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地獄への道


***




「………姫様。国を挙げての華樂様の葬儀を行う前に、隣国の須璃の国との戦の対処をお願いします」

「姫様は裳着前ではありまするが、この国で華樂様の血を引くのは貴女しかおりません故、国主として立たれることをどうか、どうか」


翌日。執務室、朝の定例報告。

普段ならば邪魔だからと追い返されるこの場所で、珍しく私は臣下たちから強い視線を向けられていた。

信頼、ではない。半分は敵意が混じっているのは嫌でも分かる。しかし、彼らは私の血に………華樂の血筋に従わんとするのだろう。父亡き今、私は彼らの上に立ち、指揮を執る国主となったのである。

ちなみに裳着というのは、女児が成人したことを表す儀式の一つであり、男であれば元服と呼ばれる。女が裳着をする時期は初潮を迎えた十代前半頃であるとされあるが、十三歳となった私にはまだ初潮は来ていないため、当然ながら裳着などしている訳がない。

つまり、私は未成年という訳だ。それでも、この国を継げるものは私しか存在していない以上、どれだけ嫌悪していても、彼らは私を持ち上げるだろう。それと同時に心の底から貶しつつ。


「………勝手ですね」

「なにか?」

「いいえ。須璃の国に関する情報はなにかありますか。私は父からは何も聞いていませんので、少しでも多くの情報が欲しいのです」


毒を吐きつつも、せめて情報をと須璃の国に関する報告を集める。

華樂は私をそういう血生臭い現場にはなるべく関わらせないようにしていた。私自身、善良な文明人として荒事はどちらかと言えば苦手であるため好んで関わらなかった訳だが、こうなってしまってはどんな事も学び、活かすしかない。

兎にも角にも私にはノウハウがないのだ。どうすれば国主として良い決断がくだせるのか、誰も彼もを認めさせることが出来るのか。まだまだ、私には分からない。


「兵力は三千程度と聞いていますが、変わりはありませんか?」

「いえ。五百少々があとから合流したようですので、合計三千と五百の兵となるでしょう。もしかしたら伏兵もいるかもしれませんな。慎重な判断をお願い致します」

「………嫌な事を言わないでください。こういうことは初めてなんですから」


溜息を吐く。扇子を広げて口元に当てると、息を吸い込んでから少し考えた。

―――間違いなく危機ではある。六櫻の国の支柱である父が死に、天唯において最も強力な国家である神瀬の国からは敵対視されている。そして須璃の国はその混乱を狙い、六櫻の国に攻め入っている。どこにも安心できる点はない。

しかしだ、逆に考えれば、ここでしっかりと功を立てて、臣下からの信頼を勝ち取ればこの先必ず有利に働くだろう。実際にどのように兵を動かせばいいか、信頼を勝ち取ったのちに私自身がどう身を振るかまでは流石にまだ思考が回らないが、そう考えれば悪い事ばかりではないのである。

そして、私が出来ないことは出来るものに投げればいい。現代人らしく、使えるものは上手に使おう。


「一の砦付近の地形について詳しいものと、戦闘指揮の経験が深いものは?」

「ここに。指揮に関しては夕影に聞くのが良いかと」

「………夕影貴女、指揮が出来たのですか?」

「経験はあります。華樂様の護衛部隊と、あとは奇襲部隊ですが」


どちらも大軍を動かす指揮とは程遠いと思うが………唇に左手を当てると、ええいままよと思い直す。

後で、()に話を付けに行くとしよう。指揮を執るならば経験のない私が独断で行うよりも、彼に意見を聞いてから考える方が効率が良い。


「というかです。そもそも一の砦までの距離はどれほどなのですか?夕影に聞いた話では、父様は帰ってきたすぐ後に準備を整え、迎撃に向かわれる予定だったようですが」


一の砦に詳しいという家臣の一人、四十代を過ぎた頃かという男武者に対してそう問いかける。

暫く考えたのち、彼はすぐに具体的な数字を出してくれた。


「馬で二日、いえ。姫様がいることを考えれば三日はかかるでしょうな」

「三日………須璃の国の兵が一の砦に攻め込むであろう時期は推測できますか?」

「出来るも何も、須璃の国と六櫻の国は隣国ですからな。三日(・・)もあれば砦には攻め込まれるでしょう」

「ちょっと、時間が全然足りないじゃないですか!」

「華樂様ならば三刻もあれば兵を選定し、迎撃に向かうことが出来ましたので」

「だから、私は………!」


私は父様ではないと、言っているでしょうに。

額を抑える。臣下の父様への忠誠の強さは、そのまま私への不信へと繋がる。これで迎撃なんて出来るのか?

