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櫻松戦争 破



***




「伝令!!華燐様へと急ぎの報告が!!」


本陣の中で大きな声が響き、二人の六櫻の鎧を纏った兵士が駆けてくる。

少しだけ息が上がっているらしく、佩いた刀が上下していた。


「前線の動きが………」

「あ?………後退?」


床几に座る霧墨は古森からの報告を受けていた。古森の視界に移る限りの情報では、どうやら前線での動きに混乱が生まれているらしい。

不測の事態として私を逃がすべきだという古森と、総大将が尻尾巻いて逃げるわけには行かないし、そもそも対処すれば問題ない、退いたところで先はないという霧墨の問答が始まっていた。

恐らく、最終的には軍師である霧墨の言い分が正義となるだろう。ここで負ければ終わりなのは事実である。

それを隻眼で眺めていると、私を見つけたらしい伝令が私の方へと駆けよってくる。


「ああ、良かった(・・・・)!無事でしたか、姫!」


ふと、視線を向ける。

瞳の奥にあるのは、憎しみだった。ああ、私が向けられるのはそのような瞳ばかりだから、それは決して不思議に思うべきことではない。

けれど、言葉は違う。戦場で私に向けられる言葉は、その殆どがその瞳の憎しみと同じ色合いを持った言葉だ。

良かったなどと、そのような言葉が向けられることは、有り得ない。

だからこの疑問は、本当に心の底から出たものであった。


違う(・・)。誰ですか、お前たちは?」


スン、と表情が抜け落ちて、流れる様に刀が抜かれると、その切っ先が私へと向かう。

ゆっくりと突かれる様が見える。私がその中で思ったのは、腹を切られるのはまずいと言ったことだった。

だって、子宮が傷つけば子が成せない。そして首もまずいと思った。私の体では少しでも首に傷を負えば致命傷になりえる。

―――ああ。自分から刺されに行けば、傷つく場所は選べるな。

その考えが異常な事だとはもう思わずに、私は切っ先へと自ら向かっていく。或いは、ここで首を落とされれば、それは救いとなりえるだろうか?

………左の肩に灼熱が奔った。


「あ、………ッ」

「去ね。鬼め」


怒りと共に刀が引き抜かれる。痛みは一際強くなり、改めて私の首を狙い振りかぶられたその刀に、迫る影があった。


「―――フンッ!!!」

「なっ!?」


白い鬼の仮面が揺れる。シュウという音と共に白く荒い息が吐き出される。

身の丈を大きく超える棍棒、それは刀を持ってしても受け止めきれなかったのか、二人まとめて本陣の天幕を巻き込んで吹き飛ばされた。


「ようやった珠!!敵襲や!!敵襲!!!奴ら!!六櫻の鎧を盗み着よる!!」

「………結果は変わらん。六櫻の姫を殺せ!!手負いだ、どうとでもなる!!」


天幕の残骸を放り投げながら立ち上がる男たち。もう、疑うべくもないだろう。

腹に木の破片が突き刺さり、血反吐を吐きながらも私の方を睨み付けるその侍は、赤松の兵。そして、なぜ六櫻の甲冑を身に纏っているかと言えば、それもまた答えは簡単だ。


「………先遣隊、いや………翼は既に、捥がれていた」


あの火の手は赤松の自作自演。とっくに翼は殺され、こちらの作戦は漏れていた。

残された天幕を破りながら、同じく六櫻の甲冑を纏った侍が襲い掛かる。珠はその嗅覚を持って十数人からなる武士相手に大立ち回りをし、古森は一射一射的確にその急所を狙い撃っていた。

