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破滅の三日目へと



………二日目の夕暮れ時に、太陽とは異なる、天焦がす光が煌々と照る。


「想定のさらに後方から、まさか螺鈿城そのものを差してくるとは―――とんだ大博打です。彼らしくもない」


早馬に乗ってかけてきた伝令に対してそう呟くのは、赤松の国の国主たる赤松彰吾であった。

戦場という事で全身にきちんと甲冑を着込んでいる彼の視線の先は、薄暗闇の中でも目立つ髪の色をした、少女であった。


「彼女はあの怪我を負った際に視力も随分と落ちたらしい。きっと、私のことなど見えてはいないでしょうが」

「六櫻華燐。あの六櫻華樂の娘。あれにしてやられたってわけですか、お館様?」


慌ただしい本陣の中で私の護衛を務めている囃子が少しだけ首を傾げながらそう尋ねてきた。


「最終的にはそういう事でしょうね。霧墨の悪あがきにも等しい大博打に、勝算があると乗って全てを賭けて見せた。やはり彼女はなかなかに肝が据わっている」

「そりゃまあ、戦場のど真ん中に突旗を持ってっ立ってんですからねえ。或いは、心臓がないのかもしれませんよ?ほら、手足やらを失ったときに亡くしちまったとか」

「だとすれば厄介極まりないでしょう。心失くした骸の将ほど、手の施しようがないものはない。東の魔王ですら、まだ心がある」


土織釈蛇の顔を思い浮かべていると、囃子が刀に手を当てつつそれで?と目で伝えてきた。

彼の言う通りでしょう。霧墨にしてやられたからと言って、ここで思考も軍の動きも止めるわけには行かない。

兜を軽く叩きながら少し考えてみる。霧墨が用いた別動隊はあの侵略の勢いからしてかなりの数に上るだろう。恐らくは以前私が見破った策を更に拡張して運用したものと思われる。

宮辺か隅野か、あの小国の開拓の進んでいない山間部を経由し、戦場を大きく迂回したものと思われる。


「確かに正面から戦力を用いても最終的に私たちが打ち負かすでしょうからね」

「麒麟児でもお館様には勝てないってことですか?」

「囃子。どれほどの奇策を考え着こうとも、どれだけ用兵の能力が高くとも、一人では軍隊の全部を指揮することなど出来ず、また奇策は兵の練度が不足していては成り立たない。今の六櫻は余りにも雑兵ばかりであり、霧墨の実力の半分も出せてはいないでしょう」


策を回すことが出来るのは本当にごく一部の古参の兵だけだ。或いは外様の傭兵部隊か。華燐が一から育てたと思われる兵は間違いなく育成不足が目立っていた。

それでも単純な仕事と肉盾という役割であれば、最低限は熟せるものだ。流石麒麟児、その当たりの判断は余りにも冷徹で巧い。

二日目、我々赤松軍は確かに六櫻の形成した漏斗のような構えの深くまで進攻し、更には部隊を複数浸透させることに成功しているが―――しかし、突破までは出来ていなかった。

陣とは人で形成された動く城のようなもの。曲輪が細まるかの如く、漏斗の奥に進めば進むほど六櫻の雑兵の抵抗は増し、更に言えば最も厄介な夕影という一騎当千が我らの軍の侵攻を堰き止めている。

単騎で千騎を屠るあの怪物は、その場にいるだけで赤松の兵を微塵に刻む災害である。こちらの一騎当千をぶつけても、少しだけその威力を抑えらえるかといった程度でしかない。

日中に参戦した囃子をして、


「本気のあれには近づけすらしない」


と言わしめる程であった。

それでも、だ。一人の兵士で押さえられる範囲には限りがある。彼女の隙を縫い、彼女の後方を制圧し、彼女自身を少しずつ撤退させることで赤松の軍は漏斗を半分以上食い破り、明日には決着を付けられる―――そう判断した直後の、あの螺鈿城の落城である。


「致命、でしょうね」


ああ、六櫻の娘が構える扇子が私の喉元に当てられるのを感じる。

視界などあっている筈がない。しかし、薄暗い夕暮れに満ちる血と槌の煙のその奥底で、彼女の昏い赤色が私を見ていると思った。

首に手を当てて私は笑う。刃ではない。ただの扇子だ―――だが、彼女はきっとその中に小さな小さな毒の刃を仕込んでいるのだろう。鮮やかさなど一つもない、ただどこまでも効率的で残酷な、それでいて無情の美しさを宿す刃を。


