赤松の後始末、その3
私の台詞に怪訝そうな表情を浮かべる赤松桐吾。
その心の中で渦巻いているのはまあ、私に対する疑いだろう。何を考えているのか、どのような汚い手を使おうとしているのか。
彼の背後にいる老人もまた、同じようにその視線を鋭くして私の方を睨み付けている。
「そちらに利があることを言っているというのに、随分と剣呑な視線を向けるものですね」
とはいえ彼らは神話に語られる蛇の女神ではない以上、どれだけ殺意や疑念を瞳に織り交ぜようと、私に害を成すことは出来ないのだが。
そのしぐさを鼻で笑うと、私は立ち上がり松貴邸の庭の方へと進む。
視線が私を追っていることを認識しつつ、それを無視して私は左の手のひらをこの庭から見える巨大な山脈へと向けた。
「やはり巨大ですね」
「………劫崩連邦は天唯最大の山脈だ。それは当然の感想だろう」
「ええ。天高く聳える山脈は敵の侵入を拒み、様々な利を齎す。ああ、実に素晴らしい」
私はゆっくりと振り返ると、赤松の男共に語り掛ける。
この辺りでしっかりと勘違いを正しておくとしよう。
「正直に言いましょうか。私は赤松の国にも民にも、実際のところ大して興味はないのです」
「………よく滑る口だ」
「これだけが取り柄ですので。ですが事実ですよ、私が欲しかったのはこの国の民でも兵でもなく、あの劫崩連邦の唯一の通路である龍の口なのですから」
話題に取り上げたその山脈を背後に背負いつつ、私は更に話を続ける。
「赤松彰吾も、彼に付き従った四人の一騎当千もそれを取るために邪魔だったから始末しました。六櫻の現在の兵は正直に言えば塵ばかりだが、犬と鋏は使いよう………上手く使えば、この通りです」
国主が死に、一騎当千は大多数が朽ち、さりとて民の感情を焚きつけきれず、赤松はその命を風前の灯火に例える他なくなった。
「自慢のつもりか?」
「事実の羅列ですよ。まあ、それもまたどうでもいい。肝要なのはそんなところではない」
刀があれば夕影が居ようと関係なく斬りかかっていただろう、そんな雰囲気の赤松桐吾へと冷たく視線を向ける。
まだ分からないのか、まだ説明が必要か?少々億劫になりつつ、あの赤松彰吾の息子とはいえあまり期待はしないほうが良いのではないかと、頭の中で見限り始める。
衣笠家の双子の方が余程物分かりが良かった。
「私はお前たち赤松のことなどどうでもいい。面倒がなければそれでいい。私が欲しいのは龍の口だけだ、赤松自体には然程興味がない。………此処まで丁寧に言っても分かりませんか?」
小首を傾げて言えば、赤松桐吾御付きの老兵が激高する。しかし、その横で赤松桐吾は眉を顰め、改めて言葉を噛み締めている様であった。
「貴様、どれほど我らの事を侮辱して―――!!」
「………爺。違う、そういう事ではない」
この少年の瞳の中にあるのは、相変わらずの疑念だ。
だが、その中に少々、私を恐れるようなものも見えた。
………別に私に力がないことは分かっているだろう。何を恐れているのかは簡単な事だ。つまるところ、私の選択が狂っていると感じているのだろう。
「六櫻の姫よ。貴様、私たちをそのまま赤松に据え置くつもりか?」
「やっと理解しましたか、無能め」
「ぐ………」
猛毒と共に溜息を吐く。
一瞬唸った赤松桐吾は、しかしと異を唱えた。
「正気の選択ではないな。いつ、我ら赤松が謀反を起こすか………」
「起こしたいなら勝手にすればいい。犠牲になるのはお前の国の民であり、失うのはお前の民からの信頼だ」
「―――民を、鎖にするつもりか!」
