櫻松戦争、二日目 (3)
螺鈿裾野の決戦、二日目。
太陽が中天に登る様を誰もが知るのは、その皮肉なまでに晴れ渡った空のせいだろうか。
いっそこのこと美しさすらも感じるその空の下で繰り広げられるのは、人同士の残酷なまでの争いであった。
「我らが領土ながら、厄介な地形だ………どうにか突破できんのか?」
「広範囲に六櫻の弓兵が待ち構えています!無理やりに一部に兵力を集中させれば或いは突破できるかもしれませんが、こちらの被害も相当かと………」
「厄介な………やはり、山の高所を取られているのが問題か」
「はい。仮に一部を乗り越えても結局は大局に影響は出来ずといったものでしょうか」
そのような会話が繰り広げられるのは、まさに六櫻の陣の中へ突入する寸前の赤松の兵の作戦の相談であった。
霧墨が敷いた漏斗の構えは赤松にとってはやはり鬱陶しいものであり、そのいわば鬱憤と呼ばれるものは二日目にして既に爆発する寸前であった。
………この時代の人間、それも武士と呼ばれるものは血気盛んで血を求める性質上、決して辛抱強い存在ではない。
いや、それは頭が悪いという訳ではないのだ。ただこの時代の性質上、戦いを求め、武力によって現状を解決してきたという過去がその人間の在り方を決定付ける。
どこまで行っても天唯という国家の武士とは戦によってすべてを解決する野蛮な存在であり、同じくその徒である霧墨は、自身と同じその侍の在り方を理解していた。
「大局的に見れば堪え性がねぇんだ、武士っつうのはよ」
そう、彼の麒麟児は嗤っただろう。この現状を見ていれば。
―――赤松の兵は、赤松彰吾の命を聞いて後方を警戒する一部の兵を除いて、その殆どがこの螺鈿裾野の決戦の二日目において、戦の趨勢を決しようと、全力での攻勢を行っていた。
とはいえ、主将の意志に反していたわけではない。赤松彰吾もまた、この二日目にて決着を付けようと、ある意味暴走ともいえる配下の行軍を許容していた。
まあ、近現代の戦とは違いこの時代の戦争というのは、配下の全てを制御できているわけではなく、まして言えばそのような暴走こそが戦場の花であった。
戦果を求めて戦い、その果てに戦首を、或いは華々しく散る事こそが誉だったのだ。
その点で言えば、六櫻の姫である華燐の思考というのは異質であったと言えるだろう。華燐の作戦、その思考はどこまで行っても現代的な戦争の形であったのだ。
即ち、犠牲や兵の死をただの損耗という数字で理解し、それを覆せば最終的に勝利できるという、そんな思考。人を数とし、死を死と認識しない。そんな異質さ。
それに触れた霧墨の指揮は、より精彩を増した、一つ上の次元の策略となっていたのである。
螺鈿裾野の決戦の二日目において、赤松の軍勢はいよいよ六櫻の漏斗の構えへの侵攻を強めていた。
一部は夕影の猛攻によってその侵攻が食い止められていたが、しかし如何に一騎当千と言えど敵陣の動きの全てを兵士一人で堰き止められるほどではないのだ。
多大な被害を出そうとも、軍隊という巨大な生き物を個人で止められるはずはない。先行して浸透した一部の兵はその捨て身ともいえる戦いによって、華燐を守護する白鬼衆の兵力を削りつつ、徐々に六櫻側の陣を制圧し始めていた。
「やはり六櫻の兵は質が低い。層も薄い―――死を恐れるな、引き潰せ!!」
「「「応ッ!!!!」」」
赤松のその叫びに反応したのは、六櫻の最前線に配置された雑兵たちだ。
逃げたいと思うその思考も、眼前に迫る赤松の兵士よりもさらにはっきりとした後方からの視線によって束縛される。漏斗の構えによって狙いすまされ、磨かれた恐怖は、一周回って自らを襲う赤松の武士へと決死の戦いを挑むほどのものへと成長していたのだ。
「このまま殺されるくらいなら………畜生が!!やってやる、やってやるぞ!!」
「死んでたまるか………ここで生き残れば、家族を養えるんだ!!!」
「あ、赤松を―――赤松をぶち殺せ!!!行くぞ!!!!!!!!」
