雨
まだいいえ
最近、朝はいつも雨ばかりだ。まるで避けられない日課のようで、学校に向かう足がいつもよりも重く感じられる。
冷たい空気がシャワーを浴びているときにも忍び込み、窓の隙間から小さな風が吹き込む。外では激しい雨が降り、風音と混ざり合って響き渡る。湿った冷気が体の芯まで染み込むようで、世界全体がこの霧に包まれている気がする。
シャワーを終え、部屋を出た。空が少し明るくなっているように見えた。「晴れるかもな…」と小さく呟いてみたが、心の中では、雨がすぐには止まらないだろうと感じていた。明るくなりかけた空には、もう暗い雲が広がり始めている。
傘を手に学校へ向かい始めた。細かな霧雨がまた降り始めたが、特に気にせず静かに歩き続けた。冷たい空気が体を包むが、もう慣れている。
公園を通り過ぎようとしたとき、目の前に一人の少女が立っていた。彼女は雨を気にすることなく、じっとその場に佇んでいた。長い白い髪が濡れているのに、その姿は説明しがたいほど美しく輝いていた。その目には、何か特別なものが宿っていて、目をそらすことができなかった。
ゆっくりと近づき、雨音に自分の足音を紛らわせながら声をかけた。
「ねえ、何してるの?雨に濡れると風邪を引くよ。」
彼女はゆっくりと振り返り、かすかな笑みを浮かべた。その笑顔は儚げで壊れそうだった。
「ああ…ごめんなさい。邪魔するつもりはなかったんです。」
首を小さく横に振った。「いや、別にいいよ。でも…どうしてここにいるの?傘を持っていないんだろう?」
彼女は少しの間黙って遠くを見つめていた。そして、やがて静かに答えた。
「ただ…少しの間、ここにいたかっただけ。大丈夫ですよ。」
傘を少し持ち上げて、ほとんど濡れかけている彼女の体を覆った。
「傘、持ってないよね?」
彼女は小さく微笑み、少し俯いた。
「持ってません。でも、大丈夫です。もう帰りますから。」
雨が徐々に激しくなってきた。腕時計を見ると、もうすぐ8時だ。このままだと学校に遅れてしまう。しかし、濡れたまま立っている彼女をそのまま置いていくのは心苦しかった。
小さく息を吐いてから、傘を彼女に差し出した。
「これ、使って。明日また会えたら返してくれればいい。」
彼女は驚いた表情で見つめた。「え?でも…あなたはどうするんですか?」
「大丈夫。走ればなんとかなる。それに、まだそこまで激しく降ってないし。」微笑みながら答えた。「こんなに濡れたままで歩くのは無理だろ?」
彼女は首を小さく横に振り、少し焦ったように見えた。「いえ、いえ、大丈夫です。あなたが使ってください。学校に行くんでしょう?」と優しく、しかし確固たる口調で言った。
彼女の意思が固いことが分かったが、それでも彼女のために何かをしたかった。
「じゃあ…」と呟き、彼女の返事を待たずに、傘をそっと彼女の隣に置いた。「これ、使って。僕はまだ傘があるから。」
彼女は驚いた表情で僕を見ていたが、何かを言おうとする前に、僕は背を向けて学校へ走り出した。
雨は激しく体に降り注ぎ、冷たさが骨の髄まで染み込んでくる。それでも、僕は足を止めることも、振り返ることもしなかった。背後から彼女が何かを叫んでいる声が聞こえたが、激しい雨音にかき消されて内容までは分からなかった。
なぜだか分からないが、足取りは以前よりも軽く感じられた。
学校に着くとすぐ更衣室へ向かった。制服はすっかり雨に濡れてしまっていたが、こんなこともあろうかと予備の制服を持ってきていたのは幸いだった。着替えを終えると、少しホッとしたものの、雨で冷えた体の冷たさはまだ残っていた。
教室に入る前にポケットの中のスマホを確認すると、母からの新しいメッセージが届いていた。
「颯太、ちゃんとご飯を食べなさいよ。今朝お金を送金しておいたからね。体調に気をつけてね!」
そのメッセージを読んで、小さく微笑んだ。母はいつも気にかけてくれている。僕たちは違う町に住んでいるけど、彼女の思いやりは変わらない。
簡単な返信を打った。「分かったよ、ありがとう。今度、美味しいものでも買うよ。心配しないで。」
メッセージを送信すると、少し気持ちが軽くなった気がした。一人暮らしをしているけれど、家族が僕を支えてくれていることは分かっている。
その後、落ち着いた気持ちで教室に向かい、席についた。今日は順調に進むといいな、と思いつつも、あの少女のことが頭から離れなかった。
教室はまだ静かで、先生はまだ来ていない。クラスメイトたちはそれぞれ自分のことに夢中になっている。僕は窓際の一番後ろの席に座った。そこは僕のお気に入りの場所で、そこから雨で濡れた学校の庭がよく見える。窓ガラスに落ちる雨粒が描く不規則な模様をじっと眺めていた。
でも、頭の中は雨だけではなかった。さっきの少女の姿が何度も浮かんでくる。彼女の顔だけではなく、雨の中での立ち姿、そのか弱いけど毅然とした雰囲気も含めてだ。
「どうしてあの子、あんなところに立ってたんだろう…」と、無意識に呟いてしまった。
椅子の背もたれに体を預け、考えを切り替えようとしたが、好奇心はまだ消えない。彼女は、なんだかとても悲しそうだった。
その時、陽気な声が背後から聞こえ、ぼんやりしていた思考が途切れた。
「おーい、颯太!」
振り返ると、同じクラスの隼人がニコニコしながらこちらに向かってきていた。
「放課後、学校の前のラーメン屋行かない?雨の日はやっぱり熱々のラーメンが一番だろ!」
僕は小さく微笑み、さっきの少女のことを一旦忘れることにした。「いいよ。」と、短く答えた。
隼人は軽く僕の肩を叩き、「よし、じゃあ後でな!俺に奢ってくれよな!」と冗談交じりに笑いながら自分の席へ戻っていった。
僕は小さく首を振りながら薄く笑い、再び窓の外を見つめた。今度は雨だけでなく、何とも言えない不思議な感情が胸に湧き上がってきた。
雨の音を聞きながら、心の中で考えた。どうして雨はこんなにも不思議な感情を呼び起こすんだろう。まるで言葉にできない物語を秘めているように、ただ静かに降り続けている。
「もしかして、だから俺は雨が好きなのかな…ちょっと面倒くさいけど。」と、小さく呟いた。「寒さじゃなくて、静けさが好きなんだ。」
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