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櫻松戦争 急(4)








***




進軍を続ける魚鱗の陣の中心部で、赤松の総大将である赤松彰吾はその顎に手を当てて何事かを考えていた。

そんな彼の横から小姓の青年が呟きを投げかける。


「お館様、いいんですか?なぁんか乗せられてる気がするんですよねぇ」

「間違いなくね。霧墨が無策でこのような無謀な策をするとは思えない。彼が勝負に挑むという事は、何かしらの勝算があるということだろう」


察して余るほどに六櫻の姫は山師なのだろうが、霧墨の方はそうではない。それはある意味、ここまでで示した神経質で分かりやすい彼の手が示している真実であった。

しかし、とも思うのだ。


「既に兵力は底をついている。見える兵も六櫻のそれは殆どが雑兵で、赤松に勝てる要素はない。このまま進んでいれば三日か四日程度で我が赤松の陣が六櫻の陣を完全に呑み込み、あの姫もその首を落とすだろう。これは確実な流れだ………だからこそ、何度も思うのだ。彼は一体、何を考えているのかとね」


一般的には魚鱗の陣は鶴翼の陣に弱いとされる。六櫻の構えは一見した場合、魚鱗の陣の天敵であるそれに近しいが、その在り方は鶴翼の陣とは大きく異なり、その陣が本来持つ防衛能力は発揮できないだろう。そもそも、余りにも大きな兵力差は陣形による有利不利を無効にする。従来の戦いで思考される、陣と兵の質によっての防衛という線はないだろう。

で、あれば実は兵をまだ控えさせているということか?

成程、その可能性は決して低くはない。しかしこの戦力差をひっくり返せるほどの戦力を一体どこに隠しておくのか。第一にそんな兵が居るのであれば今しがた六櫻がやっているような、味方と敵を一緒くたにすり潰すような無茶苦茶な守りなどありえない。より敵にだけ損害を与える様に、効果的に兵を配置するだろう。

………螺鈿城攻めの際に、六櫻は千五百に分けた兵をそれぞれ隅野と宮辺に潜ませた。だが、それですら最終的には露呈したのだ。

赤松はそこに付け入る形で領土侵犯をされていた二つの国をうまい事こちらに引き込み、霧墨に痛烈な一手を返した。

その攻防で損害を受けた二国は既に役に立たないと判断し、魚鱗の陣の第二陣に置いている。先陣が衝突し、そろそろ六櫻の雑兵とぶつかり合う頃だろうか。

元々大した数ではないし軟弱な兵である。逃げ惑う程度が関の山だろうが、それでも数は数であった。同じ雑兵なら、数が多い方が良い。


「無理に押し通ります?」

「………いいや。少しばかり見極めよう。なにせ、敵も味方も関わらず、何をしてくるか分からない相手が一番怖いものだからね」


優勢であり、確実に兵力差で引き潰せるからこその安定策。

追い詰めた獅子にすら細心の注意を払うのは赤松彰吾が持つ優れた危機感知能力の賜物ではあったが、この戦いに於いて、それもこの最終決戦においては彼の足を引くこととなる。

―――この状況に置いてまさか霧墨が大博打を打つとはさしもの彼も考えなかったのだ。






***






「赤松の進行が、止まった………?」


どこからか声が聞こえる。

いいや。どこもなにもあるものか、前方にまるで押し詰められるようにして、陣ともいえないただの列を作った有象無象の兵達から零れ落ちた声であった。


「まさか。止まるものか」


最前線の中に作られた本陣。そこで隻腕に旗を持ちながら、私は呟きを漏らす。

攻めるのをやめた訳ではない。ただ、より確実に六櫻の息の根を止めるために、安定した攻撃方法を取ろうとしている。

例えば弓、例えば槍。遠方から一方的に攻撃されれば、有象無象など簡単に消し飛んでしまう。ましてや六櫻側の弓兵は、この漏斗の構えを維持するために大多数を山林の中に置き、防御に回らせているのだから、その弓の一斉射に対抗するだけの弓兵の備えはこちら側には、ない。

しかし霧墨はしっかりと、矢を射かけられることに対しての策を講じていた。

………それは、古代ギリシャにおいて密集陣形と呼ばれたものによく似ていた。


「違うのは、当人たちが理解しておらず、無我夢中である事と、盾が余りにも杜撰な作りをしていることでしょうか。とはいえ、盾は盾か」


それでもあれだけの人の数が自身の頭上や前方に盾………正確には薄く木を削り、襤褸布や革を巻いて矢を受け止められるようにした最低限の受け皿のようなもの………を掲げれば、一定以上の防御性能は見込めるものだ。甲冑が矢を通さないように、杜撰であっても構造の核心さえつけば、達人や一騎当千の矢でもない限りは兵を一方的に殺すことは難しい。

