交差する思惑と刃
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大刀を向ける。取り囲むは千を超える兵に、それが単騎で千の兵と同等の力を持つとされる一騎当千が合計で三騎。
まただ、と私は思った。姫様がその手足とそして………心を喪失したその時とよく似ている。
私は六櫻の国の中で最も優れた戦力であるという自覚がある。それはすなわち、最強の矛であり盾であるという事だ。
―――そして最強とは必ず対策されるものである。須璃が指し示した手は、神瀬の国の一騎当千と猛者たちによって私を縛り付けるというものだった。私はその包囲を抜けたものの、しかし大きな傷が出来る前に彼女を助けることは出来なかった。
「………華樂様に守れと言われたのに、情けないばかりです」
そう。守れと言われた、だから守った。そうだった筈だ。
しかし、なんだこの苛立ちは。こうして姫様への道を塞がれることに、私は微弱ながらも怒りを感じていることを認識していた。
刀を眼前に構えつつ、私は舌打ちをする。それを見て左車の型で名刀”鬼切り藤吉”を握る少年が意外そうに笑った。
「天狗も人間らしい感情を浮かべるんだ―――ッな」
歩方による急加速。早さと手数による青年の剣が私へと襲い掛かる。
人間らしい感情?天狗の子と呼ばれる存在とて人間である事実に変わりはない。多少は人の情を持ちうるものだ。ああ、しかし。
そうか、この憤りはおかしなものでは無いのか。守るべきものの前に立ちふさがられれば、怒りを覚えるのは当然なのだ。
「私は、姫様を………華燐様を、守らなければならないのか」
記憶の端で、幼い私の頭を暖かい手が撫でた記憶が蘇る。
なんと言われたのだったか。肝心の言葉は思い出せない。それでも私は彼女を守る必要がある。
青年………囃子が私の目の前で複雑な足さばきを見せる。その足の動きはそこから繋がる腰や腕の動きを滑らかにし、一瞬の後に三方向からの斬撃を可能とした。
「援護する!!」
土煙を上げながら槍を持つ大槻が私の死角を狙うのを肌で感じた。
囃子の斬撃は首と胴と足を狙ったもの。下から順に浴びせられるその攻撃は、けれど一瞬の遅れがある。土台、ただの人間には無理のある動きなのだ。そして槍は私の背後から突き刺さそうとしている。
―――まずは飛び上がり、足と胴を狙った斬撃を躱す。大刀で首を狙った斬撃を弾き、槍を素手で掴んだ。そしてそのまま振り回す。
「さ、せるかああああ!!!!!」
「む………」
大槻の額に、露になった腕に血管が浮き出る。大地に足を踏みつけ、地面が罅割れるのが見えた。
槍兵が想定以上の抵抗を見せる―――が。それがどうしたというのか。私は腕に更なる力を込めてぶん投げた。いよいよ我慢ならず、大槻が吹き飛んでいくのを視界の端で眺める。
「グ、ガあああああっ!?!!?!」
「隙!!!」
「ありッ!!!」
着地の隙を狩ろうというのだろう、囃子と刀を持つもう一人の一騎当千………稲葉が刃を突く。
自身の蒼い瞳を細め、髪の毛一本の隙間で稲葉の突きを躱し、囃子はその顔面を蹴り飛ばして攻撃そのものをさせなかった。
これで仕留めたか?いいや、蹴ったにしては骨の砕ける感触が無かった。あの青年、私の蹴りを受ける瞬間に全身で受け身を取って力を逃がしたようである。
そう考えつつ、突きで崩れた姿勢の稲葉の胴に潜り込むと、がら空きのそこに向かって掌底を放つ。
「………ッ」
掌底を振り抜き切る寸前に反対の手に握った大刀を振るう。背後から風を切って投げられた槍が、轟音を響かせて弾かれた。
軋み、何度も曲がるその槍を宙で掴むと回転させながら戦線復帰した大槻が態勢を低くしながら立ち向かってくる。
何度も振り回される槍を掴んでそのまま握りつぶし、大槻を蹴り飛ばす。規則的な足音が聞こえ、様々な方向から斬りかかってくる囃子の刃を返す。彼らの動きを潤滑にさせるために隙を突き、或いは私の追撃をその身をもって阻む稲葉に何度も拳を叩きつける。
