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螺鈿裾野の決戦、二日目(2)




螺鈿裾野の決戦、二日目………場所は六櫻の本陣近く。

如何に雑兵の壁を作っていたとしても、平地での決戦となればその壁を抜けてやって来る者たちも相応に存在する。

赤松の家紋を背負う、浸透する兵士たち―――実力ある侍は、六櫻の寄せ集めの兵を千切っては投げ、そして私の前まで到達するのだ。


「ここで仕留める!!」

「………逸りすぎましたね」


きっと、お前たちの主はここまで性急に攻めることを求めていなかっただろうに。

私に対して彼方を振り下ろそうとする侍の頭蓋に、矢が生える。遥か後方から飛んできたそれは、古森のそれだ。

私の耳は弦の音などは聞こえないが、夕影がこの場にいたのであれば視線をそちらに向けていたのだろう。


「ガ―――」


短い断末魔を上げて倒れる男。しかしそれで終わりではなく、続々と赤松の兵がやってくる。

所詮は雑兵の壁、一度抜けられた兵を背後から強襲するような度胸や知能を持つものは殆どいない。皆無ではないが、限りなく少ないと言えるだろう。逆にその少なさだからこそ、そう言った人間の顔を覚えておくことが容易なほどであった。

ともあれ、だ。旗を持つ私は目立つ。目立つ上に私は六櫻にとって最大の急所なのだから、私を狙って敵兵が集まるのは至極当然である。

宛ら蟻地獄のようだと思った。


「おいおい、抜けとるぞ!!守り固めんかい!!」

「了解っす!!」

「耐えろよ、耐えろよ!!?無理して斬りかかるだけ無駄やからなぁ!!」


白い鬼の面を被った六櫻の兵が、思い思いの武器を持って赤松の侍の攻撃を受け止める。

指示役は洲鳥だ。周囲の動きを見て、的確に人員を動かしている。

流石は元山賊の頭と言うべきか。味方を手足のように動かす様は私が持ちえない熟達した力であり、そして何よりも自分たちの実力を理解しているが故に、最適な解を導き出すことが出来ていた。


