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 由美さんの亡骸を前に、利夫さんは膝から崩れ落ちた。

「……私が迷ったせいだ……。私がもっと早く決断して、由美に手術させていれば、こんなことには……」

 利夫さんは両手を覆い、泣き崩れる。

 その姿に私も堪えきれず涙が零れる。必死に声を押し殺し、手の甲で唇を押さえた。

 藤宮先生は私の隣で、無表情に由美さんを見下ろしていた。


 疲労を隠せないまま医局に戻ると、デスクには入江先生がいた。どうやら、あのあとすぐ飲み会はお開きになって、二人も病院に戻ってきたらしい。

「お疲れ様、音無先生。着任早々、大変な一日だったね」

 入江先生が労うように声をかけてくれる。私はかすかに頭を下げ、デスクに突っ伏した。

 突っ伏したまま隣のデスクに座る藤宮先生を見ると、彼はやはり涼しい顔をしていた。

「……もしオペが間に合っていたら、由美さんはどうなっていたんでしょうか……」

 つい口をついた呟きに、キーボードを叩いていた藤宮先生だけでなく、正面のデスクに座っていた入江先生の手も止まった。

 ガタン、と大きな音が響いた。

「ER行ってきます。音無先生は神崎さんに渡す書類をまとめておくように」

「……はい」

 藤宮先生が出ていくと、入江先生は私に優しく言った。

「結果論だよ。音無先生も藤宮先生も、お互い最善を尽くしたんだ。医師は万能じゃない。……仕方ない」

「最善……」

 果たしてそうだろうか。

 私はただ、利夫さんたちを余計に混乱させただけじゃないのだろうか。私が間に入らなければ、利夫さんはオペをするかどうかの二択を早々に決断できていたのではないだろうか。

「藤宮先生は、悲しくないんでしょうか」

「……そんなことないよ。藤宮先生は、ちゃんと悲しんでる。人の死になにも感じなくなったら、僕たちはおしまいだから」

 そうは見えない。

 瞳に涙が滲む。しんみりした空気を割くように、入江先生が柔らかく私に微笑んだ。

「音無先生が気に病むことなんてないよ。それより音無先生、早速救命の先生たちに話題みたいだね。可愛い子が入ってきたって。さすが、心外の紅一点ですね」

 沈黙が落ちる。気を使われているのに、今の私は笑顔ひとつ返せない。

「……大丈夫?」

「……大丈夫です。利夫さんに関係書類、渡してきます」

「……無理しないでね。行ってらっしゃい」

 書類をまとめて封筒に入れると、私は医局を出た。


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