横から回り込まれたり、或いは弓を射る最中に近接武器を持つ者に入り込まれなければ話は別だろうが、現在の様子見に近い攻勢ならば、雑兵だけのあの隊列でも意外に持つものである。

まあ、あれは実質的に攻撃を捨てたようなものだが、それでも相手の攻撃を利用して矢を回収しつつ、兵の損耗を抑えているということが実現しているのだから驚きである。

いや、それもまた霧墨の思考の内なのだろうか?赤松は確実に安定した策を取ってくるという事を、彼は予測していた。だからこそ防御に優れた戦術をその場で即興で作り出し、うってでるという手段を即座に捨ててまで、守るという事を兵たちに教え込んだ。

真面に戦うことのできない兵でも、こうすれば時間という最も重要な資源を確保することが出来る。

精鋭どころが一人前の兵すら満足のいく数が居ない現状でこの戦線を維持するには、今回の手を用いる他にないのは確かであった。

もしも。もしも霧墨の読みが外れ、目の前の赤松の軍勢が一気に六櫻の陣を押していたらどうなっていたか。それは、いとも簡単に崩壊し、私は死んでいるという結末だっただろう。

彼らしくもない大博打。しかして、彼はそれに勝利した。


「矢の雨が………」


効果なしと判断されたのだろうか、矢の雨が一時的に止む。

その次は突撃になるのだろうかと思ったが、そうはならず、二つの軍勢は睨み合うようにして、徐々に時間が過ぎていった。



赤松側は随分と悠長だと、そう思うかもしれない。

だが、赤松は多少の距離を持って背後にあるあの螺鈿城から兵糧の供給があり、また連れ出している兵力的にも圧倒的な差があった。

赤松にとっては、六櫻は憎むべき相手であるが既に死に体で、最期の最期に無駄な抵抗をしているだけ、という感じ方をしている兵が大多数を占めていた。まごう事なき勝ち戦で、掃討戦。

で、あれば。そんな戦いで無駄死にしたくないというのは、赤松を構成する足軽や下級の武士が至る極々自然な思考回路であった。例え士気が高くとも、六櫻の姫を殺さねばならぬと囂々と鬨の声が鳴っていたとしても―――いいや。そんな状況でも理性による判断が出来るほどに、赤松の軍は統率が取れていた。

如何に六櫻の最前線に押し込められているのが、みて分かるほどの雑兵であっても、接近戦をすれば死者は出る。乱戦は恐ろしく、練度に差があっても、更には何一つ油断などしていなくても、運が悪ければ死に至る。

達人や一騎当千ならば話は違うのだろう。だが、どれだけ言ってもこの世界の殆どを構成しているのは凡人ばかりである。凡人は特別に憧れるが、しかし現実を見て相応の戦い方を身に着けるもの。

………だからこそ。徐々に、真綿で首を締めるようにして六櫻を削っていく。そういう戦い方を、赤松は選んだのだ。


この時、螺鈿城に集結していた兵の大多数を魚鱗の陣の内に組み込み、掃討戦を始めたために、螺鈿城に残された兵力は決して多くはなかった。

具体的に言うのであれば、その数は二千程度だろうか。六櫻の本軍を追い詰めているにも関わらずそれだけ城や城下街を守るための守備兵を置いているのは、六櫻への警戒と、螺鈿城下街には避難しているとはいえ民がいる事が大きな理由であった。

とはいえ全員が常時守っている訳ではなく、一部は兵糧の輸送のために城から離れ、赤松が敷いている陣と行き来している者共もいた。

その中で伝令が駆けまわる。赤松彰吾の命令を持って。


”兵糧への奇襲に注意せよ”


要約すればそのような意味だった。

思案に暮れた赤松彰吾は、六櫻が作り上げた漏斗の構えを見た。そしてその持久戦を選んだかのような六櫻の動きに、本陣後方からの奇襲を警戒したのだ。

そして、螺鈿城から繋がる兵站の流れを乱すのが目的ではないかと、螺鈿城と本陣の間の警戒を強めるようにという指示を即座に送った。更には本当に、万が一の場合に備えての、文も送って。

その警戒は素早く、考えもまた的を得ていたのは確かであった。だがこの螺鈿裾野の決戦において、その選択は半分だけ的中し―――残りのもう半分は赤松勢力の最も致命的な部分に突き刺さる事となる。



さて………日は過ぎて、二日目。三日間続いた”螺鈿裾野の決戦”で最も地獄であったという、兵の擦り潰し合いの混戦。その始まりだ。






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