表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

僕と俺と私のちょっと不思議で驚けて笑える物語

願いの叶う箱

作者: 虎ヒデ

ある日願いが叶う箱を手に入れた。


それは段々と木々の葉を赤みがけることで感じたくもない時の経過を嫌でも思い知らせる意地の悪い季節の頃のことである。


思えばついこの間新しい高校の門を前に、新しい学校生活を十分に謳歌しようと志を改め、少しばかりサイズの合わない制服と共に記念すべき第一歩を踏み出したような、いやはやこれほどまでに充実した時の流れは早いものなのか。はたまたこの半年の学校生活が年のいった爺さんのスッカスカの骨密度並の、中身と無い無意義なものだったのか、審議の程は定かでない。

いずれにせよ二人三脚の割にいささか俺と時間の歩調はあっておらず、時は俺を差し置いて単独先行に入った。オッズは1.0倍である。こっちの都合を少しでも考えたことがあるのか。

足が早くてモテるのは小学生までであるのが世の常であって、ああそうか、だから小学生の頃の俺は時の流れの早さに焦燥感や悲嘆を感じることがなかったのか。


真偽を定かにする判断材料となるとは到底思えないが、一応のところ、あくまで参考程度に入学からの経歴を簡潔に述べておこう。


高校は県内でもそこそこの進学校へと入学。

部活動は、青春の1ページを刻む前提条件は帰宅部であるというなんとも救いがたい現実と創作物を裏表反対に履き違えてしまった偏見により、特例以外は部活動への無所属が認められない中、帰宅部を強行選択。

勉学は二の次に、放課後まで教室に残っている者を心の中で嘲り、これまた放課後にいそいそとグラウンドへと足を運ぶものに一瞥をくれてやって、俺はと言えば出会いや楽しい出来事を求めて練り歩いた。

これまでつくってこなかった彼女や親友持ち、ここに来るのも乙かもしれないと、一通り県内の高校生が行きそうなスポットを回った。

更に抜け目のないことに、共通の話題をもつのも潤滑なコミュニケーションに必要不可欠だろうと知恵をはたらかせた俺は漫画を読み漁り、アニメを見漁った。ここではもう既に多くのものが2週目だったことを備考として載せておこう。


さあ準備は整った、いざゆかん。という段階で計画は凍結されている。

まあ、これらの情報では俺が学校生活をスタート地点でスタンディングスタートの構えから1歩目を盛大にこけた上にその拍子で方向を見誤り、あらぬ方向に走り出したことの裏付けとはならないだろう。社会では私のような者を陰キャと表現する稀有な例が実在するそうだが、定義が明確でなく信頼のおけない情報を鵜呑みにしない程度のメディアリテラシーを全国民が、余すことなく身につけていると、日本の教育はことまでお粗末でないと、そう信じている。


現在俺は青春を謳歌しているであろう忌々しい若者達の苦しみを願い、それは本来私の席であるから退くのが道理だとなんとも筋が通った大義を掲げ、地味な嫌がらせを繰り返すというとてもやり甲斐を感じれる仕事に着手している。当初の目的を大幅に脱線している気がしてやまないがそこはケースバイケースであると納得して欲しい。


今日も今日とて責務を果たすべく、サッカー部のとあるリア充の家にある保湿ティッシュペーパーをドライヤーでカピカピにしてきたところだった。何を恋愛なぞに現を抜かしているのか、風紀紊乱の世を俺が正さねばと決意をあらわにし、というか学生の本業は勉学であろうにと戒めの意味を込めた改心もとい嫌がらせだったのだが、さすがに今回は悪逆非道が過ぎたか、帰り際に目に入ったアザラシの悲しみが深く宿った瞳を生涯忘れることは無いだろう。

心のうちでもうこんな生産性のない活動からは足を洗おうと、決意を固めて帰宅すると、自分家の玄関の前におおよそ宅配物で間違いないであろう直方体を発見した。我が家ではもちろん宅配は利用するのだが、現在親は両方とも出張中であり、年端も行かない弟は宅配を頼める術を所持していない。ならば必然的に俺が頼んだという結論が導き出されるのだがどうにも頼んだ記憶が無い。

