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赤松の後始末、その4



旧主を据え置いたままの赤松の統合は比較的簡単に進んだ。

扱いとしては赤松桐吾は六櫻が命じた、赤松の名代、及び城代となっている訳である。双方の役職が与えられているのは、文官の仕事である事務も武官の仕事である防備もどちらも熟すためだ。

本人に戦いの腕がありつつ、事務作業も出来るというのは実際に便利であるとは思う。


「とはいえ、六櫻のやり方を徹底させなければなりませんね」


私が滞在するための屋敷の中でそう呟く。ちなみにこの場所は元々赤松に存在していた武家屋敷を接収したものだ。元々の屋敷の持ち主は螺鈿裾野の決戦にて死んでいるため、丁度よく持ち主が不在だったのである。

その内、赤松だけではなく須璃や隼波木にも国主が滞在する別邸を用意させなければならないが、それは今である必要はない。どうせその辺りも別の事業と同時進行で行えるはずである。

さて、赤松を統合してよりひと月が立った。赤松の民には不満もあるのだろうが、赤松桐吾が私の配下に付いたとと、目に見えた破壊行為などを行ってはいないことから、苛烈な反発などは今のところ起こっていない。

したとしても遠慮なく武力を持って鎮圧するだけなのだが―――なんにせよ、面倒がないのは良いことだ。


「華燐、入るぞ」


そう言って襖を開いて入ってきたのは、霧墨だった。

その手の中に幾つもの書類を抱え、私の前に胡坐をかいて腰を降ろす。彼と私は今のところ背丈が変わらないので、こうして畳に座り込めば当然目線が合う。

彼の表情は非常に愉快そうなそれであった。


「どうしました」

「軍備増強の進捗報告だよ。悪くねえ、流石は赤松………国土が広いことに加えて、流通の起点ってことで人が集まる。兵になりたがる奴らも多い」

「そうでしょうね。なにせ、現在ならば一番手っ取り早く金を稼げますからね」


ひと月の間に須璃にて生産を続けさせていた六櫻銅貨を大量に赤松に移送し、更には恐らくは天唯初となる銀行の開行を行った。

この銀行は両替や、更には質屋も兼ねており、例えば物資を金に換えるといったことを公的機関として行っているのである。これによって、流通の起点たる赤松から、一気に貨幣という制度、文化が広がり始めた。

………文明開化というよりは、天唯という巨大な地図をめちゃくちゃに冒していくウイルスのようだと思ったことは、口には出していない。まあ、実際には似たようなものだろう。

現状の米経済から金経済への転換。これを速やかに行うために、私たちはずっと準備をしていた。

六櫻本国から須璃、隼波木ときて赤松―――須璃は貨幣を製造する大本であり、隼波木にはこの数年以内に巨大な港を作り上げ、更には塩田も用意する予定だ。そしてそのどちらもが既に貨幣制度が浸透を始めており、その流れを汲んだ商人が、整備され始めた隼波木、須璃を繋ぐ街道を通って赤松へとやってきている。

金を知る人間が、この赤松を起点として各地に、物資と六櫻銅貨を携えて広がっていくのだ。更には、六櫻銅貨というまったく新しい存在は、新たなる人々を呼び込む。

霧墨が言っていたように、金を求めて人が六櫻にやってくる、そういう時代が来るのだ。


「どれほどの兵力の増員が見込めそうですか?」

「そうだな、傭兵を含めて五千は簡単に増える。だがそれ以上は訓練が必要だろうし、金も足りなくなってくるだろうな」

「まだまだ足りませんね。まあその辺りはどうにかします。軍部全体の仕組みにも手を入れなければならないでしょうね」

「組織としての軍部ってことか?」

「ええ。人員が増えれば、指揮官階級も増やす必要があります。それに伴ってお前たちはそう言った指揮官よりも上位の権力を持っている必要がある。軍部という組織をより細分化しておく必要があるでしょう」

「………ま、その辺りは任せる。それよりもお前の馬廻衆の選定だ、白鬼衆は前の戦いで三割程度が脱落した、新しい人員を補充する必要がある。それに兵の育成に関してもだ、”兵を育てる兵”の存在が―――」