「まさかのまさか、絶体絶命だ」

「お館様、笑ってる場合ですか?僕だって死にたくないんですけど」

「囃子、自分の事は私と言いなさい。いずれ上に立つ日が来たら、立場あるものとして自らを指す言葉にも気を付けなければなりませんよ」

「嫌ですよ。僕はこの戦場に来た時点で、もうそれを諦めてますから」

「………そうですか」


刀の鯉口を弄ぶ彼の頭を数度撫でると、表情を切り替えて指示を出す。

何か言いたげに囃子がこちらを見上げていたが、私は彼のその視線を無視した。


「後方の螺鈿城は焼かれた―――河はなくとも、これは背水の陣です。ならばこそ、我らは前に進むことで活路を開くしかない」


幸いにして、こんな状況でも私たちの勝利条件は変わらなかった。即ち、六櫻華燐の首を獲るという事。そうすれば、六櫻は崩れる。

霧墨らしからぬ博打の一手を見て、改めて確信した。今の歪に膨れ上がった六櫻を繋ぎとめ、更に増えよ満ちよとその歩みを進めさせているのは華燐姫だ。

………きっと城の中では阿鼻叫喚の地獄が広がっているでしょう。華燐姫が霧墨の作戦に少しばかりの色どりを加えているのであれば、きっと彼女は螺鈿城の民を虐殺するはずです。

だってその方が効率よく混乱を引き起こせるから。そして、今の六櫻が推し進めている経済制度を見るに、この城の民が死んで、六櫻の悪行が赤松中に広がったとしても彼女にとっては痛くも痒くもない。

貨幣。商人の通る要衝”龍の口”を抑えれば、その策は一斉に広まるだろう。金という形でそれは赤松をすら含めた六櫻の土地を潤し、循環する。私ではその先どうなるかまでは分からないが、この赤松の民を殺し尽くすなど、そんな悪政を引かない限りは、六櫻は巨大な問題に衝突することなく赤松を統治下に置くはずである。

いやに効率がいい。しかも戦ではなく政治の効率だ。まるで人と政治と経済を、連結した絡繰りのように考え、操って見せる。


「………あれもまた、天狗と言えるのではないでしょうか、ね」


武を司る黒天狗に、冷酷なる政を敷く幼い白天狗。

六櫻には二羽の天狗が居るとなれば、成程この戦国乱世はこれから先、どう転ぶか分からない。


「しかし」


ああ、だがしかし。

私にはやることが出来てしまった。どうしても、どんな結末を迎えたとしても、これだけはやらなければならないと、そう思うのだ。

背後にて更に炎の勢いを増し、その美しい城を廃墟へと変えていく様から視線を外して、私は軍配を向けた。


「進め」


犠牲を超えて


「進め―――」


屍を積み重ねて


「進め―――!!!!!」


少しばかりの、嘘も添えて。


「前に歩むことでのみ我らの勝利は見える。六櫻を打倒し、六櫻華燐の首を引っ提げて、我らの城を焼いた愚か者どもに見せつけてやれ!!!!」




………六櫻も赤松も、疲労の蓄積は殆ど限界に達していた。背後の補給を完全に絶たれた赤松側の士気は、しかしそれでも決して低くはなく。

この時点でなお、優勢なのは赤松側であった。ただし、螺鈿城の攻略を終えた別動隊はすぐにでも赤松の本軍を背後から襲うだろう。挟まれればその優勢は一瞬で傾く。だからこその短期決戦であった。

しかし、歴史の裏には別の思惑も潜むものだ。赤松彰吾はこの短期決戦が成功する確率は限りなく低いだろうと判断していた。(きりすみ)が破れかぶれに敗北するような陣を作る筈がない、と。

だから。赤松彰吾は別の目的で、この戦法を選んだのだ。


「私は、彼女を見定めなければならない」


最期の出陣の前に、赤松彰吾はそう囃子という側近に語り掛けたという。


―――地獄の二日目を終え、破滅の三日目がやってくる。櫻松戦争の決戦に、終わりは近い。



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