まさか今頃になって、まったくイメージ画像と違うフィギュアが送られてきたことへのクレームに対して、私どもがしまったお詫びに代わりの商品を送るます。ごめんなさい。という日本語の拙いメールを一昨年に寄越したあの中国の会社が重たい腰を上げたのかと期待したが、その線は極めて薄いだろう。

もしや隣の人のではないかと思い至ったと同時に、まあでも間違って開けちゃいましたけど間違えて置かれていたのだし仕方が無いですよねテヘ、と論理的な言い訳も構築した俺は自分の部屋で開封する流れに移行した。


よくよく見てみるとこの箱には必要最低限の情報すら記載されていない。蓋がガムテープで縦一線に止められているだけの東京の入り組んだ地下鉄とは対極に位置するシンプルさだ。唯一のチャームポイントかつ彼をダンボールたらしめる役割をその薄っぺらい背中に背負っていたガムテープを、その重厚な責任を伴う職務から解放してやり、せめてもの労いの言葉を心の中でかけてやる。

彼がこうまでして守りたかったものとは果たして一体何なのだろうか。

邂逅を妨げる左右の紙の扉を開けて俺の網膜が映し出したのは1枚の紙と小さな箱。箱の中に箱とは、マトリョーシガズムを感じさせる。しかしこの箱は少し不気味な装飾であり、ただの箱とは一線を画した、ただならぬ雰囲気を感じさせた。俺が将来デザイナーなる職業に従事し、パンドラの箱のデザインを命じられたらこの箱を参考にしたいと思う。


さて紙へと目をやると、

【この箱が開いたとき汝の願いも叶っているであろう】と、手書きなんだか機会で打ったんだか分からない筆記で書かれていた。はてさていつの間に俺の親はオカルトチックな団体に入団したのだろうか。今入るとQUOカードが貰えますよとでも言葉巧みに誑かされたのだろうか。

ちなみに母の部屋の襖を開けてみるとわかるのだが彼女は前科持ちである。前科二桁は軽くいっているだろう。新人を教育させる際は我が家を使うように推奨されているともっぱらの噂であるのは、わりと周知の事実であるからにして地区会の皆さんが守護会を立ち上げて俺の母を外敵から守ることに奔走して下さっている。

そんな不名誉な登竜門の扱いを受け、チュートリアルの母の名を欲しいままにしているからこの箱もその類のものだろうと、ばっさり切り捨ててしまおうと思っていたのだが、しかしそうは言っても、気になってしまうのが人間の性である。


開けてみようか。


いや待てよ、開けた途端に何か料金が発生してしまうとか、どこかに核ミサイルが発射されてしまうとかそんな心配がないと言い切れるか。懸案は尽きないが立ち止まっていても仕方がないのもまた事実。案外誰かのドッキリだったりするかもしれない。誰かドッキリをかけてくれる友達はいるのかという野暮な質問が速達で寄せられてきたが、ここは黙秘を貫くのもひとつの強さだ。


俺は思考を一区切りしてとりあえず開けてみることに決めた。箱を持ってみると改めて尋常じゃない何かを感じる。もはや神々しさの域に達したオーラが俺に、この箱は本当に願いを叶えられるだけの力を持っていると言い聞かせてきている。

気づけば額にはじんわりと汗が滲み、口の乾き具合を見かねて唾液の分泌が促された。先程まで息を潜めていた胸の鼓動が、この瞬間に役割を突如として思い出したように加速する。この箱についさっきまで懐疑的だった俺はもはや見る影もなく、本物であることに確信を持って疑いもしなくなった俺はゴクリと唾を飲み込み箱の蓋に手をかける。


実は既に願いは決まっていた。


【高校生活をやり直したい】

これは冴えない人生を送ってきた俺にとって絶好の、最初で最後の好機かもしれない。人生でコツコツと貯蓄してきた一切合切のマイナスなこと分との帳尻を合わせるために、ここに来て一気にプラスマイナスゼロになるだけの出来事をお天道様がお与え下さったのか。