反転、その後の攻勢。
追い詰められた六櫻の雑兵はいよいよ、赤松の兵と本気の戦いを始める。
本来ならば勝ち目のない圧倒的な実力差を誇る、赤松の正規兵である武士と、平民上がりの雑兵の戦いはしかし、不思議な事に拮抗し始めた。
「テルモピレーの戦いの焼きましでしょうか」
―――私は、その兵たちを見てそう呟いた。
テルモピレー、即ちスパルタ王レオニダスの率いた300の兵による決戦。
三日間をたった300で防ぎ切ったその偉大な戦に比べれば、この戦いは実に白けたものであっただろう。しかしながら、六櫻は耐えたのだ。この地獄に、確かに耐えて見せたのだ。
「固まれェ!!!!敵は牙による突撃は出来ない!!!固まって敵を撃退しろ!!!俺達が勝つ必要は無い!!」
「夕影様を、あの一騎当千の兵を信じろ!!!」
「守れ、守れ!!姫を守れ!!!ああ、畜生め、あの無能姫を狙ってんのがわかるけど、だからこそあれを守れば祖国は守られる………俺達が死ねば、次に死ぬのは家族だぞ?!」
人間、追い詰められればよく戦うものだ。
この螺鈿裾野の決戦二日目においてようやく、六櫻の雑兵は自らの背後に何がいるのかを理解し始めた用であった。
そうとも。私たちが死ねば、負ければ―――次に滅びるのは、彼らの家族なのだ。
此処まで無法を働き続けた六櫻の勢力を許すものはいないだろう。六櫻という国家に属する者が生き残るには結局のところ、六櫻による決定的な勝利と征服が求められるのである。
―――人が潰れる。
刀が、槌が、槍が、六櫻の兵を潰す。
雑兵が束ねた一矢が赤松の将を射止める。
泣き叫ぶ若い兵の首を、同じく若い兵が切り裂き、鳴き声が空に響いたままにずるりと落ちる。若い兵は嗤い、どこまで狂って笑い、最期には自身の首を落として死んだ。
老兵は狂わず、ただ戦う。
しかし、何のことは無い雑兵にその脇を刺される。血反吐を吐いて手を伸ばし、しかしそれは何も掴まずに死に至る。
かつて一騎当千と呼ばれた老兵が、その欠けた腕をそれでもと振るい、逆の手に握った刀で雑兵を蹴散らす
………しかし、六櫻に遥か後方。静かに集中を重ねた弓兵の一撃によって、その頭蓋に矢を放たれ、その老兵は命を散らす。赤松の螺鈿城を収めたはずの侍は戦場の中で何も残せずにその命を散らす。
「おおおおおお!!!!」
「………」
大刀で刀を逸らし、返す刃で鎧を裂く。
金属が悲鳴を上げる音を聞き流し、更なる追撃を………いや。隙を補う様にやってきた若い一騎当千の刀を散らし、正眼に大刀を構えた。
「ふ、………はぁ………」
肩で息をするのは赤松の一騎当千たち。
厄介で不快な塵だと私は、薄く目を開いて彼らを見る。
―――彼らに足止めをされて、多くの兵が後方へと流れた。ただ立ち向かってくるならば、いくらでも対応が出来る筈の一騎当千も、間延びさせることを望んで時を稼がれれば流石に鬱陶しいものであった。
彼らは兎にも角にも、逃げるのだ。しかし、彼らを引き連れて姫様のものとへと向かおうものならば、この戦線は崩壊し、姫様自身が危険にさらされる。
戦力の不足、作戦の不足。どうしようもないこの現実をしかし、私は覆さなけらばならない。
「いいえ。違いますね。霧墨の言葉を信じるならば、維持しなければならない」
危うい天秤の守り人とならん事を。
そうとも、この戦の趨勢を決するのは、私ではないのだから。
私の前に相対するのは、先の戦いでその腕を縦に裂いた老兵以外の全ての一騎当千。赤松が保有する最後の騎一を除いた、全ての一騎当千が私の敵であった。
この日のうちに、全てを殺す。例え逃げに徹されたとしても。
そう、決意を固めて刀を握る。静かに息を吐く、その果てに―――私すらも認知できない遥先、赤松の陣地すら超えたその向こう側で。
「では、作戦を始めると致しましょうかな?」
「………姫様の、ために」
「はは、ええ。まさに、まさに!」
この戦を決定付けた、僅か三千ばかりの兵の戦いが始まった。




