赤松の後始末、その1
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赤松の国主の首を獲ってからはあっという間に過ぎ去った。
まず後方にいたぜえぜえと息を吐きながら私の元にやってくると、
「………馬の一頭くらい残しとくんだった。まあいい、終わったな、華燐」
「ええ」
そのようなやり取りがあり、霧墨が指揮の元追撃戦が行われた。途中で涙助や箒、そして彼らが連れていた傭兵達と合流し、六櫻による赤松の追撃は人数を膨らませての行進となる。
如何に精強な兵の多い赤松とは言えど、その殆どが夕影によって潰されていたことと、この戦いに赤松という国家全体の主力をぶつけていたこともあり、赤松という国家から既に抵抗能力は失われてしまった。
あくまでも赤松が天唯中央の精力を押し返していたのは、龍の口という要衝を抑えていたことが大きいのだ。天唯の南部は温暖で肥沃な土地が広がる農業向きの地帯。その土地を抱えたまま、非常に強固な自然の要塞を堅い門扉として構えたからこそ、赤松は南方の壁となりえたのである。
単純な戦力では当然、とてもじゃないがこの戦国乱世に名を轟かせる英傑たちには及ばない。
残る戦力は精々が赤松の首都に残る防衛兵だろうが―――きっと、彼らは戦うことを望まないだろう。
何故かと言えば、首都で戦えば今度こそ赤松には何も残らなくなるから。そこまで引けば赤松の民草はもう逃げる場所がない。戦えば民に犠牲が出る。それを赤松は望まず………そして、私も特にそうしたいと思っているわけではない。
「足軽は放っとけ、見かけたら殺す程度でいい。まずは抵抗戦力になりそうな赤松の落ち武者を殺していけ」
最終的に霧墨のその指示によって、螺鈿城を離れた私たちはゆっくりと赤松の首都へ向けて、落ち武者狩りをしながらの行軍を進めたのだった。
そして後方からの補給を待ったり最低限ではあるが兵士の交代などを済ませた後、赤松の首都である絡停へと辿り着いたのは凡そ三週間後であった。
やはり日本とは違って、天唯は広く、故に遠い。けれどその果てに見えたのは、六櫻や須璃、隼波木とは比べ物にならないほどに栄えた、絡停の都であった。
「………」
感慨深いなどとは思わない。来るべくしてきた場所だ。
戦の事を考えて作られた城下街にはけれど、景観を整わせるために広場や樹々などが植えられ、大規模な市場なども遠目ながらに確認できる。
………一目見ただけでも豊かだと分かるその街は赤松が要衝の番人であるが故の財。
目線をその街の後方へと向ければ、いよいよ聳え立つ劫崩連峰が巨大な威圧感を放っていた。
天唯南部と中央部を両断するように跨るあの連峰は、その殆どのルートで軍隊どころが旅人の歩みすら許さない。天唯南部へと抜けるには赤松の国がある龍の口を通るか、或いは神瀬の国がやったように東か西の果て、連峰の終わりを迂回して通ってくるしかない。
文字通りの天然の要塞であり、この場所は時代の下った現代戦ですら堅い守りを誇るだろう。
だが、私が欲しいのはその堅さではない。龍の口が生み出す、多額の資金なのだ。
「おや」
そんなことを考えながら馬を進めると、ふと気が付いたことがあった。
落ち武者を狩りながらの私たちの行軍では、非常に少数の徒党を組んで私たち六櫻を襲撃していた赤松の残党がいた。
どこでも強硬な姿勢の連中はいるもので、最後に残った赤松の指揮官の命令を聞かずに首都絡停の前で最後の防衛線を築く阿呆共が居ると思ったのだが、そのような姿は欠片も見えないのである。
「偵察隊は」
「もう向かわせてる。だが、抵抗する気はないみたいだな」
横の霧墨も同意見であるらしい。
「赤松彰吾亡き後、一体誰が指揮を執っているのやら」
きちんと統制を取れた様子を見れば、一筋縄では行かない相手なのだろう。
とはいえまだ敵になるか味方になるかは分からない。馬の腹を蹴ると、私たち六櫻軍はいよいよ絡停へと足を踏み入れた。
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「若様。いよいよ六櫻がこの絡停へと入ってきたようです」