頭の中でその願いを強く思い浮かべ、箱の蓋が上へと持ち上げられ───なかった。


何だこの硬さは。


たしかに俺はこの年になるまでスポーツらしいスポーツはやってこずにきたのでお世辞にも力があるとは言えないが、それにしてもこの不動さは異常だ。RPGで培ったこの握力が微塵も通用しないなんて。体勢を変えて最大限力が伝わるようにしても、断固として動かぬ固い意思を感じた。

ホームセンターで売っている工務用の接着剤が、おもちゃを買ってくれるまでここを動かないと駄々をこねる小さな子供だとすれば、この箱はおもちゃコーナーで吉田沙保里がここを動かないと仁王立ちで宣言しているようなものだった。動かせる気が湧いてこない。

そうか、ただで願いを叶えてくれる気はそちらにはサラサラないようだ。この箱を工夫の末に開けてこそ願いを叶える権利を手に入れられるというわけか。望むところである。


ここは冷静沈着に、深呼吸を二三度挟んで前向きに考えよう。願いの内容を推敲に推敲を重ねて良質な願いを再検討するチャンスが出来たと、そう考えよう。さっきはいささか衝動に身を任せて思考が狭まっていた。冷静になってから考えると【高校生活をやり直したい】よりも【時間移動の能力が欲しい】の方が確実に上位互換ではないか。箱を開くのには時期尚早であったか。

そもそも願いのベクトルを変えてみるというのも一案だ。天真爛漫純粋無垢だった輝かしい、今となっては眩しすぎて目を逸らしたくなってしまうような、目を逸らした先に見えるのは腐れきった現実であったが、ともかくキラキラとした子供心を思い出し、誰しも一度は憧れるであろう【飛行能力】を望むか。【空間移動】も一考に値するが、やはり空を飛んでみたいので没である。何を真面目に考えているのかとお思いになっているかと存じ上げるが、人間、夢を見れなくなったら終わりであるからにして、だったら俺は夢を見がちな馬鹿でありたい。

この箱が───いつまでもこの箱と表現するのもいかがなものかと思うので、そうだな願い箱とでも呼ぼうかと自分のネーミングセンスの無さを他ならない俺自身に勝手に思い知らされたところで文章を再開するが───願い箱がもし願いを叶えた後にまた人知れない場所にランダムに出現して、また人の願いを叶えるのだとしたら、きっと俺が今回すべき最適解は【次からの出現場所をこの俺の部屋に固定しろ】だ。

これは某漫画の願いを叶える系球体に願いを頼むシーンになると、願いこうしたらいいじゃんと毎回思っていたことは余談である。

しかしこの願いにはリスクがある。願いが実現不可能であった際にそれはノーカウントとなるのであれば問題は無いのだが、開けた瞬間に思っていないと、もう願い箱は効力を失ってしまうのであれば話は変わってくる。

いわばこの願いは投資だ。仮に後者だったとしたら悔やんでも悔やみきれないのでやはり没だろう。

やはり最有力候補は時間移動の能力か。

ちょっと待てよ。この紙には「一つだけ」なんて書いていないぞ。まあ大抵は一つだけと相場が決まっているので何にせよ決めておいたほうが身のためである。

妄想を膨らませるのもここまでにして、このまま差し当っての問題を目視しない訳にもいかない。疑問は製造が進みすぎて消費が追いついていない。


どうやって開けるか。

どうやったら開くのか。

単に腕力任せではあるまいし一体何が足りないのか。

もしやこの箱を開けられるような人間になればもう既に願いを地力で叶えられる人間になっているとか、なんとも教育上手なつまらない戯言を吐くための願い箱であるのか。

もしくは鍵が必要なのか。


だが心配しなくとも願い箱は俺の手中に存在している。焦らなくともいつかきっと開くだろうと高を括り、今どき流行らない亭主関白並の堂々さを演じているくらいがちょうどいいだろう。


