ウソ!!ママが推し作家?!ヤバイ、うかつな私の一言のせいで…愛する物語が台無しに!!改悪されていくぅううウウウウウウウウウ!!!
私には、最近推し作家がいる。
とある小説投稿サイトで人気の、『洞爺湖あこ』さんである!!
いわゆる異世界恋愛小説を書いている作家さんで、ここ最近急激にランキングの順位を上げていて、SNSでも話題になっているんだよね。書籍化も時間の問題と言われてて、私もまったくもってその通りだと思っている!登場人物の声優予想やアンケートには積極的に参加しているし、毎日夜8時に必ず更新されるので、読後にファンサイトを訪れては掲示板に感動を書き込みをするくらいドハマりしているのだ!!
王道の展開なのに独特の世界観がしっかり描かれていて、個性的なキャラクター達がイキイキと…、マジ恋愛だったり知略だったりすれ違いだったり甘々だったり切なさ大爆発だったりおいしそうなレシピを教えてくれたり人生の格言を授けてくれたり…、とにかく様々な方面からいろいろと繰り広げてくるので、はっきり言って目が離せない。
真っ赤になったり惚れ惚れしたりうっとりしたり感心したり大笑いする事もあれば思わず泣いてしまう事もあったりして、感情をフルに活性化させてくれる作家さんなんだ。今となっては、私の暮らしにガッツリバッチリキッチリ染み込んでいるというか、うん、今連載中の『海クラゲと世界樹』シリーズが完結したら、たぶん私絶対に…空の巣症候群になる!!! ああ…ベアトリクス皇后のように、私も干したサメのひれをかじりながら月夜を見上げてさめざめと涙を…って!!ヤバイ、もう7時59分!!!準備しないと!!!
「ナナちゃーん、プリン一緒に食べない?なんか晩ごはん足りなかったみたいで、おなかちょっと減っちゃって!ボストコのやつだけど、開けちゃうと…」
「ごめん、あとで食べる!!!」
ママの夜食のお誘いを断り、スマホを…アアア!!!
更新、キタ――(゜∀゜)――!!!
はぅ、はぅ、はぅううう…ここであの伏線が?!
スゴイ、なんというムーンサルト、変化球でバッチリ着地!!!
この怒涛の展開、さすがだとしかァアアアア!!!
うっそー!!
まさかの…ラブレター消失編完結?!
キャー!!!
明日から新章突入?!
…ギャー!!!
私のイチオシのアルフレッド閣下とのからみ、クル――(≧▽≦)――!!
ヤバイ、鼻血吹きそう!!
はあ、はあ、ハア……。
……ちょっと、休憩しよ。
じたばたし過ぎて埃の舞っているリビングのソファから立ち上がり、ダイニングキッチンのテーブルで一人、お盆サイズのプリンを食べているママの真向かいに座る。
「なーに―?真っ赤な顔して!!なんかすごくニコニコしてる!彼ぴからなんか言われたの?」
あさっての方向から、ママの詮索、キタ――(゜∀゜;)――!
「違うよ!!彼氏なんかいないし!!あたしにはアルたまがいればそれでいいし!!」
「え…まさか、ナナちゃん…海外の方とお付き合いを…?どうしよう、ママ英語話せないよ…?」
盛大に勘違いをしているママに、プリンを食べ食べ事の次第を説明する。
今人気の小説の事、ドハマりしてること、キャラクターの魅力、毎日楽しみにしてること、現実の恋愛なんかどうでもいいからアルたまの幸せしか願っていない事……!!!
「ということでね!!とにかく貴いの、だからこの胸のトキメキが続く限りあたしは幸せで、それ以外しか考えられない!!アルたまの幸せが訪れるまで見守るって決めてるの、だからリアル孫には期待しちゃ、ダメ、ダメ!!!」
やけに興味津々で込み入ったことまで聞いてくるから、思わず熱く語ってしまった…。
すっかり冷たいプリンがぬるくなっちゃったよ…美味しいけど!!!
