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赤松の後始末、その2




「お初にお目にかかる、六櫻の姫よ」

「お前は?」


場所は絡停、赤松城の城下街………その目抜き通り。

私が問いかければ、私とそう変わらない、いや少しばかり年上であろう少年が白装束を纏った状態で現れた。顔立ちに見覚えがある。あれは恐らくは赤松彰吾の縁者だろう。

ちらりと隻眼を周囲に向ければ、路地や家の扉の隙間から私たちを見る視線がちらほらと見える。好奇心と恐怖心がその瞳に宿っているのが嫌でも理解できた。

右手に白鞘を握るその少年の思惑は、ある意味では分かりやすいだろうか。


「赤松桐吾と申します。赤松の国の―――赤松の氏族の最期の一人です」

「側室などを持たなかったのですね、あの男は。勿体ないことをしたものだ」


父である華樂といい、信奉されるのであれば相応に血を遺すべきだろうに。だから私のように面倒な運命を押し付けられるものが生まれるのだ。

下らないと溜息を吐きつつも、赤松の場合は権力争いを厭ったのではないかとも考えた。

背後の夕影がうっすらと反応しているあたり、目の前の少年は相応の実力者なのだろう。だが、この国の一番の侍は赤松の血を引く彼ではなく、軽足の青年だったという。

()を付けるのであれば、優れた侍が持つとされる刀は赤松桐吾に渡される筈である。だが、そうではないという事は。


「見事なものだ。血族へのこだわりがなく、優れたものが国を導く仕組みを作り上げているとは」

「………父への称賛でしょうか?そのように思うのであれば、何故殺したの―――」

「ああ、そういうのは結構です。お前は民衆を扇動し、私の統治を覆したいだけでしょう。ですがそのようなやり取りは不要です」


言葉を途中で遮り、面倒ですので、と付け加えれば彼の頬が一瞬だけ硬直した。こういうやり取りをするにはまだ年季が足りていないようだ。

義足を鳴らして歩みを進めると私は彼の前に立ち、小首を傾げて命令する。


「赤松彰吾が住んでいた屋敷があったはずですね。話はそこでしましょう」

「………ここでも構いませんが?」

「安い挑発は不要です。敵意と真意をもっと巧く隠す事です。或いはもっと優れた謀略を混ぜ込ませることだ―――お前の手は穢れた血に染まったことがないようですので、まだそう言った判断は難しいかもしれませんが」


この絡停に入城する際に連れてきた兵士は質の悪い雑兵ではなく、金と契約によって動く傭兵と白鬼衆、一部の私の命令を聞く六櫻の侍たちによって構成されている。

流石に私の命令を聞かずに暴れだす大馬鹿は居ないのだ。

私の言葉に目を細めた赤松桐吾に冷たく視線を向けて、更に続ける。


「命の使い方が分かっていませんね。民に焼けつくほどに鮮やかに死にたいなら、自らを殺す刃を六櫻に潜ませるべきでした。いずれ訪れる枯死に期待するなど、余りにも手が遅すぎるのですよ」


何のために貴方の首はあるのですか?………私がそう言い切れば、ミシリと赤松桐吾が握った鞘から音がした。

それと同時に私の横に音もなく夕影が立ち、それと同時に彼は唇を噛み、一瞬俯くと、無理やりに笑顔を作って案内を始めた。


「こちらへ、六櫻の姫よ」

「ええ。安心なさい、赤松桐吾。六櫻はお前を殺しません。赤松の民衆もこれ以上傷つけることは無い。私たちはただ、龍の口を獲りに来た。それだけです」


裾を揺らして、狐面を飾る花を遊ばせて、赤松桐吾に案内をさせながらしっかりと聞こえる声でそう伝える。


「六櫻はこれ以上の争いを望みません。六櫻はこれ以上、赤松の血が流れることを認めません。なぜならば、この土地は六櫻となり」


無表情から覗く紅の隻眼を長して赤松の民の方へ向ければ、彼らは私の言葉を聞き逃すまいとじっと耳を傾けているのが分かった。

民など簡単に靡くものだ。それはこの赤松であっても変わらないらしい。一般人など衣食住が確保されてある程度の余裕と娯楽があれば、そちらに流れていく。

だったらこの国が私に有利な流れになるように、上手に演じてあげればいい。私だってこの世界に生まれた時から女の姫を演じているのだ、愚者だって残酷な怪物だって、都合よくそう見える様に演じている。そうとも、仮面の使い方はただの人よりは遥かに上手いのだ。


「六櫻となったこの土地は、今まで以上に豊かになるのだから」


―――怒るものもいるだろう。けれど民の大多数はこれ以上の戦にならないという私の言葉に安堵する。この情報は速やかに伝わる事になる筈だ。

現在のこの世界の情報伝達の形の大部分を構成しているのは人と人のやり取り、つまりは噂なのだから。

………じゃあ、もしこの状況で戦が起こったら?