「………うむ」
額に深い皴を刻み、白の混じった髭を武将に生やした老人が跪く先には、まだ年若い少年と言ってもいい男が座っていた。
「どうされますか。我ら赤松の侍は、命じられればどれほどの犠牲を払ってでも、あの六櫻の姫に此度の報いを受けさせましょうぞ」
「………まあ、待て爺」
絡停に築かれた首都を守る赤松城。天唯南部から進めば最後の城であるその赤松城はけれど、天唯中央から龍の口を通ってやってくる敵に対しては最前線にほど近い場所に存在する、戦うための城であった。
爺と呼ばれた赤松の老兵は滅びることが分かっていても、勝てぬのと知っていても、それでも主たる赤松彰吾のために玉砕する覚悟を持っていた。
それに待ったをかけたのは、老兵が見上げた先に座る少年―――赤松彰吾の息子である、赤松桐吾であった。
父親譲りの年齢不詳の美貌はしかし、見れば幼さがにじみ出ていることに気が付くだろう。大人びて見えるものの、事実彼はようやく元服を迎えたばかりであった。
そんな彼が、城下に広がる六櫻の旗に視線を向けてひとたび沈黙を落とす。
「六櫻華燐。父がまごう事なき英傑と断じた華樂の娘。父を破った、悪姫か」
優れた視力で見つめた先にいる、義足と艶やかに花で飾られた狐の半面が特徴的な幼い姫は、とてもじゃないが知力も武力も父に敵うとは思えない手弱女である。
だが………纏う気配が、冷たすぎる。年齢としてはあまり変わらない筈だろうに、いずれ一国を背負うか、或いは背負うものを支える側近として育てられた己よりも冷徹な目をしている。
「若様………!!」
「控えよ、爺」
「しかし!!この赤松に残った一騎当千は貴方様だけなのです!お館様の………お父上の無念を晴らせるのは!」
「父はそのようなことを望まぬし、そもそも囃子が勝てなかったのだ。僕では相手にならないさ」
僕よりも少し年上の、平民出身の青年はこの赤松で最も優れた侍であった。
しかし父からやってきた伝令によれば、そんな囃子ですらあの姫を守る六櫻最強の女武者、夕影相手には手も足も出なかったという。
僕は確かにこの歳で一騎当千と呼ばれるほどに、武芸に秀でている。けれど囃子には結局最期まで勝てなかったし、当然そんな囃子が破れた夕影には逆立ちしても勝てはしないだろう。
そもそも、僕がやるべきことは―――任されたことは、父の無念を晴らすなどという事ではないのだ。
「行くぞ。僕たちの役目は彼女との対話だ。そして赤松という国家の信念を遺すこと、それが課された役割だ。赤松という一族の血を遺すことではなく、赤松という国家の理念を残し、民を守り………再び日の目を見るために、力を蓄える土壌を守る。刀は右手に持っておけ、決して抜かないようにな」
「………ッ。御意に………」
「すまないな、爺」
「命を捨てる覚悟の若様にそう言われては………何も、返せませぬ」
「………本当に、すまない」
家老である彼の命によって武装をほとんど解除したも同然の赤松の兵を伴って、僕は赤松城を降りていく。全ての門を開き、城を開け放てば、赤松は降伏の意を示したと、六櫻に伝わるだろう。
最後に慣れ親しんだ城を見て、そして父が普段暮らしていた屋敷を見る。
余り父とは親子として、深く関係を築いたわけではなかった。それでも信頼し、尊敬できる人だった。僕がやるべきは、そんな人からの最期の使命をやり遂げて、繋げること。それだけだ。
例えこの首が落ちたとしても、赤松の民とその魂を守るのだ。
きっと爺も道づれになるだろう。旧主の一族とその直臣を活かして置く理由など無い。ましてや噂に聞く限り、酷く苛烈で残酷な華燐姫ともなれば。
「それでもいいさ。赤松の土地に、赤松の血を流せばそれは巡り巡って、櫻を枯らせるに足る茨になる」
僕の首を、そして臣下の首を落とせば、その時が六櫻の終わりとなるのだ。
改めて身なりを整え、白鞘の脇差を右手に持つ。城下街の目抜き通りを進んでいけば、その果てに。
「………」
―――欠けた身をそうと感じさせぬ威容の、六櫻姫が居る。