「…具体的に、その…あるたまにはどう幸せになってほしいのよぅ」
「具体的?そうだなあ、まずは…」
……まさかママがこんなにも食いついてくるとは思わなかった。
普段あんまりこういう話をしてこなかったけど、実はラノベとか好きなのかな?ブックマークとか、感想返しとか、活動報告とか、掲示板とか、なりチャとか…コアな事を言っても混乱する事もなく、やけにすんなりと聞き届けてくれるというか。おかげでずいぶん熱のこもった主張を……。
「……で、孤独なアルたまにショタの執事見習いをつけるでしょ、でもって街の片隅でマヨネーズクラッカーを口にくわえた魔法学生とぶつかって運命の出会いをしてサクッと恋に落ちてもらって、あまあまデートをする事で人生が拓けて、いるだけで貴い近寄りがたい存在ではなくてみんなに幸せを振り撒く愛の象徴みたいな感じになってもらえれば!!!」
調子に乗って暴走した意見を言ってしまったことは否めない。
だけど、アルたまの幸せを心から願うイチファンとして、たまには度を超えた発想をする自由くらいは許されるはず―――!!!
「はいはい、ナナちゃんの愛は十分わかったよ!もうそろそろ寝ないと…明日のバイト、早朝シフトだったんじゃないの!」
「…ヤバっ!!!おやすみっ!!!」
急いで歯をみがいて、ベッドに入って!!
甘ったるいアルたまの夢を見て、ちょっと寝坊して―――!!!
ママに熱くアルたま愛を語ってしばらく経った、ある日。
………。
………?!
なに、これ!!!!
いつものように、夜8時にスマホを開いた私は驚愕した。
なんと、ななななななんと?!
まさかの、アルフレッド閣下の日常編がすすすすすすすスタート?!
突然の洞爺湖あこのサプライズに…、思わず手に持っていたスマホを拝み倒してしまった!!!
「……ナナちゃん、何やってんの?」
「神様仏様洞爺湖あこさまっ…アタシ、あたし一生アンタについていくよ、アンタだけを拝み続けるよ、うふ、うふ、ウフフふふふふうふ!!!!」
何やらママがふにゃふにゃ言っているけど、テンションがおかしな方向に振り切ってしまった私には微塵も聞こえない。適当に相づちを打ちながら、何度も何度も新章の序盤エピソードを繰り返して読ませていただき!!!
寂しくて孤独で寡黙なアルたま…、ショタっ子と心を通わせながら優しさを惜しみなく与えるご様子…、思いがけない出会いとまさかの偶然、神様に愛されているとしか思えないハプニング、トントン拍子で幸せが積み重なっていくシンデレラ展開…!!!
日に日に上がり切ったテンションが貯まって、底知れぬパワーが漲っていく私だったのだけれども。
―――なんか、おかしくね?
―――正直イメージが違う…
―――こんな薄っぺらい展開になるとは思ってなかった
―――正直ハズレ回だよね、アル編
―――だれも望んでないし、甘ったるいアルなんか
―――洞爺湖あこ、スランプ?
―――甘いもの食べすぎて創作脳の血管が詰まったのかも
―――ランキング下がってきたね
―――もうダメかも…
感想欄で、SNSで、掲示板で、チャットルームで、やけに酷評が目立つようになってきたよ……?
―――アルたま推しには最高です!
―――みんなもっとアルフレッド閣下に愛を、愛を―!!!
―――え?たまにはこういうのもいいんじゃないかな…
―――はいはいクラスター乙
―――正直バランス崩れまくりで草
―――たまにはの範疇越えでしょ、こんなんトチ狂ってるとしか
―――洞爺湖あこも更年期きたか…
―――単行本が出るころに戻ってくるわ
―――その頃には忘れ去られてるに一票
私がどれほど擁護する書き込みをしても、同調してくれる人は現れない。
それどころか、今の現状を好ましく思わない人の意見がどんどん増えていく……。
「なあに、そんな暗い顔して!!」
「……ママ。だって…、アルたまが……」
焦げ目の目立つママのホットケーキを食べながら、悔しい気持ちを愚痴った。
こんな気持ちでは、スマイル0円のバイトなんて…できそうになくて。
「えー!!そんなに評判悪いの?それはそれは…」
「ママ!!!笑い事じゃないよ!!洞爺湖あこがいなくなっちゃうかもしれないんだよ?!もう毎日連載してくれなくなるかもしれないのに!!!物語が終わっちゃったらもう二度とアルたまに会えなくなる、そんなの、そんなの……」
大好きなホットケーキなのに、なんだかしょっぱくなってきた。
メイプルシロップを追加して、あまあまにしてから口に……。
「大丈夫だよぅ、まだしばらくストックあるし、単行本の方で盛り返せるって!もしだめでも、アヤカの娘さんが五歳になる頃までは下書きがあるからね、あと2年くらいは毎日連載できる……」
………。
………?!