「最初から国主にとって民など鎖であり、重石でしょうに。ああ、嫌なら別に拒否しても構いませんよ。私としては再度赤松を統治するための名代を育てる手間を惜しみたいだけですので。別にお前じゃなくてもいいのです」
この土地の性質を知っており、代官として通用する能力があるのであれば、誰だっていい。
「当然六櫻の中に入る以上は、私の命令には従ってもらいます。特に律に関するものは徹底的に。しかしそれ以外の、赤松という地方の裁量権はお前たちにある。面倒がなければ、それでいいのです」
言外に面倒ならお前達じゃなくてもいいと伝えつつ、「それで?」と私は返答を待った。
戦国時代では完全に敵対した国の国主の一族をそのまま登用する事例は少なかったはずだ。秀吉が宇喜多秀家を大名として取り立てた例や、あとは少々異なるが明智光秀の娘ガラシャを細川家が娶っていたために明智の一族の一部を保護したといったような、そんな程度だった筈である。
この天唯においても、異端の選択だろうが―――何度でも言おう。私は面倒が嫌いなのだ。
「いつか、赤松は六櫻に反旗を翻すことになるかもしれない。それでもいいのか?」
「ご勝手に。いつかのことなど私の知ったことではない。少なくとも私の治世では許しませんが」
「お前は、まったく………はあ、分かった。分かったとも、華燐姫よ」
頭が痛いとばかりに額を叩いた赤松桐吾が、私の前に片膝を立てて跪く。それを見て後ろの老兵が慌てるが、少年は冷静にその老兵にも跪くようにと指示を出した。
渋々と言った様子で同じように跪いた老兵を見た後、赤松桐吾は私の方へと力強く視線を向ける。
「赤松桐吾の名に於いて、その命を拝領いたす。我ら赤松、華燐姫の名代として仕えよう」
「面倒の無い働きぶりを願っています。期待はしません」
「そこは期待してくれないか………いや、してくれませんか。私の事も桐吾と呼んでください」
「………口調などどうでもいい」
面倒くさい様子を隠す気もないので、投げやりにそう言うと私は桐吾の前を後にする。
その後ろを夕影がついてきた。
「………」
うっすらと、背後の夕影が赤松の男衆を見つめ、桐吾が首を横に振ったのを見て視線を戻していた。
「鋭い牙はありますが、上手く使えば良い猟犬になるでしょう」
「成程。流石はあの歳で一騎当千と言うべきでしょうか」
まだ牙は折れていない。野心自体は確かに残っているのだろう。或いは愛国心か?
どうだっていい、それは燃料として十分に使えるだろう。愛着のある土地に名代として置けば、もしもの場合、勝手に戦ってくれるはずだ。
「まずは一つ、面倒ごとが片付いた」
次いでは、龍の口を活かした金の流れの整備である。
人が流れれば、金が流れ、金が流れれば力が生まれる。そもそも龍の口がなくとも非常に高い標高を誇る劫崩連邦は、その土地そのものが便利に使える資源の塊なのである。
天唯南部最大の国家を下し、謀反の可能性こそあれどその旧主の一族を臣下として取り込んだ。で、あれば次なる一手は決まっている。
松貴邸の通路を歩きつつ、霧墨が、涙助が、箒が、古森が集まる。私はその先頭で、静かに………しかしよく通る声ではっきりと言った。
「次は六櫻を天唯南部を統べる国にします」
依然変わらず、六櫻は―――いいや。私は神瀬の国に狙われている。赤松を下した程度では神瀬の、つまりは魔王こと土織釈蛇の動きは止められないだろう。
だからこそ六櫻は天唯南部の覇権国家となる必要がある。なに、赤松を仕留めた以上、武力だけを頼りにする必要は無くなるのだ。
一気に国家を育てて、土織釈蛇に思い知らせてやる。六枚の花弁を持つ桜は、蛇でも呑めぬほどの猛毒を持つという事を。
「では、次の一手へ」
進めようか。




