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螺鈿城の炎




霧墨がこの戦いで学んだこと―――奇襲とは相手の盤上すら超えた、遥か彼方から差し込むものだというそれ。

彼は学んだことはすぐさま活かす性質であったために、この螺鈿裾野の決戦においても鋭く、その一手を差した。

それこそがこの戦の趨勢を決したわけだが………その一手は、螺鈿裾野の決戦の二日目、地獄と呼ばれたその一日が終わりに近づいた夕暮れ時に動き出した。


「三千もの兵を伏して、気の弛んだ隙に城攻めとは霧墨もなかなかに意地の悪い手を打つようになったものですなぁ」

「………卑怯とは、赤松の殿も………言わないでしょう………」


意地の悪いというよりも、正攻法の戦い方以外を学んだともいえるのだろうか、と。

涙助の言葉に頷きながら、私は自身の掠れた喉を震わせた。霧墨は幼いころから知っている。私もまた、華樂様に拾われた存在だからだ。

女の身であっても戦場で武勲を立て、男共を見返す。そんな、ある意味では俗っぽい理由で戦場に立つ私だが、良くも悪くも華樂様の時代は平和であり、夕影様がいたこともありまともな戦いなど結局は経験することが出来なかった。

喉を焼き、顔を裂いて女を捨てたというのに、ただ訓練だけを繰り返す日々。とはいえ、華樂様に不満がある訳ではない。平和というのは良いものだ。

時流が変わったのは華樂様が死に、娘の華燐様が国主として立ってからである。


「………最初の姫様は………お優しい、世間知らずの………女児でしたが………」


目と腕と足を喪ってから、まさに人が変わったように冷酷になったあの方の馬廻衆として取りたてられた。

夕影様の選定の条件は、姫様を裏切らないこと。姫を支える筈の馬廻衆としては最低限もいい所ではあったが、姫様のやり方を見て成程、その最低限すら守れないものの方が多い事が見て取れた。

余りにも彼女のやり方は苛烈すぎ、そして性急すぎる。しかし、この赤松との戦いを見るに、そうでもしなければ決して間に合わなかった

彼女は人を只の消耗品として見ているが、姫様が先導していくであろうこの先の戦いはきっとそのような戦いになるのだろう。

………私は、他の六櫻の侍のように彼女を嫌っているわけではない。さりとて好いている訳でもない。興味がないだけだ。

ただし、彼女が起こす戦には興味がある。名を立てるには乱世に身を置くことこそが最も重要で、彼女はそれを生み出してくれる存在なのだから。


「………ふむ」


隣で槍を手入れする涙助は、戦いだけを求める大馬鹿だ。戦を求めるという点で言えば私と同じなので、これが裏切ることは無いだろう。

なんだかんだで忠誠心は在るのだ。古森は………最近、顔つきが変わったように思える。あれはいい狩人になるだろう。なにがきっかけなのかは分からないが―――いや。恐らくはそれもまた姫様によるものなのだろうか。

乱世の英雄は人を変えていくものだ。華樂様もそうであった。

ただのならず者が彼と出会って一角の男となる様を何度も見てきた。やり方は違うが姫様もあの山賊どもに同じことをしているのは血筋と言えるのだろうか?


「なにか余計な事を考えているな、箒?」

「まさか………主君について考えるのは………余計ではありませんでしょう………」

「ふぅむ。仕えるべき理由探しですかな?お前らしくもない」

「………いいえ。ただ、ある意味では………私は、あの人の下について………正解だったのではないかと………そう、思うだけです………」

「成程。それは私も思うところですな。さて、武器の手入れは十分ですかな?」

「………ええ」


そう言って、脇差を鞘に納める。

その他暗器を袖の下に隠すと、森の中に潜む大量の傭兵達に手で合図を出した。




―――遥山の向こう、国境線を大きく迂回して螺鈿城の裏側まで回れ。僕たちはそれまで耐え続ける。



霧墨の話した無謀ともいえる作戦は、投げやりになった特攻よりも尚成功する確率の低い大博打に思えた。

不可能だと断じようとした矢先に、姫様はそれに頷き、この荒唐無稽な作戦の幕が上げられることとなった。

………後続の傭兵部隊である水蓮衆を私と涙助が率い、赤松が警戒する赤松本陣と螺鈿城の間、更にその背後から螺鈿城そのものを強襲する。赤松はきっと、螺鈿城と陣との中間を警戒するだろう………よもや、軍を無視して城を先に滅ぼすなどとは考えないという判断であった。実際、不安定な策であることは間違いない。城攻めが遅れれば私たちは反転した赤松の本軍に蹂躙されるだろう。或いはその前に漏斗の構えが崩壊する可能性も高かったし、漏斗の構えでの赤松郡の削りが弱ければ、同じように私たちはすり潰されることになる。