それでも、相手もまたやり手であった。攻撃をかわし、いなし、少数ながらも。死ぬのがわかっていながらも、最大限こちら側に被害を出そうと暴れまわる。


「………ま、ずい、ですね」


霧墨の立てた作戦は既に破綻している。とはいえ、疑問は残った。

赤松の国の兵は螺鈿城の内部へと籠っているため外へと兵をまわし、隠された翼をもぐことは出来ない筈だった。だというのに、実際には翼は捥がれ、こうして奇襲されている。

護衛として立てている最低限の六櫻の兵が、死ぬのが見えた。白鬼衆も負傷者が出ている。奇襲の兵は明らかに雑兵じゃない、赤松の国の実力者だ。


「―――どういうことだ?」

「おい霧墨!私はお前じゃなくて華燐の護衛だ、自分で逃げろ!!」


小刻みにステップを刻みながら、鮮やかに敵兵を撃ちつつ古森が叫ぶ。

その視界がぐにゃりと歪んだ。失血だろう、手当をするにも左肩の負傷では、右腕の無い私ではどうしようもない。


「姫様!今手当てするんで気張ってくれ!?珠!急いで蹴散らせや!!」

「分かってる洲鳥!!」


ふらついた私を洲鳥が支える。自分の息が、荒くなっているのを感じた。

………日本刀と呼ばれる武器は非常に鋭い。その鋭さは、しっかりと手当てをしなければ出血は止まらず、いつか死に至る程と言われていた。

深く左肩を切られた私の傷は、それこそ縫わなければ血が止まることは無いだろう。

ここで、終わるのだろうか。それはそれで良いとは思う。けれど。


「こんな、程度で」


終わっていいのか?

まだ、私という存在に降りかかった呪いを、憎しみを、地獄を。何も、知らしめていないのに。

私には何もない。何の力も、願いもない。重責だけが身体を締め付け続けている。

せめてたった一つだけ。だからこそ、この憎しみと世界に対する呪詛だけは、手放せないのだ。それだけは、果たさなければ、ならないのだ。

いつかこの昏い火も消えるだろう。呪いも風化してしまうだろう。だけど、それは今ではないのだ。


「華燐の傷は!」

「刀でばっさりですわ。しっかり手当せんと後に響きます」

「………赤松彰吾、一体何を―――いや。そうか、そういうことか………」


頭を掻きむしる霧墨が唸る。そして口を開こうとして、その前に。決定的な言葉が放たれる前に、私は別の言葉を重ねた。


「霧、墨………考えなさい。次の手を」

「無理だ。本隊は撤退してる。六櫻に戻って再侵攻が一番確実だ」

「いい、え………まだです………まだ。戦力は、ある。一度、下がりなさい、奉津城の………跡地まで」

「はあ?!どこに戦力があるってんだ!六櫻の戦力の殆どをかき集めてここに来てんだ、仮に最後に残った六櫻の守備兵を動員したとしても時間も兵の数も足りねぇ!」


行軍時に持ち込んだ医療用物資である布を私に巻きつけながら霧墨がそう叫ぶ。


「一度撤退して防衛に徹するべきだ。僕たちの敵は、一人じゃない(・・・・・)!ここで中途半端に迎え撃って完全に壊滅すれば、もう二度と勝ちの目は無くなる!」

「………同じこと、です。ここで、攻め切れなければ、二度目はない」

「おい姫様、あんまり喋らんといたほうが良い。想ったよりは血は流れとらんが、重症には変わりない―――」

「ここで、死ぬなら、それまでです。洲鳥………襲撃してきた兵は?」

「ああ、ったくこの姫様は本当に頑固な!!おい珠!敵は?!」

「全員片付けた!!次はどうすんだー?!」


珠と洲鳥の怒鳴り声に眉を顰めつつも、体を起こす。

思ったよりも出血していない。日本刀………まあ、厳密にはこの国は日本ではないため、刀の製法こそ一緒だがそう呼ぶべきではない………の鋭さはもう何度か体感しているが、須璃で手足を落とされた時よりはマシだという事は分かる。

