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赤松の後始末、その5





廻船問屋である青梅堂としての名や、家紋を与えた後に小夜を彼女のメインの拠点である隼波木へと送り返した後、私はこの赤松の名代である桐吾を引き連れて、この赤松を手に入れたそもそもの原因である”龍の口”への視察を行っていた。

………帰り際に小夜は、


「そうそう華燐、貴女に色々と贈り物を用意しておきますので♪とはいえ、元手を手に入れ次第なので、殆どは廻船問屋家業が軌道に乗ったらでしょうけれど」


とほざいていたが、まあ期待しないで待っておくことにする。

ちなみに小夜が言っていた元手に関しては、増産した六櫻銅貨を渡すことも考えたが、貨幣価値を加味すれば考えなしに貨幣を製造することは付け入られる隙を作る事となるので却下。

小夜に丸投げして、彼女が自身の力で廻船問屋家業を熟すことを期待するだけである。


「最低限は知識を授けますが、あれなら上手く使うでしょう」

「何か言いましたか、華燐姫?」

「………その口調は必要ありませんよ、桐吾。私とお前は確かに対等ではないが、かといって完全な家臣という訳でもない。無駄な敬語はやり取りの際に面倒です」

「そうは行きませんよ、今は武士の世―――礼節は守られて然るべきでしょう」

「下剋上の気風でよく言うものですね」


苦笑する桐吾。

その後ろには苦々しい顔の老兵が居り、また私の散歩後ろには夕影が控えていた。

当然これは龍の口への視察であるため、たったそれだけしか連れていない訳もなく、遥か六櫻から衣笠の双子の指示を受けて私の元にはるばるやってきた文官も何人もいる。

文官、武官という括りを今まで作っていなかった桐吾からしてみればそう言った職分の違いというものは興味があるらしく、ひっきりなしに私に問いかけを続けていた。


「成程、文官と武官………もっと言えば部によって組織が細分化されているのですね」

「効率よく大きな国家を運営するには組織だったものが必要です。ましてや金という新時代の武器を扱うなら尚更に」

「金は武器、か。父上と同じことを言うのですね」

「金だけではありませんよ。国を構成する全てが、対国家の戦いに於いては武器になる。土地も民も、そこから産出される資源も」

「………今まで、あまり普及していなかった考え方です。これを赤松に?」

「六櫻という国家の傘下に入った以上は全てこれを徹底させます。法に依ってこそ統治あり―――血筋や一部の傑物によって成り立つ国家自体が本来は異常なのですから」


あくまでも私の考えではあるが、王制や帝政は必ずどこかで限界が来る。

民主制だって破綻は訪れるだろうが、それでもたった一代、暗君が生まれただけで数万の人間が死に至る可能性がある王制などに比べれば、もしもの際の犠牲は少ないだろう。

尤も今の私はそんなことを考えてのことではなく、この形が最も私が統治するにやりやすいと言うだけの話。

本当の民主主義にするつもりは勿論ない。そんなことをしては、私が勝手に出来ないでしょう?


「まあそれはいずれの話。数百年後の六櫻か、或いは別の国家が歴史から学んで新しい理念を生み出すでしょう」

「ふぅむ、国破れて山河在りですか」

「そんな話はどうでもいい。それで、ここが龍の口ですか?」


そんな雑談をしながら歩いて行けば、いよいよ私たちは龍の口へとたどり着いた。

ちなみに馬ではなく、ましてや籠にもならずに徒歩で歩いているのは、赤松の民へと私と桐吾が上手くやっているという事を見せつけるためのもので、要はただのパフォーマンスである。

桐吾の後ろで老兵が苦々しい顔をしているのはそれが故だ。まあどうでもいい。

さて、龍の口は何度も説明の合った通り、劫崩連邦に開いた巨大な裂け目のことである。

地殻変動ともかつて神代に於いて、神が悪鬼を刀で葬った際にその余波によって生み出されたとも言われているが詳しくは不明。太古から聳え立つ劫崩連邦にこれまた太古から開いてた唯一の通行可能な場所、それが龍の口だ。

口と言われるだけあり、龍の口はそこまで大きなものでは無い。隊商や旅人などは問題なく通れるだろうが、これが大軍となればかなりその機動は制限されるだろうという程度のものだ。