******


しかしそんな淡い希望は待てど暮らせど叶う日は訪れず、場面は転じ転じを繰り返し、次第に俺の中では焦りの色が強くなっていった。いや、正直言ってイラついていた。

与えられる側で待ちきれなくなったからといって虫の居所を悪くし、かつ繁殖行動お咎めなしの放し飼いしているのは、まったくもって立場をわきまえていない愚行であるのは重々承知の上であるのだが、考えても見てほしい。目の前に人生を変えられる、心機一転して光輝燦然の生活行きのチケットがぶらさがっているのにも関わらず毎日みすみすとその機会を見逃している俺の気持ちになって。


餌を前に永久に待てをかますとは何たる鬼畜の所業か。もしメーカーが特定出来ていれば、手始めに昼夜問わずに家にある携帯機器を総動員。からの、事情を詳しくは知らないであろうクレーム対応をお姉さんにこの世の罵詈雑言の全てを喚き散らかしてやっていたのに、それすら叶わない。


当たり前だがこれでもやれるだけの努力はしたつもりだ。毎日7限目終了のチャイムと同時に帰巣本能の赴くままに即帰宅。

はじめはトンカチやらドリルやらで力づくの強行突破を目指した。

しかしどうやらこの類の方法では不思議箱には傷一つとして付けることは叶わず、不思議箱を開けることは不可能だと悟った聡い俺は次にオカルトチックな方法に手を伸ばした。


具体的には丸一日念を送り続けたりした。それでも箱は開かなかった。


時には箱に描かれている得体の知れない複雑怪奇な模様が数字に見えたりしたので、それが指していた座標まで移動して箱が開くのを願った。それでも箱は開かなかった


更に、足りないのはやはり己の能力なのかと解釈した俺は、毎日自己研鑽を積んで運動部顔負けの筋肉量を身につけた。それでも箱は開かなかった。


何を思ったか一日中肌身離さず懐の中で無機物に愛情を与え続け、不思議箱に孵化を促すという奇行に走った。それでも箱は開かなかった。


もはやなんでもありだった俺は不思議箱を言葉攻めにし、生き血を吸わせ、一緒の布団で添い寝をしてやり愛を説いた。逆に放置プレイをかましたりもした。


それでも不思議箱は一向に開く気配がなく、うんともすんとも言ったりはせずにいつもと変わらない、うんざりするほど見てきた模様を浮かべているだけだった。俺と不思議箱の熱き戦いは、驚くことに、時間にしておよそ2年近く続いていたのである。

その間にただでさえ地盤沈下が進んで危うかった俺の学校での地位は、奇行の連続の成果か、暴落の一途を辿った。株主に合わせる顔がない。成績もみるみるうちに右肩下がりの点グラフを記録。目も当てられない悲惨な数字が欄を独占している通知表は、親の目に重ねた発光レイヤーの透明度を段々と下げるに十分過ぎた。


世間の高校三年生はこの時期となると、高校生活の大半を部活動に捧げて勉学そっちのけで活動していた熱血漢どもですらも、既に後輩への引き継ぎを済ませ、受験勉強競走に合流している。だがそんなことは関係ない。


開きさえすれば。


この箱を開けさえすれば。


開けば全てが変わるのだから。


絶対に開けてやる。


******


───今日は起きて直ぐに、いつもと違うオーラを不思議箱から感じた。


箱が、今がその時だと告げていた。

胸に宿る妙な確信がそう告げていた。


同時に俺も、次の瞬間にはこの長い、本当に長い死闘に終止符が打たれるのだと、安堵と疑念と緊張とが入り交じった気持ちを、まだ開けていないながらに感じていた。

思えばこの瞬間を迎えるためにどれ程の苦労を擁してきたか。

しかし全てを投げ打ってまでしてきた努力は、こうして報われるのだからその甲斐があったというものだ。この世には報われない努力というのも多く存在するから尚更そう思わずにいられない。


箱を手に取る。

今ならこの箱は強く願えば身を許してくれるだろう。心做しか俺を受け入れてくれている気さえしてきた。

蓋に手をかける。

これまでのつまらない人生よ、さらばだ。

願いを頭に思い浮かべ、指先に力を込めて思いっきり上に引き上げた。



開け!



と、強く願いながら。

読んでいただきありがとうございます。次回は「ロリ殺人事件〜ロリコンを探せ〜」を書きたいと思いますのでそちらも読んでいただければ嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