「粘りおる、貴様ら六櫻の正規の侍では無いな………!?」

「ぐぅ………!!」

「ほうら横がら空きやで!!」

「こ、の!!!」


侍の攻撃を受ける白鬼衆を援護するため、まさに鍔迫り合う赤松の侍の纏う鎧の隙間に刀を突きいれた洲鳥が、血を払う暇もなく叫ぶ。


「阿保!!僕らは六櫻の正規兵や!!それも、何の因果か馬廻衆にまでなっとる!!」


洲鳥が呻く男の首に刃の切っ先を当てると、力強く押し込んだ。


「うちの姫さんは、身分やとか家柄やとかに頓着せんのや、阿保んだら」


血を吐いて死に至る男。

………それをしり目に、まだまだ兵はやってくる。白鬼衆は今の六櫻の中で唯一、統制の取れた兵士であるが、それでも限界はあった。

元々無理な撤退からの連戦だ、彼らにも疲労は溜まっており、一人、また一人と脱落者が発生していた。

それでもだ。それでも、洲鳥は徹底して守り、受ける戦い方を指示していた。


「珠!!さっさと片付けい!!」

「りょーかい!!」


砂煙と轟音を響かせ、豪快に風を薙ぐのは、棍棒の影。

ぶちゃりと人体が響かせてはいけない音を立てて、赤松の侍の首が鎧ごと潰された。

頬に返り血を浴びて、それを舐める。あの小柄な影こそがこの私の周囲の戦場において最も強力な兵士であった。


「潰れろ潰れろ潰れろ!!!」

「こい、つ!!餓鬼の癖に、なんて力だ!」

「餓鬼に集中しろ!!厄介なのはこいつだけ―――ギャッ!?!?」


豪快なスイングによって、男が宙を舞う。

珠が振るう棍棒が接触したと思われる胴体には、大きな窪みが出来ており、どれほどの力で吹き飛ばされたのかが窺い知れるというものだろう。

如何に鎧を着こんでいたとしても、重厚な丸太で叩かれれば無事では済まない。重量と力とは正義である。


「フ―――………」


体内の熱によって白くなった息を吐きながら、返り血と混じる赤毛を揺らす。

その手に握られている巨大な棍棒は、流石に何度も振り回したためかやや削られ、形が歪になっていた。

まあ、木製のそれでは限度もあるだろう。質量の詰まった良質な木材を利用して珠に与えた棍棒だったが、その内別の武器を与えるべきかもしれない。

金属製の金砕棒などが良いかもしれない。大の男が持つような巨大なそれも、珠ならば使いこなせるだろう。

………尤も、この戦いをあの娘が生き残れたらの話なのだが。


「死ね」

「待ッ!!」


倒れ伏した男の頭を棍棒で潰すと、その脳漿に塗れた武器を他の兵の方へと向けた。

その迫力に、さしもの赤松の侍たちも動きが止まる―――その瞬間、リズムよく遥か後方から矢が放たれ、その頭蓋に突き刺さった。

崩れ落ちた侍たちを見ると、洲鳥が大きく息を吐く。


「まだまだ続くで、お前ら!さっさと手当して次に備えや!!珠、まだ行けるか?」

「ふん、全然行ける!!」


そうはいっても、汗を拭っている様子が見て取れた。

………優しい言葉をかける理由も、無いだろう。あれが彼ら白鬼衆の仕事なのだから。

私はただ、この最前線で旗を持ち続けるだけである。そして、狙われるべき的になるのだ。


「姫様、無事ですかい?」

「ええ。お前たちは大分やられた用ですが」


横に来た洲鳥に視線を向けず、そう言葉を返した。

汗と血を拭いつつ、洲鳥が笑う。


「手厳しいですなぁ。やっぱり此処まで到達してくる侍は質が良いですわ。珠もああは言っとるけど、疲れは溜まってきとる」

「それでも耐えてもらうしかありません。とはいえ、お前たちだけではなく全体的に損耗率が高い。やはり、二日目が鬼門ですね」

「三日目はもう少し落ち着くと?」

「どうでしょうね。ただ、決着はつくでしょう。寧ろそこで仕留められなければ、今度こそ私たちは終わりです」


そっと私が持つ旗を眺める。

矢が掠められ、私を狙う敵兵の刀や槍が空ぶった結果、六櫻の旗は傷だらけになりつつあった。

それでも、まだ落ちておらず、原形も保っている。そうとも。まだ、無くなってはいないのだ。


「結局は鬼門を抜けようと、お前たちは酷使されるでしょうが」

「やろうなぁ。まあ、なんだかんだ言うても今更逃げられんしなぁ」

「逃げるだけならできるでしょう。珠ならば、古森の矢も弾ける」

「あー、まあ。そういうもんじゃないんですわ。なんつうかなぁ」


またもや雑兵をかき分けて浸透してくる敵兵に視線を向け、手に持った刀を握り直しながら、くたびれた男は笑う。


「義務と責任と、後は恩義やな。逃げられんのはそれらで………後は僕らが逃げたくないだけやろ。多分な」


その笑みは少しだけではあるが、私の目には楽しそうに見えた。

私は静かに、彼から視線を外す。


「死なないように」

「心配ですかい?」

「まさか。お前たちにはこれからも働いてもらわねばならないのですから。私の許可なく死なないように」

「ほな、六櫻の姫さんに死ね言われるまでは、死ぬ気で生きんとなあ」


こりゃ重労働やと言いながら、洲鳥は駆ける。彼の指示に従って、珠を始めとした白鬼衆が一つの生命のように動き出した。

死者の出始めている白鬼衆。彼らですらそうなのだ、きっと漏斗の構えの最先端では、より多くの人が死んでいるのだろう。

………無駄死にではないとも。彼らは死ぬことが仕事なのだ。死んで、その屍で時間を稼ぐ。それが雑兵の役割。生きて戦い、時間を稼ぐ白鬼衆と、本質的には何ら変わらない。

この二日目は下手をすればこちらの兵力は半数以下に削られるだろう。しかし―――まだ、六櫻は負けてはおらず。そして、三日目へと………決着へと近づくのだ。

旗を握る隻腕に無意識に力を入れる。目線は変わらず、ひたすらに戦場のその先を、私は見据えた。














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