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螺鈿城下街にて




至る所で剣戟の音が聞こえる。そしてそれよりも多くの足音が聞こえる。

堀の内側、螺鈿城の城下街そのものは殆ど破損した箇所もないのは、やはり赤松の勢力が作戦通りに六櫻の兵を待ち構えていたというのが大きいのだろう。

本来この城下街に暮らしている民草たちもうまいこと避難させ、建物にも被害を与えないように、けれど有利に立ち回れるようにと屋根の上から矢を射かけたり、石を投げたりと言った攻撃を繰り返している。

地面の兵たちも、槍を手にして追い立てるような攻撃をしている。さながら、それは罠にかかった魚を纏めて捉えるような、地引にも似た動きであった。

しかし、その赤松の兵の動きは、在る一点にて極度に緩やかになる。それは、戦場の嵐に巻き込まれないとするための、凡人の性であろう。


「いい加減に、くたばれって!」

「………ッ!!」


軽い足取りで縦横無尽に動くのは年若い一騎当千、囃子。

常人には眼で捉えるのも難しい、まさに神速の動きだが―――それでも、涙助はそれよりも早く動く天狗の様な兵を、知っていた。


「………右、次に左、さらに左」


槍を両の腕で握り、見えざる速度の斬撃を勘で弾く。

槍が軋み、甲高い音が鳴った。


「せぇぇぇぇい!!!」

「よっと、っと」


豪快に振り回した槍は、当然ながら当たらない。数度地面を蹴っただけで、囃子は涙助の戦闘領域(キルゾーン)から離れてしまう。

………決してこれは膠着ではない。ましてや、涙助が優勢などということも有り得ない。

それは互いの得物のその刃先が証明していた。片や一騎当千の青年はその名刀の先端を一切揺らすことなく構えており、そして涙助の槍の穂先は、僅かながらに乱れていた。

肺の中に息を取り込みながら、涙助は周囲を見やる。


「大分、足止めが出来ましたかな?」

「………ああ。いやらしい程にな。いくら槍兵とはいえ、僕が此処まで攻め切れないとは思わなかったよ。流石は六櫻の侍ってところか」


槍の間合いに飛び込むことは死地に飛び込むことと本来ならば同義である。開けた戦場で、仲間に当たる心配のない全力の槍の攻撃は、突き、薙ぎ、払いと殆どの武人の攻撃に対応することが出来るためだ。

槍が戦場において、刀をすら超えて優れた武器と称されるのは相応の訳がある―――だからといって、刀と槍を比べた場合に必ずしも槍が勝つとは言えないのだが。

事実、涙助は刀を持った青年にその体力を随分と削られている。甲冑を纏ったその顎から汗が垂れ落ち、地面に染みを作るのは少々前から当たり前となった景色であった。


「だが年貢の納め時ってやつじゃない?いよいよあんたが完全に殿だ。逃がした兵も、半数は死んだ」

「なぁに、半数は生きた。それで上々―――霧墨がうまく使うでしょうからな」


実戦が少なく、未だ経験が未熟であっても、華樂が拾い、その知識と戦略を授けた麒麟児に、涙助は一定以上の信頼を置いている。



………一の達人よりも、千の兵を。それこそが、ここで取るべき戦略でしょうぞ。


槍をぐるりと回すと、肩に担ぐ。そして、空いた左腕を前に構えると、唇を吊り上げた。


「これ以上、時を稼ぐ必要が無いとなれば―――存分に戦うことが出来るという訳ですな?」

「なに?今まで全力じゃなかったって言いたいの?無理があると思うけど」

「まさか。全力でしたとも。ただ、私の趣味に合わぬ戦いだったのは事実ですな」

「………ははぁ、成程なぁ。確かにそういうのってあるよね、僕も守りに入っての戦いって苦手なんだよ」

「ははは、貴君とは趣味が合うことで。戦場でなかったら、酒でも交わしていたかもしれません―――なッ!!」


具足を纏った足で地面を蹴り、突進する。槍を払いながら上空から放たれる矢を弾き、どうしようもないものは甲冑で受ける。

鏃が鎧を叩く音が響くが、そのための甲冑だ。致命傷にはなりえない。


「ぬおおおおお!!!」


叫び声は力を増幅させる。少なくとも、私はそう信じている。槍を叩きつけるが、青年………囃子は巧みな足さばきでそれを紙一重で避けた。

だが、それだけでは終わらない。左腕の甲冑を青年に向けて振り抜く。風を切る音が鳴るが、しかし空振り。


「どこだ!」

「さあね」


―――右の脇の下、甲冑の隙間か!!

右腕に握った槍を指捌きだけでぐるりと回す。舌打ちの音、囃子はほんの少しだけ後ろに下がる。

………寸での所での回避という、癖。それは彼の眼の良さと、そして強靭な脚力から成る自信なのだろう。

槍を両手に持ち直すと、足払いを放つ。またもやすれすれでそれを交わす、否。回避しつつの前方への跳躍、身体の後ろに大きく刀を構えると、その勢いを殺さぬままに首をめがけて刃が迫る。


「むッ………!!」

「獲った」


槍は払われ防御は不能、態勢はやや崩れ完全な回避も不能。

しかし、まだ終われはしない。

敢えて膝の力を抜き、身体を下げる。他者からも恵まれた体格と言われる私の肉体は、姿勢によってその頭部の位置を大きく変える。

そして首に力を入れて、刃を滑らせるように甲冑の兜で囃子の斬撃を受けた。


「ぐううッ!!」


痛烈な一撃………しかし、死んではいない!!