「軍部に教導部隊を作り、教官職を―――白鬼衆は洲鳥に選ばせ………」


戦が終われば、次の戦のための準備の必要がある。特に霧墨が取り仕切る軍に関することは打ち合わせることが多く、また金も飛ぶように流れていく。

それでも必要な事だ、国家の暴力機関である軍隊が惰弱では、得られる戦果に大きく翳りが生まれてしまうだろう。

事務仕事をしながら霧墨と話しつつ、気が付けば一時間ほど。ふと、背後でじっと佇んでいた夕影が僅かに身じろいだ。


「華燐様。客のようです」

「………通しなさい」

「かしこまりました」


そう言って襖が開かれると、その奥からは首を垂れた状態の女が現れる。

とはいえ見知った姿だ。

肩までの黒髪、兎の耳飾り。稲田の国より暖簾分けして六櫻に根を下ろした商人、藍染家の小夜である。

顔を上げるように指示を出せば、いつもの猫のような眼をスッと細めて私へと視線を向けた。


「華燐様~、此度は赤松の征服、実におめでたいことでございます」


訂正、今日のこいつはいつもの猫の様な瞳に加えて、猫撫で声まで出していやがる。

正直に言おう、気持ちが悪い。嫌そうな顔をしているのが分かっているだろうに、小夜はそれでも声音を変えずに私の方へと静かににじり寄ってきた。


「それで、でござんしてね」

「………私相手にそう言った仕草は要りません。時間の無駄だ、それからその鬱陶しい声音を止めなさい」

「あら♪かしこまりました。では早速本題に入らせていただきますわ」


ケロリと声音を戻した小夜。私が指示を出したからだろう、佇まいも本来ならば商人がやるものでは無い、正座こそしているものの殆ど対等と言えるような位置まで額を上げている。

手にも扇を持っており、私以外であれば即刻打ち首か、良くて二度と登城を禁じられるようなものだろうが―――私はそう言った面倒な建前やら作法やらに興味がないので、これでいい。


「ええ、ええ。隼波木から赤松までは流石に遠くて困りました。けれど遠路はるばるわたくしめがやってきましたのは」

「………」


パチン、と扇を開くと、猫のような瞳のまま、小夜は笑みを深める。


「そろそろお貸ししたお金を返していただけませんかと、そう思いまして」

「水蓮衆に渡した金ですね」

「ええ!なんとかわたくしたち藍染家は、一世一代の大博打に勝ちまして、華燐様は見事赤松の殿様を下して、これで大損はどうにか免れてそれどころか儲けられると思ったのですが………はてはて、いつまでたっても華燐様からお金が返ってこないではありませんか!まさか華燐様がそんなことをするはずないとは思っているのですが、よもや踏み倒すつもりではないかと―――」

「金はありませんよ。今は国庫を空にする勢いで金をまわしていますから」

「お”………それは、ええと。困りましたねぇ」


喉の奥からいつもの小夜らしくもない汚い声が出てきたが、それを一瞬で隠すと気のせいですよと言わんばかりに表情を取り繕い、頬に手を当てた。


「まあ安心しなさい。あの金は返しませんが、代わりに別の儲け話を与えましょう」

「おや、おやおや。それはまた」


興味ありげに瞳を瞬かせた小夜。私が降ろした釣り針に、案の定喰いついたようだ。

そうとも、お前は絶対に食いつくだろうと思っていた。


「まずお前の藍染家を、六櫻の御用商人とします。その過程で稲田の藍染家と区別するために、新しく名を与えましょう」

「それは実に嬉しいことでございますが、しかし華燐様?名誉で腹は膨れないのです」

「知っていますとも、そんなこと」

「ならば何ゆえに?御用金も今はご用意できませんが」

「………私はそこまで金の亡者に見えますか」

「勿論ですとも!」


左の人差し指をぴくりと動かし、溜息を吐く。

話を続けるとしよう。


「お前に与える名は青梅(あおうめ)。青梅堂の小夜が、これからのお前の名前だ。それに伴い家紋なども与えます」

「光栄にてございます。それで?」

「儲け話の本題に入りましょう。御用商人であるお前には、やって貰いたいことがあるのです」


隻眼を細目で小夜を見れば、そこで始めて小夜はこれが自身を吊り上げるための釣り糸(うまいはなし)だったことを理解したらしい。

表情は変えず、しかしその頬に一筋汗を掻きつつ、小夜は少しばかりうなって見せる。


「成程………とはいえ、まだまだわたくしめは未熟な身、美味しい話とあれば飛びつきたいものですが、それをうまく回せるかはまた話が別となります」

「廻しなさい。上手くやればお前はこの天唯で最も栄える商家となる」

「これはこれは、またもや無理難題を押し付けるものですねぇ、華燐様」


結局はお前は損を取れない。安定を嫌う。

商人でありながら、お前は私と同じ山師としての気質があるのだ。尤も、商人などみんなそんな気があって当然なのだろうが。

一代で大きな商いを成功させる傑物は、どこか頭の螺子が吹っ飛んでいるものだ。小夜は間違いなく、そういう気質である。そうでなくては、あの魔王の手から逃れ、六櫻なんぞに根を下ろすものか。