神経もまだ生きている。ならば、ここで避けるべきはこのまま血を流して倒れる事だろう。

血に濡れた着物をはだけさせると、洲鳥にはそれを私の口に噛ませ、髪のあたりを覆う様に命じる。燃えてしまっては、つまらない死に方になる。


「姫様、なにを」

「命令です。霧墨、傷を、焼きなさい」

「お前………そうか。お前、もう壊れちまってんだな、そうか―――気が付けなかった、僕の落ち度か」


そう言って、地面に転がる松明を手にする。

躊躇なく当てられた松明が、左の肩を焼いた。唸りながら布を噛んで、染みこんだ血と噛み締めて流れ出した血の両方が涎と一緒に大地へと零れ落ちた。

橙色の灯が遠ざけられて、私は口から布を吐き出す。痙攣していた左手を地面に数度叩きつけて無理やり正常に戻すと、隻眼で戦場の先を見た。


「今もまだ本隊は後退をしているのですね、古森」

「―――そうだ。ただ、見た感じ螺鈿城に近い兵たちは若干の混乱状態にある。それを追撃するようにして赤松軍が追い立ててるみたいだ」

「………だ、そうです。霧墨、ここから戦力を極力減らさずに奉津城跡地まで戻り、反撃のための策を編みなさい」


年若い軍師は、胡坐をかいて地面に座る。

右手で土の上に描くのは、この周囲の地図と地形だった。


「僕は、お前のことが気に入らない。ただ実の娘ってだけで華樂様に気に入られた、箱入りだからな。少しはいい顔するようになった今でも、国主として向いているとは思えない。上に仰ぐべき主とは到底思えない」


今、彼の中では全ての情報が拾い集められ、この戦場の様子、そしてこの戦いに至る前に赤松彰吾が打った手が詳らかにされているのだろう。

そのついでで、彼の唇は言葉を紡ぐ。


「特に戦うものとしての才能が何もない。軍略も武人としての才能も、からっきしだ。だから、気に入らない」


指し手は三つ。そして一つ。

駒が四つ描かれ、龍と金将が玉将から遠く、逆に近くには玉将を狙う桂馬が描かれる。最早盤上すら飛び越えた、土の上に書かれた駒が、仮想上の戦場を構成した。


「しかもその本質は山師と来た。普通に考えれば益々国主として担ぐような人間じゃない。けど、お前は狂ってる」


戦場が、切り替わる。軍の全体が下げられて、そして一か所、その一点に、腰から抜いた小刀を突き立てた。


だから(・・・)従ってやる(・・・・・)。お前は壊れてる。完全に狂ってる。だからこそ、お前の道はきっと、戦と混乱に満ちている」


彼の黒い瞳が、私を射抜いた。


「お前は呪いだ、鬼だ。きっと、この天唯という国に災厄を撒き散らす。お前の進む道は―――壊れた狂人の運命は、暴力と殺戮だけだ。だけど、だからこそ、その渦中にいれば僕は常に戦いに身を置ける。軍師という駒遊びを愉しみ続けられる」


冷やかに、けれど身を切るような熱情をその瞳の中に潜ませて、彼は言葉を続けた。


「―――僕も狂ってる。けど、お前はそれ以上だ。無才でそこまで狂える人間は、そうはいない。お前の道が潰えるまで、僕が歩かせてやる。どれだけ泣き言を言っても、その背中を蹴り飛ばして、地獄に沈めてやる」


華樂という人間が、彼に蓋をしたのだろう。彼の戦を求める本能に、枷を付けたのだろう。

人としての感性が育ち切る前に、彼の頭の中には殺しの兵法が宿っていた。けれど、華樂は人誑しであり、そして戦を望まなかった。

本来ならば、ただの天才としてこの天唯の中に沈んでいた才能だったのだろう。

これは、この戦いの結末は赤松彰吾が先手を取った。間違いなく、それは敗着の一手に等しいものであり、敗北が少年の魂を切り刻んだ。

………それが彼の心の奥底にある蓋を、枷を壊すことになるとは思いもせず。


「遊技感覚ですか」

「何が悪い?この世は遊びだ、すっかり忘れてた。世界を盤上として、兵を、将を自在に操る。それが、戦いってもんだった」


―――付き合ってもらうぜ。その代わり、僕はもう二度と、負けない。


少年が不敵に笑う。私は、薄く目を伏せた。


「さあ、教えろ。戦力ってのは何のことだ、まだ僕が知らないことがあるのか?」

「ええ。教えてあげましょう。この状況を打開するに足る、偶然の一手を」


古森が新しい着物を持ってきた。不格好になりつつも、身体に羽織る。左手の動きは、鈍い。きっと戻ることは無いだろう。けれど、動く。まだ使える。

この戦は、まだまだ終わらない。




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