頭頂部の一部が切れたのか、髪と血が飛び散る。そもそも硬質なものを引き裂く音が響いたので、恐らくは囃子の刀は私の兜を裂いたのだろう。

勢いが減衰したためにどうにか頭をなます切りにされずに済んだといった所か。


「ははは、夕影が相手だったら死んでいましたな!!」

「まじで、お前、しつこいな!!」


槍を引き戻そうとするが、その前に囃子の蹴りが飛ぶ。簡素な具足を付けただけの素足だが、その蹴りは私の甲冑の胴を多少凹ませる程のものであった。

地面を滑りながらそれを受け、勘で槍をやや斜めに突き出す。一拍遅れて収まった視界では既に囃子の刀が振り下ろされており、私の槍の柄を削っている所であった。

兜を裂いても切れ味が落ちぬとは、余程の業物と見える。このままでは槍ごと身体を両断されてしまうため、左腕を槍から放すと、身体を固く丸めて囃子へと体当たりをした。

肘に硬質な感触、肘うちは手のひらで受け止められた。そしてすぐにその重さが消える―――どこへ消えた?

影が視界を覆い、空を見上げる。そこでは宙返りした青年が、ようやく登り始めた日光を反射した刃を、まさに突こうとしている様子が見て取れた。


「致し方、なし!!」


―――槍から手を完全に放す。そして突きのその先に、小手を向けた。

風を斬る音すらせずに、刀が突かれた。右の繭から頬にかけて、灼熱が奔る。けれど、脳天を串刺しにされたわけではない!

当たり前だ、そうならぬように小手で刀を逃がしたのだから。

いよいよ青年はその舌打ちを隠さない。その額には青筋が奔り、私の事を視線で殺さんとばかりに睨み付けていた。


「そう、怒らずとも良いでしょう。どうせこういった小細工は………ふう。すぐに通じなくなるものだ」


そうとも。言葉通り、一騎当千ならざるものの工夫も、目の前にしている強者からすればただの小細工でしかないのだ。

腕を見れば、小手は綺麗に裂かれ、そこから鮮血が流れていた。すぐに止血をすれば致命傷にはならない。槍もまだ振るえるだろう。その槍もまた、一度相手に叩きつければ柄の部分が折れてしまいそうではあるのだが。

地面に転がった槍を拾うと、深く息を入れた。


「最期の切り結びと、参りましょうか」

「ああ、本当に最期にしてやるよ」


尋常にという前に、彼の姿が掻き消える。

………強靭な脚力から生み出される跳躍、そして目の良さ。それは相対する人間の視界の範囲と、その感知能力、死角を正確に見抜いたうえで、その死角へと速やかに移動することを可能とする。

夕影の様な暴力的な速度による蹂躙ではなく、速度を技術に落としこんだが故の立ち回りだ。

掻き消えるように見えたのは、私の瞳の動きを見て、その視界では認識が難しい場所へと移動しているからであろう。それは、例えば斜めであったり、或いは―――()であったり。

槍を地面ぶ叩きつけた後、その先端を握り、身体を上へと向ける。如何なる足があればそれが出来るのだろうか、囃子は地面を蹴り、何処かの樹か、或いは建物を利用して一瞬で私の死角、即ち脳天へと移動したのだ。

何故、それがわかったのか。それは、私が瞳で彼を誘ったからである。

………彼もまた、経験が浅い。戦場での誘いを見破るのは、まだ難しいのだろう。これもまた結局はただの小細工ではあるが、それでも。


「最期に一輪くらいは、咲かせませんとな!!」


槍を投げる。それを、彼は空中で身を捻り、紙一重で躱した―――その癖が、次なる一射の回避を、不可能とした。

具足で蹴るのは、折れた槍(・・・・)のもう半分。私の武器は、良質な槍ではあるが、夕影や青年が持つような名を持つ名刀の類ではない。所詮は使い捨ての消耗品である。

恵まれた体格から放たれる蹴り、それによって放たれた槍のもう半分。折れた事によって鋭利となったその先端が、彼の頬を少しだけ、ほんの少しだけ削った。


「終わりだよ」

「………そのようですな」


まあ、結果は見えていたわけである。

達人と呼ばれるほどの実力を身に着けても、凡人では天性の才を持つ一騎当千と呼ばれる猛者には適わない。少なくとも、このような状況では、天地がひっくり返ってもあり得ない。

今度こそ、首を狩る一撃が構えられる。防ぐ手段はいよいよなく、私は目を見開いたまま笑った。


「―――死ぬ間際、目を閉じていては勿体ない!!」


そうして、刃が振るわれた。




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