文字通りの天然の要塞であり、天然の関所―――そこには当然というべきか、大きな宿場町が広がっていた。


「素晴らしい。金のなる樹だ」

「………姫様、その言い方はいろいろと語弊が広がるかと」

「事実でしょうに」


夕影の呟きに冷たく返し、私は改めて龍の口の宿場町へと入っていく。

ふむ、宿場町と言っても江戸時代のそれよりは規模は劣るだろうか。それもしょうがないだろう、まだまだ天唯は戦国乱世で、いつ戦いが発生するか分からない。

それでも旅人が泊まる場所があり、商家があり、出店が並ぶ。場所によっては遊郭の並ぶ遊郭街もあるようだ。


「………寧ろ遊郭街が一番大きな区画を占めている気がしますが」

「そこはほら、まあ旅人なり商人なりは男が多いですからねぇ」

「まったく。確かにその存在は必須でしょうが、それでも多少は手を入れる必要があるでしょうね」

「………華燐姫は女児でしょう。なのに、遊郭を肯定するのですか?」

「欲望のはけ口は必要なんてことは、私の様な子供でも分かります。とはいえああいった場所は感染症の温床だ、対策を考える必要はあるでしょうし、法の整備もしないといけませんね」


この時代だとやはり梅毒か?

同じような病があるかどうかは知らないが、性感染症なんぞ全て厄介な代物だ。危険性がある以上は対策をしなければならない―――夜鷹などに居座られては治安が悪くなる。

そもそも遊郭もまた金のなる樹である。衣食住が揃えば人間は欲望に金をかける。そして性の快楽はもっとも金のかかる欲の形である。

………折角だ、赤松には吉原の様な大遊楽街でも作ろうか。

今の時代、こういった遊楽というのは各地に点在している。六櫻や須璃、隼波木にもそれぞれあるのだが、その殆どが勝手に経営している遊女屋と呼ばれるものばかりである。

そしてそういった政府の目を盗んで経営される遊女屋は税の取り締まりがしにくく、かといって武力で潰せば民の不満もたまる。

で、あればさっさと集めてしまえばいいのだ。それこそが遊郭であり、かつての吉原である。ちなみにそういった遊女をひとまとめにしてしまえという方を最初に作ったのは豊臣秀吉であったりする。


「先取れる歴史は先に奪ってしまえばいい」


とはいえ、遊郭街を作るにしても場所は考えなければならない。

あまりに龍の口に近いと、それはそれで面倒が生じる。具体的に言えば防衛の面倒さだ。

この場所は経済的のみならず、そも軍事的な要衝である。巨大な遊郭を作り上げたとして、それによって防衛のための設備の配置が出来なくなれば本末転倒なのだ。

それを考えればやはり絡停付近に作り上げるべきか。………なんにせよ調査からだ。


「さあ、市場の調査を行いなさい。銀行の設置も忘れずに」

「「はっ!!」」


衣笠の双子傘下の文官たちが紙や簡易なメモ用の竹簡を手にして様々に散っていく様を背後から見つめる。

彼らの役割は金の流れの詳細の確認だ。例えば米の価値、宿の値段、遊びに使う遊楽費用はどれほどか。どの国からどれだけの旅人や商人が訪れ、どこへと旅立っていくのか。

どのような商品があり情報はどう流れ物はどこへと移動し―――等々。

ただ無作為に関税を設置し、銀行を置けばいいというものでは無い。何事も事前調査は必須だ。

物々交換から貨幣制度への大転換のためには強権による強硬だけではなく、優遇措置も必要なのである。今まで隼波木や須璃でやってきたように。


「華燐姫、私たちも市場へと行きましょう。臣下に任せるのもいいが、己の目でも確かめなければ勿体ない」

「………ふむ。一理ありますね、いいでしょう」


確かに掘りだすものを見つけるには、自分の目と耳を使うのが最も適している。

そもそもこの天唯という国は非常に日本の戦国時代に近いが、かといって決して同一ではない。特に大陸国家であるという差異は非常に大きく、戦だけではなく経済や流通という観点からも、その差というものをしっかりと認識しておくべきだろうと思った。


「案内なさい、この龍の口を」

「御意に、華燐姫」


私の隻腕を恭しい様子で取ると、桐吾は私を連れて進んでいく。

時は昼過ぎ、騒々しさを増した龍の口の宿場町へと、私たちは紛れていくのだった。




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