瞬きをする。前を先導する赤松桐吾の肩が震えているのが見えた。それを守るように動く年老いた侍が、その視線で私を殺さんとばかりに睨み付けているのが見えた。

間抜け共め。だから言っただろう、命の使い方が分かっていないと。殺して貰おうなどとどうして考えたのか。都合よく死にたいなら、死ねる環境を作って見せろ。己の死に方を飾り立て、死者を演じて見せればよかったのだ。

お前たちは私に刃を預けた。噂通りの私ならばお前たち赤松の血を絶やすだろうと。


「無価値な血だ」


お前も、私もな。

地面に染みを作った、少年の右手から垂れた血を眺めながら呟いた。そうして、私たちは赤松の主が住まうとされる松貴邸へと足を踏み入れた。








「どうぞ。粗茶ですが」

「どうも」


左の隻腕でそれを掴むと、隣の女給に回す。

肩を震わせ驚いた女給はそれを受け取ると、ほんの一口だけ飲んで、私へと戻した。まあ、ただの毒見係である。私はあの女給の名前すら知らない。


「毒を入れる度胸はありませんよ」

「そうですか」

「………噂とは少々違うらしいな、貴女は。まさか赤松の国がどうなるかという大事は話を、私たちとごく一部の側近のみで、このような小さな部屋で行うとは思わなかった」

「小さいですか。随分と育ちが良いようですね」


視線でお前もだろうと訴える、机を挟んで座る赤松桐吾に対し、片方だけの肩をすくめて見せた。

赤松の当主が住むという松貴邸には武装した複数人の侍が待機出来るほどの大きさの部屋が何部屋もある。

今回使ったのは当主自身が普段使いしている部屋だが、仕事に使うのであろう資料や道具があることを差し置いても、流石は天唯南部で最大の国の当主屋敷―――その大きさは私が六櫻の屋敷で使っていた部屋よりも格段に大きく、質の良い家具なども置かれていた。

まあ、私の場合はあまりに部屋を大きくすると気温が下がるが故の処置だったのだろうが。

それでも箱入り娘のように屋敷の奥へと部屋が作られていた私と違い、この部屋は外には見事な庭園が広がる、華美な屋敷であった。

音を立てずに上品にほうじ茶を飲む赤松桐吾に進められ、毒見を済ませた茶を飲む。その後に、赤松桐吾が溜息を吐いて切り出した。


「我ら赤松をどうするつもりだ」

「六櫻に併合します」

「そういうことではない!!父上が死んだ以上、赤松の土地は確かに貴様ら六櫻のものだ。だが、いや………だからこそ、我ら旧主の一族はどうするのかと聞いている!!」


声を荒げる彼に冷静に視線を向けながら、私は再び茶を口に含んだ。


「もはや我らに戦うことは出来ない!!よくも―――やってくれたものだ、あの目抜き通りでの言動によって、我らは玉砕覚悟の特攻すら封じられたのだぞ!?」

「命を無駄に消費せずに済んでよかったですね」

「ふざけるな!!」


音を立てて机が蹴られ、宙に浮く。一騎当千の身体能力は、ただでさえ高いこの世界の人間の身体能力よりも数段上を行くな、などと考えつつ、その机が一瞬のうちに元に戻されることに、感嘆を通して呆れを混じりの息を吐いた。

なんのことはない。蹴られた瞬間に夕影がすべて元に戻したのだ。

一応その行動は赤松桐吾にも見えていたようで、普通に化け物を見る瞳であった。


「………失礼した。だが、我ら旧赤松のものは納得していない。放っておけば、いつか必ず貴様の首に牙を突き立てるぞ」

「そうですか。私の返答は変わりません。併合します」

「だから!!」


ほうじ茶を飲み干すと、その湯呑を机に置く。

コト、という小さな音と視線で赤松桐吾の口を閉じさせると、十分に湿った唇を舌で舐める。

何度も同じことを言っているのに通じていないのだろうか?こいつは間抜けなのか、それとも大馬鹿なのか。

勘弁してほしい、これ以上力が強いだけの無能は要らないのだ。私の意図を理解してくれる、仕事の出来るものがそろそろ欲しいというのに。こいつにも期待は出来ないのか?

あの赤松彰吾の息子だというのに。大きく溜息を吐くと、失望を瞳にありったけ込めながら、私は分かりやすく、通じるように言葉を選んで言った。


「お前たちも含めて六櫻に併合すると言っているのですよ」





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