「―――不快です」
武器を失えば周りの兵から武器を受け取り、立ち向かう。一騎当千がどうしようもなくなれば雑兵が命を賭して私の刃を止める。何度も、何度も、何度も何度も。切っても切っても、蛆虫のように湧き出してくる。
彼らは、いいや。彼らだけではない。
彼らを自身の命を持って援護するその他の雑兵たちも含めて、彼らの目的は明快だった。
即ち、私の足止め。どこまでも、どこまでいっても、彼らは私に勝つつもりも無ければ、負けるつもりもない。
こちらの死の刃には取り合わず。私を殺すための刃は数を揃えてはいても致命のそれはない。ああ、そういうのはもういい。本当にもう、十分だ。
何度目か分からない感触の薄い攻撃、囃子の脳天を肘うちで吹き飛ばしながら心の中でそう呟いた。
「お互い不毛な戦いはこの辺りにしましょう」
私はその策によって、前回は間に合わなかった。
今回は必ず、華燐様の元に辿り着かなければならない。あの人は自分の命を非常に軽く扱っている。大事な血を、身体を一切大切に扱わない。
まるで遊技の掛け金のように、命すらを軽く投げ捨て、何度も上乗せしていく。
それは、駄目だ。上手くは言えないが、とにかくそれは彼女のためにならない気がするのだ。こういう時に、彼女に掛けるべき言葉を持たない私の身が、ただの刃である私という存在がもどかしい。
せめて掛ける言葉がないのであれば―――守る。邪魔をするというのであれば、切り捨てる。雰囲気を変えた私に警戒を抱いたのか、赤松の兵が皆、私の周囲で固まった。
受け身をとった後に口の中に溜まった血を吐き出した囃子が挑発するように私に語り掛ける。
「おいおい、どうした天狗女。弱気じゃねーか」
「不要な挑発ですよ。あなた方に勝機を与えてあげましょう」
そう言うと、私は私を取り囲む兵達には見向きもせずに、この戦場の後方へと視線を向けた。そう、即ち赤松彰吾が向かった方向………華燐様の方へと。
向き直りつつ、霞の構えを取り、深く腰を沈ませる。
その態勢で、彼らは何をするつもりなのか理解したようであった。
「この、クソ女………ッチ!!!!」
そうだ、私を止めたいならば止めてみろ。私はお前たちを殺すことなどよりも余程重要なことがある。
………私の目の前で、お前たちは華燐様の肌に触れることすら出来はしないのだから。この戦場に吹き荒れる嵐の支配者は私だ。そしてその嵐は、華燐様を守るために吹き荒れる。
嵐の中心地を、彼女の元へ。敵の策になど、これ以上付き合ってはいられない。素早く片づけられるのであればここで殺しても良かった。だが、あの神瀬の槍兵と同じように遅滞にのみ精力を注ぎ続けるというのであれば―――私はお前たちをもはや敵とは認識しない。
そんな腰の引けた刃で邪魔が出来ると思うのならやってみるが良い。私を止めたいなら一刀の代わりに死を賜る覚悟で立ち向かうが良い。
「―――それすら出来るのなら、侍を名乗らずに戦場の片隅で震えていなさい!!!」
地面を踏み抜く。何も考えず、障害の全てを無視して私は一本の矢となって、ただ走る。
防御の全てを捨ててただ、とにかく華燐様の元へと。
「天狗を、止めろォォォォォォォォォォ!!!!!!!」
………戦場の中に響き渡るのは青年の轟くような声。
改めて刀をその手に強く握りしめた彼が、その足を加速させた。私に追従しようと、唇を噛み締め、そこから血を流しつつ走る。
そんな彼の指示を聞いて、赤松の兵が一つの生き物のように私の前を塞ぐ。雑兵を切り捨て、血の雨と飛沫を全身に浴びながら私は駆ける。
視線の先にあるのは華燐様の姿。彼女の元へ、六櫻を背負うあの少女の元へ。
私は、無意識のうちに大きく声を張り上げていた。
「………退きなさい!!!!」