そもそも、だ。今の男武者の会話から、私が戦場に立つことは確定事項とされている気がするのだ。私は満場一致で誰もが戦力外と判断を下すであろう人間だ。太刀どころか短剣を振るのですら精いっぱいの非力さの私が戦場に立ったところで、一体何が出来ると言うのか。


「はぁ、では私が戦場に立たなければ二日で行けるのですね?」

「姫様」


私がそう言った瞬間に、背後にいた夕影が私の肩に手を置く。

そして首を振った。


「華樂様ならば、必ずともに向かい、指揮を執ります―――城の奥に隠れるなど、有り得ません。ましてや臣下にご自身の責務の全てを委ねるなど、国主としてやって良い事ではないのです」

「………確実に足手まといになるとしても、ですか」

「ええ。ご安心を、須璃の国の兵如き、私が傍についていれば姫様に矢の一本すら届きませんので。指揮に集中することが出来ます」

「想定外の事が起こったらどうするつもりですか」

「その時はその時なりに対応を行えばよいのです。それが出来る力を身に付ければよいのです。華樂様がそうしたように」


ああ。本当に頭が痛い。忠誠もここまでくると一種の狂信ではないかと思う。

呪いのように、父の名が私の肩に圧し掛かる。偉大な親からの重圧というものを、異世界で思い知ることになるとは。

唇を噛むと、思いっきり臣下たちを睨み付ける。


「分かりましたよ………分かりました、父のようにやればいいのでしょう?三刻で兵を選別し、準備を纏め、一の砦に向かいます!少なくともここにいるものは各々の隊を率いて私に同行しなさい。その他の兵や作戦に関しては今より決断します。夕影、行きますよ!」

「かしこまりました」


殆ど食べていない朝食の箸を置くと、私は夕影を引き連れて執務室を出る。

やれというならば、やってやろうじゃないか。

向かう場所は既に決まっている。戦場の指揮などしたこともない私には、助言をくれる人間が必要だ。

………六櫻の国に身を寄せる天才と呼ばれる軍師。彼の力を借りなければ。


「彼は、霧墨(きりすみ)は確か御殿に屋敷を構えていましたね?」


そう夕影に問いかけつつ、早歩きで執務室を出る。御殿は裏と表があるというのは前にも語った通りだが、私は当然ながら私生活を行う空間である裏御殿に屋敷を構え、住んでいる。

霧墨と呼ばれる軍師もまた、その裏御殿の中に暮らしていた。ただし、私は普段彼と接する機会はない。

そもそも彼は戦場には出るが、それ以外は屋敷に籠って勉学に励んでいるという。私もまた、城下は巡るものの臣下たちとの折り合いの悪さから城内はあまり出歩かず、そういった経緯から今まで彼と接触したことは無いのである。


「ええ。華樂様亡き今、六櫻の国において最も戦に精通している存在です。そのため屋敷も広く、しかしその殆どは書物で埋まっています」

「………詳しいですね」

「彼も私も平民出身ですから。互いに噂話程度は聞くものです。御殿の外れ、変わり者の軍師の屋敷あり、と」


確かに夕影も霧墨も、姓を持たない。それは平民の証であるが、華樂は身分など気にもせずに能力を以て人材を登用する性質を持っており、そして彼も夕影も身分などで測ることのできない能力を持つが故に、舐められるようなこともなく六櫻の国を代表する兵として名を挙げている。

羨ましい事だ。才能がある、ということは。


「あれですね?」


早歩きの果てに見えてきた木造の建屋を指差せば、夕影が首肯する。

建屋の中で米でも炊かれているのだろうか、竈からの物と思われる白い煙が空へと伸びる。夕影の言った通り、六櫻城の二の丸に作られている御殿の中でも、外れのほうに霧墨の住む屋敷は作られていた。

武士が住まうにしてはあまりにも質素で、屋敷の広さを除けば下町の長屋のような印象も受ける。扉もまた、装飾性の薄いとてもシンプルな木の引き戸であった。

私はそんな扉の前に立つと、落ち着かせるように呼吸を繰り返し、そして扉を叩いた。


「―――六櫻華燐です。霧墨さん、貴方にお願いがあって参りました。話を聞いていただけますか」


丁寧に、名乗りからそこまで言葉を続ける。

暫くしても反応がなく、もう一度扉を叩いた。


「霧墨さん?」


更に一度、扉を叩く。更に、更に。

何度も叩いて、ようやく扉の向こうから足音が響いた。


「霧墨さん、やっと………」

「うっせえ!!今集中してんの、誰だか知らねぇけど―――ああん?」


そう怪訝そうな表情を浮かべる彼に対し、私もまた同じような視線を返していたと思う。

………目線は、わたしよりも少しだけ高い程度。六櫻の国を代表する天才軍師、霧墨。彼は、私とそう年頃の変わらない、少年であった。

肩辺りまで伸びた黒髪に、その身に纏うのは浅葱色の小袖。少年とは言うが、甲高い声も相まって少女にも見えるだろう。


「………白から桃色に変わる髪。んで、夕影を連れているっつうと、華燐姫か」


そういうと、霧墨は唇を歪ませて私を見る。


出涸らし(・・・・)が何の用だ?僕は華樂様の命令しか聞くつもりはないぜ?」

「………父は死にました」

「知ってる。お前のせいだろ?」

「………違います。現状、六櫻の国には隣国須璃の国からの脅威が迫っています。お力を貸していただきたいのです」


そう言うと、私は霧墨に対して頭を下げた。



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