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「………っ!」


唇の端がひきつる。直後に、私の頬を掠めるようにして矢が飛んでくる。

しかしその矢は一瞬だけ瞬く刀の一閃によって叩き落とされる。背後の夕影による守りだろう、私の動体視力ではその動きを捉えることは出来ない。


「姫様、指揮は良いのですか」

「良いも何も………聞かないじゃないですか!私の言葉を、なにも!」

「単純に声が届いていない兵も居るかと思いますが、確かにそうですね」


もっとも、指揮が未熟すぎるのも一つの理由かと―――と。夕影がそう繋げた。

未熟なのは当たり前だ、私は戦争の経験などないし、学術的にすらその辺りを学んではいない。私がこの世界で目覚めてから行ったのは、歴史を始めとした通常の学問や医学、流通や農業及び経済に関わるものばかりである。

だからこそ軍師を起用したかったのだ。だが、霧墨にはそれを断られたため、現状この戦には軍師と呼ばれる存在はいない。

いや、そもそもだ。

一の砦の上から戦場を見渡す。秋口という事で若干紅葉が始まってきた森の中、この砦へと………正確には大将である私の首を獲らんと殺到する須璃の国の軍勢が身に纏う土色の鎧はあまり保護色にはならず、情勢をはっきりと私の目へと映す。

数は、圧倒的に須璃の国の兵の方が上である。これは私の呼びかけに答えた兵は少なく、その殆どが前国主である華樂への義理や単純に戦が好きな狂戦士というだけの理由で集まった者共であるためで、士気は限りなく低く、私を守ろうとか、私の命令に従おうとか言う人間は皆無と言っていい。

私の守護に回る夕影がまだ私の言葉を聞いてくれる部類だ。まあ、彼女がいなくなれば私は遠方からの狙撃で簡単に死んでしまうのだが。

………夕影が言った、須璃の国の兵など物の数にもならないという言葉は事実であるらしい。彼女は今も、欠伸をしそうなほど怠惰に構えているにもかかわらず、砦を上りここまでやってきた須璃の国の兵の殆どを一太刀で切り伏せている。

一騎当千の強者の名は伊達ではないという事か。

―――英雄とか、猛者とか。夕影はそう言う存在なのだろう。そして、そう言った強者には同じ力量を持ったものしか務まらない。そういう意味では、夕影に匹敵する兵士を持たない須璃の国は本来、六櫻の国と勢力争いをするには役者不足と言えるのだろう。

また、兵一人一人の質から見ても、須璃の国よりも六櫻の国の兵の方が高い。数で劣っていながらも拮抗しているどころか、血に臥せるのは敵兵ばかりであるのはその質の差によるものだろう。

なるほど、確かにこれならば私が何もせずとも、この国の兵士たちは勝手に彼の国を叩き伏せるだろう。


「………あれ?」


そこまで考えて、ふとおかしいと思う。

勝てない戦に挑む国主がいるだろうか。挑まれた側ならばいざ知らず………例えば天下人たる秀吉に最後まで抗った北条のように………須璃の国は今回、六櫻の国へと攻め込んでいるのだ。

何かしらの勝算が無ければ、このような暴挙には出ない筈。


「ゆ」


夕影、と言おうとして声が掻き消える。

視界の端を凄まじい勢いで何かが飛んでいき、そして同じく視界に捉えることのできない速度でそれが弾かれた。

目の前に、夕影の長い黒髪が揺れている。その右手には、抜き身の刀が握られていた。

刀、刀だ。刀身を露にした彼女は、即座に振り返って私の腰を持って抱える。いつも閉じられている瞳が珍しく、開かれていた。切れ長の綺麗な瞳がブレて、今度は呼吸が出来なくなった。

………景色が凄まじい勢いで後退していく。夕影に運ばれているのだ。先程まで私がいた場所には、金属製の短い槍が転がっていて、恐らくはあれが投げられて、夕影が弾いたのだとようやく理解した。


「っ、は………な、なんですか?!」

「須璃の国に、一騎当千の強者がいるようです―――そのような情報は聞いていませんが」

「それって」


不味いのでは、ないだろうか。

数で劣っている六櫻の国が須璃の国の兵を相手に善戦しているのは、質で上回っているが故だ。それを覆されれば、簡単に引き潰される。

痛みを訴えるお腹に手を当てつつ、深く息を吸うと私の言葉を夕影は否定した。


「いえ。戦場全体の気配を見るに、未だ六櫻の国の方が優勢です。一騎当千の強者は、ここだけを狙い澄ましているようですね」

「な、なんでですか?!」

「姫様がいるからです。姫様はこの戦場において最も弱い存在であり、そして六櫻の国にとっての要石ですから。壊しやすいものを最も強い力で崩す、効率的な選択です」


戦下手の須璃の国が取るにしては、鮮やかだと夕影が呟いた。


「かなめ、いし?」

「姫様はこの国において唯一、華樂様の血を引くものです。我らは皆、その血に従っている。それが喪われれば、この国は霧散するでしょう」

「………」


華樂の血という言葉に瞳を閉じる。私の存在価値は、血だけか。ああ、いや。

驚くようなことではないのだ。嫌っていても、蔑んでいても私には華樂の血が流れており、六櫻華燐がどれほど愚鈍であっても、その血が続く限りはこの国は続くのだ。六櫻華樂へと向けられた忠誠は、血を頼りにして注がれ続けるのだ。

次代の血を遺すために。私は、だからこそ彼らに守られ、国主たるを強要されている。

唇を噛んで、前を向いた。


「私を狙いに来ているなら、返り討ちにすればいいでしょう。迎撃に適した場所で、兵を集めて―――」

「姫様が呼んで集まる兵がどれほどいるでしょうか。いえ、命の危機を理由にすれば集まるとは思いますが」

「ならそれで」

「良いのですか?少なくとも、霧墨を納得させられるような戦果を上げるならば、助けを求めるのではなく計略や戦の運びを以て勝利を得なければなりません」

「………、で、あ………こ、の」


―――この後の事を考えるならば、助けを得るという選択肢は取れない。

だが、現状では今この時点ですら危うい。一騎当千には一騎当千をぶつければよい。当然、優る方が勝つのが自明だろうが、その間に私が刺されないという保証はない。

視線を、夕影に向ける。開かれた彼女の蒼い瞳は、答えを返してくれることは無かった。

決断は私がしなければならないのだ。未来を見るか、今を取るか。私は、少しだけ考えて。


「助けは、求めません。夕影、一騎当千(きょうてき)の相手を。私はその他の兵を削って、貴女の援護をします」

「………良いのですか?」

「そうするしかないでしょう!?貴女の見立てで、六櫻の国の他の兵で、相手の一騎当千の相手が務まるものは居ますか?!」

「いなくはありませんが、この戦場にはおりません」

「それは存在しないのと一緒です!!早く倒して、私を守りに来なさい!」

「御意に」


私は、未来を取った。

………その選択を、私は深く後悔することとなる。この時も、この先も、永遠に。

否。そうではない。私はそも、この世界に生まれ落ちたことを、六櫻華樂の娘として生まれたことを後悔している。この地獄を歩まねばならないことを、憎んでいる。

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