「単行本?!」
「十月に出るんだよ、あ、これはまだ内緒ね!!!」
「な、ななななななんで?!何でママがそんなこと知ってんの?!」
「ヤダぁ、前に言ったじゃない、洞爺湖あこは、ママのペンネームだって!!小池愛子を盛大にしてもじったって言ったら、軽~くハイハイって流したでしょ?」
ウソ!!!!!!!!!
ママ、ママが……推し作家?!
ちょっと待って、あたしめっちゃハズい事してない?!作家本人にキャラ愛ぶつけて、自分の欲望を真正面からぶつけまくって、アンチの存在も知らせちゃって、でもって、でもってえええええエエエエエエ!!!!
………。
ママに頼んだら、先読み、させてくれるカモ……。
「ごめんなさい、あたしが…余計な事を言ったせいで。せっかくの世界観が丸つぶれに…ファン離れが……、でも、あたしは、ママの、洞爺湖あこの一番のファンだからっ!!!お願い、どうか、どうか私が78歳になるまで連載を続けて!!!でもって、大往生する三日前に最終巻を発売してください、お願いします!!!あと、バイト代全部あげるから、ママの好きな三角チョコパイをわんさか献上するから、先読みを…!!!でもって、私が口走ったアホな欲望は忘れていただいて、サクッと削除して今まで通りの展開を、展開をぉおおおおおおおお!!!」
テーブルの上にひれ伏し、本気の懇願、懇願っ!!!!
「やめてよぅ、ママ、ナナちゃんに看取ってもらうつもりなんだからね?!まだまだ先は長いけど…、ちゃんと完結する物語だし、連載を長引かせることはできないから諦めてほしいなぁ。ナナちゃんのアドバイスで書いた部分は気にしなくていいよ、たぶんだけど…書籍販売のいいエッセンスになると思うんだ~。ウェブ版とは内容を変えてほしいっていう出版社の意向があったから、ある意味WIN-WIN!!二倍以上は楽しめるはずだよ?」
ランキングが下がって、SNSが荒れて、掲示板に活気がなくなった頃に、『海クラゲと世界樹』シリーズの書籍化が発表された。
大幅加筆と神絵師効果もあって、あっという間に注目を集め、さらに内容のグレードアップが絶賛に次ぐ絶賛の嵐で…CDドラマ化が決定し!!!
……洞爺湖あこ、恐れ入る。さすがあたしの推し作家、自慢のママだけある!!!
「ねぇ、ナナちゃんはどの声優さんがいいと思う??ママこういうのよくわかんなくって」
「ママのイメージを伝えて、ママが選ぶべきだと思う!それがキャラクターを生み出した作家の責任であって、使命なんだからね!!」
思うところはあるものの…ただの一ファンである私が口を出したらダメだという事は、よぉおおおおおおおおおおおおおおくわかっている。
物語の改悪なんて、絶対に……あってはならん!!!!!!!!
ママの頭の中には、最終回までの流れがずらーっと並んでいるらしいんだけど、ところどころにエピソードを突っ込むような空間があるらしくて…ひょんなことでおかしな方向に話が広がっちゃうことがあるので気が抜けないんだよね…。つい先週も、バイト先に箸を下さいっていうおじさんが来てた事を話したら、バッチリ王様のお忍びのワンシーンに生かされちゃってたし!!!
ついつい、口を出したくなるけれど、ぐっとこらえて…更新を待ってるんだからね?!
余計な事を言っちゃって、おかしな世界観になっちゃわないよう気をつかって…新刊の発売を待ちわびているんだからね?!
「ちょっとナナちゃん!!!まーたママのパソコン使ったでしょ!!!も~、お菓子のゴミぐらい片付けてよぅ、あ…これまだ入ってる、もぐ、もぐ……」
……待ちきれなくて、たまにママのパソコンをのぞいちゃうくらい、許してほしい。
「洞爺湖あこ先生!!!三巻二冊買ってきたから、一冊サインして♡うんとね、小池奈々ちゃんへって書いてね!!!」
「ええ~?!も~、見本誌あるのに!いいけど!!」
推し作家様から直々に、サイン本を手渡してもらった私は…。
にっこり笑って、ママの作った甘いホットケーキを頬張ったのだった!!!