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神源華の翡翠  作者: さわば
一章
4/15

4.成人の儀―宴の席―

 シャオジェ成人の儀は、日中に宮中で神事、夕方からお披露目の宴となっている。神官庁の長の立ち合いの元厳粛に行われる神事と違い、宴は招待客――主に政府高官――の社交の場という意味合いが強い。その子女達が招待されるのも恒例だ。成人するシャオジェと知り合い取り立ててもらう、または嫁・婿候補として取り入る、はたまた高官の子女同士の顔合わせなど、政界のあれこれが見え隠れする宴。四家の者達は普通要職に就いているので、当然四家の子女達も呼ばれる。

 空は既に夕暮れに染まる時間帯。到着したランチュァンは、会場を見て回っていた。城の敷地は大体三分割されていて、正門から約三分の一は前庭と呼ばれ、土の露出した庭の様な広場を中心として割と格の低い文官や武官の省庁が建ち並んでいる。今回は中門で身分証明、招待状の確認をされると、中庭に通される。敷地の真ん中に当たる中庭へ進むと、まずは大きく開けた場所に出る。石畳で舗装された広場は、真っすぐ皇帝に謁見する黄龍殿へと続いている。黄龍殿は階段の上にあり、一目で広場に居る自分達と皇族の格が違うことを表している。

 今日はその広場に様々な天幕が張られ、宴の用意が進んでいる。篝火が等間隔に並べられ、暗くなってもお互いの顔がよくわからないということはなさそうだ。広場の外には重要施設が並んでいるというが、暗くなるにつれ建物の姿を把握するのは難しくなってくる。

 そこまで見たところで、ランチュァンは親しげな明るい声をかけられた。


「ランチュァン兄、早いな。宴、楽しみだったのか?」


 ちょっと意外だ、と首を傾げるのは、正装したチィゥスェイだった。皇族からの招待なので、ここでは皆正装である。社交を楽しみにしていたのかと勘違いされたランチュァンは、嫌そうに顔をしかめた。


「宴が始まる前に警備状況を確認しておけば、今後の役に立つかもしれないと思っただけだ。」


 未成年が城に立ち入る機会など、滅多にあることではない。この好機に大人の仕事というものを間近で見てみたいと思っただけだという意図を伝えると、チィゥスェイは納得したように頷いた。


「ランチュァン兄は第一シャオジェの側近の有力候補だもんな。……ん?そういうことならフェイツェイ姉も、もう来ててもいいと思うんだけど……」


 きょろきょろするチィゥスェイの視界では、まだ女性の招待客が少ない。


「女は支度に時間がかかる、と言うからな。」


 フェイツェイ自身が大人しくしているとは思えないが、皇室からの招待である。周りが何としてもその場に恥じない装いをさせようと、支度部屋に押し込んでいるはずだ。


「フェイツェイが勝手をしないように、ユージュが迎えに来るまでは屋敷から一歩も出さないとムォリー様が張り切っていたそうだぞ。」

「あー、ユージュ姉の最終確認と同行がない限り、フェイツェイ姉、今日は自由に動けないのか。」


 ご愁傷様、とチィゥスェイは同情的にズーチェ家の方角を見る。他人事のように言うチィゥスェイに、ランチュァンは厳しい顔を見せた。


「皇族に対する礼を失しないという点では、これ以上適任の見張りはなかろう。お前も今日は大人しくしてるんだな。」


 チィゥスェイは仕方ないという顔で肩を竦めた。


「わかってるよ。これでもバイフー家の長子として頑張る気で来てるんだからさ。だから宴が始まるまでは少し崩しててもいいだろ?」

「……はあ、会場入りしている時点でもう宴は始まっているのも同じと考えた方が良いのだが……」


 お小言を言いつつもはっきり叱らないのは、自分の周り程度なら目こぼししてやるという意思の表れだ。チィゥスェイは的確にその意図を察し、嬉しそうに笑う。

 パラパラと人が集まり、知り合い同士の会話で会場がさざめき始めたころには、ランチュァンもチィゥスェイもすっかり手持ち無沙汰になっていた。一応招待客と一通りの挨拶はしているが、やはり四家は建国神話から登場する程の格があるので、好んで長話をするような図太い神経の持ち主がそれほどいないということだ。お近付きにはなりたいけれど、お喋りをするほど仲が良いわけでもない、となると遠巻きにされるのは当たり前だった。ちらちら向けられる視線を完全に無視し、二人はフェイツェイとユージュが来るのを待った。

 程なくして、会場の入り口辺りからざわっと声が上がった。人々の好奇の視線が向かう中、注目の人物達を囲む人ごみはランチュァン達のいる方へと道を開ける。真っすぐ四家に用意された位置までやってくるところを見ると、フェイツェイとユージュが到着したのだろうと予想がついた。最後に視界を塞いでいた者達が道を開けると、二人の姿が見える。


「……誰?」


 驚いて小さく呟くチィゥスェイに、ランチュァンは応えられなかった。それだけランチュァンにとっても衝撃的だった。普段から美少女然としたユージュが美しく着飾り、薄く紅を差して艶やかに見えるのは分かる。だが隣を歩く凛とした雰囲気の可憐な少女が、フェイツェイだと理解していても呑み込めない。

 彼女はズーチェ家の家色である赤を基調とした正装を纏い、髪を結い上げ、ユージュと同じように薄く化粧をしている。篝火に照らされて煌く淡い緑の髪と瞳が、衣装を引き立てる差し色となっていて美しい。これが普段土埃にまみれるのも厭わず訓練に明け暮れる少女と同一人物だとは、誰にとっても信じがたいだろう。


「ごきげんよう、ランチュァン、チィゥスェイ。日中の神事も恙なく終了し、宴も万事整っていると伺っております。シャオジェのご挨拶が楽しみですわね。」


 にこりと微笑んで、ユージュが挨拶した。はっとしたランチュァンが挨拶を返す。


「ああ、ユージュ、フェイツェイ。慶事には似合いの夜だ。きっと聖なる龍の加護が働いたのだろう。」


 ランチュァンの返事を聞いて、フェイツェイが頷いて口を開く。


「当たり前だ。ジェジェが主役なのだからな。神々もお喜びであろう。」


 美少女の口からいつも通りの男言葉が出たことで、ランチュァンもチィゥスェイもちょっと緊張がほぐれたし、フェイツェイ本人であると確信した。


「お前……その言葉遣いをどうにかしろ、せっかく飾り立てているのに台無しだ。」


 変に緊張して損したとばかりに脱力してランチュァンが指摘すると、フェイツェイは軽く首を傾げる。


「この格好は皇家に対して寸分も失礼にならないようにとしているものだ。皇族方と直接お言葉を交わす訳でなければ、特に必要を感じない。」


 真顔でそう言われると、なんだか頭痛がする。


「何ていうか……本当にフェイツェイ姉はフェイツェイ姉だなぁ。すっごく綺麗な格好だから緊張してたのに。」


 ほっとしたように笑ってそう言えるチィゥスェイの根性が、ちょっと羨ましくなったランチュァンだった。

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