挟撃部隊の幕間
足音がなる。義足が大地を踏みしめる、人のそれとは違う重い音。
金属と緻密に組まれた木材によって織りなされる、人ならざる音。
………その音の主は、その隻腕にとある男の首を持っていた。
赤松彰吾。赤松の国の国主であり、一騎当千を複数人従え、大国をすら何度も押し返した名将。しかし、その命運も六櫻の悪姫によって絶たれたと―――その事実を、赤松の国の兵は嫌でも理解することとなった。
夕影という怪物を侍らせ、一歩ずつゆっくりと進んでいく。六櫻の雑兵も、そして赤松の残兵すら私の歩みに距離を取っていく。
「さあ―――敗残兵を狩りなさい」
敗残兵。文字通りの、敗北した兵士たち。
………赤松彰吾の首が落ちたことは、赤松の兵の心を折るには十分すぎる戦果であった。それに加えて、総勢四人の一騎当千を赤松は喪っている計算になるため、単純な戦力としても大打撃を受けている。
更には、まだまだ彼らの背後には、螺鈿城を攻め落としてなお、犠牲を厭わずに赤松の背を狙い撃つ涙助と箒が率いる傭兵たちが控えているのだ。
いよいよ武器を捨て、逃げ出し始めるのは仕方の無いことだろう。
「まあ、だからこそ足軽などという兵を使いたくないわけですが」
冷たく目を細め、武器を捨てて逃げていく落ち武者共を見やる。
赤松古参の侍たちは特攻か、或いは捨てがまりでもするつもりなのか私たちの方へと向かってくるが、士気を改めて高めた六櫻の雑兵に止められ、それをうまく抜けたとしても、態勢を完全に建て直した夕影や洲鳥、珠たち白鬼衆によって漏れなく刈り取られていく。
将を失った軍とはかくも脆いものか。いや、それだけこの男が―――一国の主というものの存在が大きいという事なのだろう。
国主とは本来、国の要であり、人の繋ぎである。武田信玄が言ったように人は国であると称される以上、人を繋ぐ国主の首が落ちるという事はそれ即ち、国そのものが文字通り死に絶えること。
まあ、須璃や隼波木ではここまでの明確な変化はなかったように思えるが、それはきっと赤松彰吾が持つ人望故なのだろう。
人望があるからこそ、これ程に崩壊が速くなる。皮肉なものだと思った。
きっと私が死んでも動揺する者は少ないだろうな、と心の中で思いつつ、私は更に前へと進んでいく。
血が染みこんだ戦場で、折れて破れた赤松の旗が転がる。それを蹂躙していくのは六櫻の紋を付けた兵士たち。
三日目の夜明けとともに、螺鈿裾野の決戦はようやく終わりを迎えたのだった。
***
「ふぅ。いやはや、流石に手傷を負ってのこの強行軍は身体に応えますな。まだまだ鍛え方が足りぬという事でしょう。ううむ、精進精進と」
「………随分と………暴れ回っていたように………見えましたが」
「普段であればもっと動けましたとも。まあ、なんにせよ趨勢は決したようですな」
涙助が手で庇を作り、戦場の彼方を見る。
赤松の旗を持つ兵が散り散りに逃げていく様子は、赤松本陣からやや後方に部隊を置く私たちからもよく見ることが出来た。
元より夜明けを迎え、明るくなりつつある現在の時刻だ。戦場の全てが文字通り明るみに出て―――赤松彰吾という国主の死も、敵味方問わずに広まったと見える。
「犠牲を生みつつも、こうして敵の背後を蹂躙した甲斐があったという事でしょうな」
「徹底的に………殺し尽くせ………姫様と、霧墨の命………ですね」
更に背後から矢を撃たれる事の無い様に、迅速に全てを殺せ。
そこには一切に慈悲はなく、投降した足軽も農民すらも問わずに、確実にその動きを止めつつ、私たちは行軍してきた。
背後に燃える螺鈿城を背負いながら。
………あの螺鈿城の中でだって、多くの民が死んだ。私たちが火を放ち、場合によっては自ら殺したのだ。きっと城下街は地獄の有様だっただろう。
尤も、この戦場とどちらがより地獄かどうかと問われれば口を噤まざるを得ないが。
「ふーむ。しかし、この様な事をしてしまえば、六櫻のこの先の道は茨のままでしょうな」
「………そうです、ね」
この状況では姫様が命じた通り、民を殺す意図を含めて螺鈿城を火で落とすという選択を取らざるを得なかったのは確かだ。
農民であっても武器を取り、一揆を起こせば国主ですら無視できない戦力となる。刀など戦うための武器が常備されている城下街において、民という巨大な戦力予備軍を背後に放置したまま、赤松を挟み込むなどという事はまず不可能であった。
城を人ごと焼いたのはそのためだ。
その目論見は正しく嵌り、見事私たちは邪魔を受けずに赤松と螺鈿城を結ぶ補給部隊を撃破することが出来た。勿論、その背後を滅茶苦茶にした私たちの働きが、赤松の動きを大幅に制限することに繋がったのは間違いようのない事実であろう。
だが―――六櫻がそのような事をしたという事実はきっと広まる。
この先の六櫻の道は、必ず険しいものとなるだろう。どうであれ国主とは、民を守るものである。余程のことが無ければ、いずれ治める土地の民に対して酷いことはしないものだ。
東方の魔王などは豊かな土地から得られる税から成る、その膨大な米を対価として敵国の民を味方に付けることもあるという。どうであれ、六櫻のやり方とは大きく異なる。
一度でも付いた悪評は決して消えない。姫様の名は呪いのように、この天唯という国家に広がっていくことだろう。
この赤松との戦いは姫様の歩みの、その真実の一歩目であり………やがて来る破滅の一歩なのだろう。
「それでも………我らは、姫様の………家臣です………」
「それもまた然り。戦い、守る。それだけでしょうな。ふむ、そのためには、戦える兵を増やしたいものですがな。如何せん、今の六櫻にはまともな兵が少なすぎる」
「同感………ですね」
その辺りはきっと、姫様がどうにかするのだろう。
彼女の脳内には色々と構想があるようだ。華樂様とは違う方面だが、彼女にもまた才能と呼ばれるものは宿っているのだと思う。
それを六櫻の古老たちが認めるかどうかは別として。
「我らも敗残兵を狩るとしましょうぞ。ここで落ち武者の数を減らしておけば、やがて領内の治安維持にも繋がるでしょうからな。国家同士の統合時には様々な問題が生まれるのは周知のとおりとはいえ………不必要な戦いばかりは、流石に避けましょうぞ」
「………戦い好きな………お前らしくもない………」
「戦が多くなって行くことは自明の利ですからな。ならば質も求めたいというのは人間の性でしょうぞ」
快活に笑う涙助に半目を向けつつ、小刀を構える。
戦馬鹿の涙助すら戦を選ぶ時代が来る。やはり、名を挙げるには姫様の元で戦うのが最適だと思った。
なにはともあれ………今は涙助の言う通り敗残兵を殺すとしよう。赤松との戦いが終わっても、まだまだ六櫻の戦いは続くのだから。
涙助と共に傭兵を引き連れて、この螺鈿裾野の戦の最後の追撃戦へと移行する。鼻の奥にまで染みついた血の匂いに若干の高揚感を感じながら、夜明けの陽の光とともに、戦場へと身を投げた。
次の話からまた内政に入ります