とはいえ―――言葉で多少、安心させてやることも必要だろう。私はほんの少しだけ口元を弛めると、小夜に語りかけた。


「私の手を取れ、小夜。私が生み出す利益を信じろ。決して、損はさせませんよ」

「………そこで華燐様自身を信じろと言わない当たり、華燐様らしいですよねぇ」


扇を畳み、着物に挟むと小夜は手を合わせ、頷いた。


「いいでしょう、毒を食らわば皿までと言いますからね。六櫻華燐という猛毒に両足を浸した以上、最期までお供しましょう。それで?青梅堂に、何をさせたいので?」

「まずは現在、六櫻が行っている銀行事業をいずれお前たちに任せたいと思っています。御用商人としての信用を活かして手形の発行などもお前たちで管理しなさい」

「あら、良いので?利子利息を考えれば、国策としてやった方が利益があるような気がしますが」

「大本の中央銀行は国が有しますが、経済の活性化を考えるならばその他の銀行事業は商人が手広くやった方が良い。六櫻だけが儲かっても意味がないのですよ」

「………なるほど」


国銀にあたる中央銀行を六櫻が有することによって、金融制度そのものを維持し、商業銀行を青梅堂が展開することによって六櫻という広い国家全体に、或いは六櫻をすら超えて天唯全体の金の流れを調整し、活性化させる。

これがまず一つ目。


「次に、お前たち青梅堂は廻船問屋となりなさい」

「かい………ええっと?」

「廻船問屋―――船を用いて物を運び物の流通を支配する商家です。とはいえ、お前たちは六櫻の御用商人。船だけではなく、陸地の物流も任せますが」


積み荷の管理、流通を担う廻船問屋。成立は江戸時代なので、かなり時代を先取りしていることとなるだろう。

彼らはそもそも、銀行のような金融事業も仕事の一環として行っており、小夜に商業銀行を任せるのは廻船問屋をいち早く成立させるためのものであった。

物流を担い、中間マージンである手数料によって儲ける。また、手広い情報網は商品を安い時に買い、高い時に売るという手法を可能とし―――そもそも、情報そのものに莫大な価値がある。

問屋である以上、自身で商売自体も行う。六櫻が金の力によってその勢力を拡大する以上、廻船問屋の存在は必須であった。

まあ、それ以外の別の目的も一応あるにはあるのだが、それに関しては実るかどうかも分からないため一旦、仕掛けからは除外する。


「そうして莫大な金を稼げば、わたくしたち青梅堂は六櫻の武を支える屋台骨にもなる、と」

「理解が速くて結構。他にもいろいろありますが、まずはこの二つでしょう。何か質問は?」

「特には。ただ、そうですね」


頤に手を当てた小夜が、息を吐く。そして、その猫のような瞳を弛めて私を見つめる。


「一つだけ。一つだけ、お願いをしてもよろしいでしょうか?それを褒美としていただければ、青梅堂は前回の戦いで用立てたお金のことをきれいさっぱり忘れましょう」

「………?まあ、私に払えるものならば構いません。大した褒美は出せませんが」

「では」


小夜が、その瞳を煌かせる。

私にその光が向いて、少しだけ居心地が悪くなった。


「わたくしを、華燐様。あなたの友にしていただけますか?」

「………なに」


何を言っているんだ、こいつは。

一瞬だけ頭の中が空っぽになる。それを見て、小夜は楽しそうに笑った。


「あ、やっと驚いた顔が見れましたね。華燐様。わたくしも商人の端くれ、いつまでもやられっぱなしでは居られませんから」

「………冗談という事ですか」

「いいえ。褒美として頂けるのであれば、その名誉をわたくしめに」

「名誉で腹は膨れぬといったのはお前でしょうに―――ふん。好きにすればいい」


どうしてこう言ったのか。確かに私が払えるものではあったが、別に断っても良かった。

それでも、私は小夜の願いを許容したのだ。


「ふふふ、ありがとうございます………華燐。わたくしは、あなたという猛毒を喜んで飲み干しましょうとも」


変わった女だ、と。

私はそう想い、隻腕で頬杖をつく。洗練された所作で立ち上がった小夜は、一礼をしてこの屋敷を立ち去る。その背を見送って、私は言葉でもその想いを吐き出した。


「変なやつ」








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