2-11.終幕2
「お待ちください。フェイツェイ嬢はこちらで経過を観察したく存じます、どうか神官庁への移動の許可を。」
待ったをかけたのは、神官の中で一番年嵩の者だった。
「彼女はまだ、簡易的な検査しか受けておりません。封印が安定しているのか、心身への影響や、今回の異変の解明など、調べることが多くございます。」
「ふむ、道理ではある。」
神官の言を受け止める皇帝を見て、ツーロンも頭では分かっているものの、胸の辺りがモヤッとする。
「……異変の兆候を見逃した神官庁に、全て任せるというのも、些か不安を感じます。」
心情を読ませないような微笑みを浮かべながら、ツーロンは神官たちの痛いところを突いた。
ピリッとした空気が流れる。
「調べるなと言うわけではありませんが、通いではいけませんか?」
「……神官庁には、持ち出せない設備も多くございます。」
刺々しい空気の中、高みの見物をしていた皇帝に、ムォリーが進み出て礼をとる。
「主上、娘たちが戻ってきた以上、事をどう隠蔽するか考えなければなりません。神官庁での調査への協力は、渡りに船でございます。
若君の宮には様々な者が出入りしますので、あの子たちの存在を完全に隠すのは難しいでしょう。うら若き乙女が若君の宮で寝起きしていると知られれば、何かと不都合が生じるかと存じます。」
ムォリーの言い分を聞くと、ツーロンとしては何も言えない。確かに、若い男女がひとつ屋根の下で寝起きしているのを、他人がどう見るかなど想像に難くない。
皇帝は全体を見回し、ふむとひとつ頷いた。
「ムォリーの言う通りじゃな。朕の兵ならまだしも、体調不良で早退したはずのフェイツェイをこの宮で養生させるのは、無理があろう。ユージュとて同様じゃ。
話し合いが済むまで、二人は神官庁預かりとする。良いな、ツーロン?」
「……はい。」
それ以外に返事のしようがない。少し悔しいが、フェイツェイに瑕疵をつけるわけにもいかない。調査自体に反対しているわけでもないし、この辺りで落とし所としようと、ツーロンは息を吐いた。
◆◆◆
フェイツェイとユージュが神官庁に移された後。
フェイツェイとユージュの不在を隠す、ズーチェ家とシェンウー家での統一見解を出すため、首脳陣での秘密の会合が開かれた。
シェンウー家では、ユージュが神官になっていた事は当主だけにそれとなく知らされていたが、今回の件の最前線にいたことは驚きをもって受け止められた。
協議した結果がどうなったかと言うと……。
体調を崩したフェイツェイの様子を見に、ユージュがズーチェ家に来てくれたが、ユージュも体調を崩してしまい、そのまま養生することになった。
医者の見立てでは質の悪い風邪ということで、感染しないように二人を医療施設に隔離し、人払いしている。
これが、表向きの説明として決定した。
その後、ユージュは数日で回復し家に帰ったが、フェイツェイは調査もしなければならなかったため、1週間ほど神官庁に滞在することになった。
帰ってからも、追加の聞き取り調査と経過観察があると聞いて、フェイツェイはげんなりした。再発が怖かったので、大人しく従ってはいたが。
◆◆◆
ほっとしたのは養成所に復帰した時だ。
朝の訓練場に顔を出した際、真っ先に駆け付けたのはチィゥスェイだった。
「フェイツェイ姉~~~! 一週間も休んで、病気って聞いてびっくりした! もう大丈夫なんだよな?」
さすがに抱き着きはしないものの、体当たりするほどの勢いで詰め寄られて、内心ちょっとびっくりしながらフェイツェイは頷く。
「もう元気だ。休みが伸びたのも、念の為だったしな。心配かけた。」
返事を聞いて、ニカッと嬉しそうに少年は笑う。
「ん~ん、元気なら良いんだ。また一緒に訓練できるの、嬉しい!」
二人の会話を聞いて、他の武官候補生たちもいつも通り遠巻きに噂をする。耳に入ってくる声の大体が『フェイツェイ嬢でも風邪は引くんだな』とか、『移らなくて良かった』とか、そんな話だった。
誰も怪しんでいないなとフェイツェイが安心していると、後ろからポンッと頭に掌が乗せられた感触がした。知った気配に振り向くと、やはりランチュァンだった。
「……無事でよかった。」
ランチュァンはそのままわしわしと頭を撫でると、適当に距離を取った。
この騒動でランチュァンの顔を見ることはなかったが、以前の件でツーロンの筆頭側近の様な存在として振舞っていたのを覚えている。ツーロンを通じて、今回の顛末を知っていてもおかしくない。つまり、単に『病気が大事にならず復帰出来て良かった』という意味ではないという事は、フェイツェイにも分かった。
何よりその目が、声色が、いつもより柔らかい。そして頭を撫でるなどという意外な触れ合いに出た事が、ランチュァンの心配と安堵感を伝えていた。
「心配をかけたな。」
フェイツェイは、温かな気持ちで日常に戻っていった。
次回、二章最終回です。