こちらに有利な事としては、火責めに使うための油などは後続の水蓮衆が輸送していた他、本来の螺鈿城攻めで扱うはずだったものの残りがあるため物資は潤沢であるということだろうか。更に言えば兵糧に関しても、漏斗の構えの中で死ぬ分の兵士の損耗を勘定して、こちらに大目に配分されているため、士気も上々であった。

ああ、そうとも。漏斗の構えの弓兵は私たち背後を狙う一矢が今度こそ赤松彰吾に露呈しないようにと作られた防壁なのだ。

その作戦は上手く行き、私たちは螺鈿城を狙える位置にまでようやく到達した。此処までに掛かった時間は前述した通り。今は夕方、漏斗が構えられた戦場ではきっと地獄が広がっているだろう。

戦の音はこの伏している森の中まで聞こえてくる。まだ、戦いは終わっていないのだ。

だからこそ私たちが仕掛ける意味がある。

音もたてずに、傭兵部隊である水蓮衆が駆けていく。彼らの練度は高く、また此処まで一緒に行軍した様子を見るに、金子に応じただけの戦いや動きを熟すことも可能と見えた。


「大将、では手筈通りに」

「うむうむ。しくじるなよ、お互いな」

「………では」


己の掠れた声で涙助に応え、傭兵部隊の半数を率いて歩む。

今回は部隊そのものを半数に分けて螺鈿城のそれぞれの城門に向かわせるという形ではなく、ひとまず三千を螺鈿城の東側………涙助が先日突っ込んだ戦場である………に集め、そこから千五百に分けて侵攻を始めるという動きである。

私は主に城壁内部に侵入し、内部を焼き、城壁を落とす役割だ。その後に落ちた城門を潜り抜けて涙助たちが攻め入る。

一応このように役割が分かれてはいるものの、奇襲としての速度を保つために実質的には殆ど同時にこの戦闘は行われる。城を焼きながらの戦いになる訳だ。

勢いよく森を駆け抜けつつ、私は油の入った壺を振り上げ、投擲した。

私だけではなく森の中から更にたくさんの壺が投げられ、それから間を置かずに火矢が放たれる。螺鈿城の城壁は耐火用の塗料が塗られているが、その塗料は先日の自演の火災によってやや削られ、火の手が上がりやすくなっている。

城というものは、塗料を塗っておけば何度も耐えられるような構造はしていないのだ。


「即断………即決………!!」


掠れた声をそれでも張ると、私の背後から続く傭兵達が武器の音を鳴らして答える。

火の手の薄い所から鍵縄を使って城下街へと侵入し、火の手が強く、崩れた所からは徒歩で侵入。城下街そのものにも火を放つ。


「………本丸は、後回し………」


狙うべきは兵糧を輸送する中央門周辺の軍事施設である。

兵糧を俵に詰めて運ぶだけでも相応の労力が必要となり、それを継続するのであれば陣に近いものが立地のいい場所に置かれるものだ。

奇襲の警戒がされていないのであれば、それはとても狙い易い場所にあるだろう………赤松の警戒網はあくまでも螺鈿城から赤松本陣までの中間が厚く、城下街の内部という安全地帯にはそこまで目が向けられていない。ましてや再び、三千を超える兵に火攻めからの本格的な城攻めを行われるとは夢にも思わないだろう。

霧墨の考えはここに来て見事にはまったのであった。


「迎撃!!迎撃ィィィ―――ガっ!!?」

「………一つ」


暗器が喉元に突き刺さり、一人の兵が倒れる。

後方では涙助たちが侵入を開始して、乱戦が始まったようだ。ここから夜が明けるまで、私たちはこの螺鈿城の内部を滅茶苦茶に掻きまわし、赤松の陣営へと送り込まれる兵糧をとことん削ることが求められる。

いや。削るだけではない、完全なる壊滅こそが霧墨の要望であった。

背後の螺鈿城は赤松陣営にとって此度の決戦の象徴である。策略を策略で返し、六櫻を追い詰めたのはこの城のおかげなのだから。だからこそ、その城を燃やして、更にはそこに住まう人々を殺して、その心を折る(・・)

鬼の如き策だろう。しかし、勝つためには恐ろしいほどに最適である。私は脇差を抜き、目の前に迫った侍を切り捨てると、息を吐いた。


「二つ」


私たちが、この戦の要石。ここでの戦働きが、姫様の―――六櫻の行く末を決める。

女でありながらも、傭兵を率いてこうして城攻めをする。侍を切り捨てる。それは決して、悪い気分ではないと思った。


「私は………戦を、望んでいる………」


なんだ。私も涙助と同じ穴の狢か。

肩の力が抜けて、頬が緩む。武勲を上げよう。そして、あの姫様に認められよう。それはこの乱世の世界に合って、きっと何も間違ってはいないのだから。

血を払い、戦場を駆ける。やがて静かなる女武者と呼ばれることになる箒もまた、この戦を機に一気に名を挙げた一人であった。




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