ちて、ちょっと胸を打っちゃったみたい。でも藤宮先生が処置してくれたから大丈夫です。きっとすぐに目を覚ましますよ」
「それならいいけど……ねぇ先生。あの子、泣いてるよ。涙拭いてあげて」
拓哉くんの言葉に、私は女の子を見た。
「あ……」
拓哉くんの言う通り、女の子は眠りながら泣いていた。目尻から透明な雫が流れた跡がある。
その跡は、どうしてか私の胸をざわつかせて。なんとも言えない気持ちになった。
私は女の子に近づいて、指の腹で涙を拭ってあげる。
ベッドに近付くと、ネームプレートが目に入る。
『北見真矢』
(……北見真矢ちゃんか……)
薬液の匂いが鼻をついた。




