STORIES 034:25年後の窓際の席
STORIES 034
誕生日おめでとう。25歳だね。
四半世紀、っていうの?
そんなふうに考えると凄いよね。
今日が折り返し地点だとして、また25年経ったら…
僕らは50歳になっているわけだ。
結構、いい年齢だよね。
まだ想像つかないな。
この店は残ってるかな?
もしその時まで覚えてたらさ…
この店でまた会わない?
結婚して一緒に暮らしてるかな…
2人くらい子供もいたりして。
それとも別々の街で生活しているのかな…
それでもさ、会って話をしてみたいな。
夕方、そうだな… 6時くらいから。
オーダーストップまでは待ってるよ。
約束ね、25年後の今日、この店で。
そういうの、面白そうじゃない?
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むかし住んでいた街の洋食屋。
2人がけの窓際のテーブルを選んで座る。
同じ席というわけにはいかなかった。
まぁ、予約もしてないしね。
今夜はあいにくの空模様だけれど、平日の夜だというのに席がだいぶ埋まり始めている。
手書きのおすすめメニューに少し迷う。
あの日、僕は何をオーダーしたのだろう。
思い出せるはずもないか。
窓の外、雨に濡れた通りを眺める。
かつて何度も何度も通った道がそこにある。
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あの時の約束のために訪れたわけではない。
そんなにね、ドラマティックな展開なんてあり得ないし、期待もしていない。
たまたま仕事の都合で、近くの町に1週間ほど滞在することになり、この店とあの夜のことを思い出したのだ。
この地域には縁があり、今でもたまに訪れる。
あれは付き合い始めたばかりの若いふたりの…
思い出すのも恥ずかしくなるようなやりとり。
彼女の誕生日の夜、少し浮かれていたし、ね。
真剣に約束したわけじゃない。
でもせっかくだから、夕食はこの店を訪れてみようと思い立った。
そんな思い出のある夜をこの街で過ごせるという偶然…
まぁ単純に、懐かしくなって、ね。
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カントリーハンバーグのセットを食べながら、改めて店内を見渡す。
アーリーアメリカン調の店内は、小洒落ているけれど気取ってはいない。
バイクが飾ってあったり、カウンター席があったり。
あの頃とあまり変わっていないのかな。
もちろん、彼女が現れることはない。
今頃は家族とケーキや料理を囲んでいるかもしれないし、楽しい夜をワイワイと過ごしているに違いない。
誕生日だもん、自分の。
そもそもこんな約束など覚えてもいないはず。
僕のことなんて、もうすっかり忘れてしまっただろう。
それで構わない。
でもいろんな記憶が少しずつ蘇り…
心の中が懐かしい気持ちで満たされてゆく。
さっき店に入ってからずっと。
胸がドキドキと高鳴っている。
この感じ、恋してた頃みたいでなかなかいいね。
それだけで充分。
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ひとりで食べ終えると、僕はすぐに席を立った。
もちろん閉店まで残るつもりなんてない。
もしかしたら彼女も今夜、来てくれるのかな。
そんな期待をほんのちょっぴりでも残したまま、この先も美しい想い出にできるなんて、なんだか楽しい。
そのまま、少し街を歩いてみることにした。
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かつて使っていた駅や、バイトしていた店のあったビル、以前はコンビニだった場所、CDショップ。
またこの街に住めたらいいのにな。
僕はこの町が好きだった。
あのアパートには知らない誰かが住んでいるし、彼女ももうここにはいないだろう。
そんなことはわかっているけれど、理屈じゃない。
僕はこの町が大好きだった。
のんびりと散歩するには、今夜は雨風が強い。
早く帰りなさい、そう促されているような気もする。
でも、もう少しだけ歩いてみようかな。
たまには、こんな夜も悪くない。