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赤松の落とし方





***





馬が進む。やや足早に駆けるのは、戦の気配がどこまでも纏わりついてくるからか、或いは次の戦へと向けて逸る気持ちがあるからか。

本格的な戦というものはこうも考えるべき情報が多いのかと、嘆息する他ない。


「奉津城が簡単に落とせたのは幸運だったな。まあ、しいて言えば焼け跡になったのが残念と言えば残念だが」

「古森の話を見るに、城代たちは内から火を放ったようですね」

「そうみたいだな。余程僕たちに城を使わせなかったらしい。そのせいであの山城はもう石垣くらいしか残っちゃいない」


隣を進む霧墨から視線を外して前を見ると、そこには黒塗りの城の姿が見える。

赤松第三の城、螺鈿城。その名が持つイメージにふさわしく、城はただ頑丈なだけではなく所々に金箔が張られており、見た目でも美しい城となっていた。

流石に城壁に貝を使っているわけではないだろうが、赤松の南方においては象徴的な建造物であることは間違いないだろう。


「螺鈿城―――隼波木を含む赤松近隣の小国三国全ての国の主要な街道を抑える要衝だ。宮辺も隅野も、当然隼波木もあの城を突破したものはいない。まあ、そもそもその前座二つの城の時点で詰んでたんだが」

「………」


隻眼を細める。

少しだけ舌を舐めて唇を潤すと、話を続けた。


「赤松が部隊を編成し向かっていると?」

「ああ。斥候がかなりの軍勢を率いて螺鈿城に登城しているっつ話を聞いた。中には総大将として赤松彰吾自身もいるらしいな」

「………わざわざ彼がこんな場所に?」

「遠方からじゃ指示が遅れるって考えたんだろ。はっ、当たり前だ。誰を相手にしてると思ってんだ」

「彼の戦術は?」

「まだ読めねぇ。だけど、螺鈿城の中に兵を入れてるらしい。物資は潤沢、城に入りきらないあぶれた兵は城下街に置くつもりだろうな」


六櫻の首都がそうであるように、城下街とはそれそのものが簡素な防衛機構である。

兵という防衛者が居れば、それは城ほど堅牢ではなくとも数の有利に任せれば守りを完全に固めることも出来る。

だが、と霧墨が嗤った。


「おい毒姫。僕たちが一番避けるべきことは何だ?」

「………さあ。私に聞いても答えられないことは分かるでしょうに」

「ッチ。少しは考えろよ、期待はしてねぇけど」

「私の役割ではありませんので。………しいて言えば、相手の数に押される事態でしょうか。兵数という点で考えれば私たちは赤松に勝ち目はありません」

「あー、まあ半分くらいは正解だな」


つまらないといった表情に霧墨が呟く。


「では、答えは?」

「平野での決戦」

「………その心は?」

「お前が言った通りだ。隼波木の残党を退治した時みたいに睨み合ってのぶつかり合いじゃ、兵の練度と量で劣る今の六櫻じゃ勝ち目がない。城から出て広大に陣を構えられたら、正直なところどうしようもなかったんだ」

「他国に兵を潜ませてまで強行した早期決着は、その陣を作らせないためのものですか。陣を作るにも、時間と金がかかりますからね」


螺鈿城に籠るのであればやり様がある。逆に陣形を大きくとられ、正面から掛かられれば、私たちはいとも簡単に引き潰される。

―――此処までで、私たちは幾度か敵の襲撃に合っている。霧墨と夕影の見分から、この辺りの国衆や地侍との事だが、六櫻の軍隊は本当にごく少数の犠牲を持って、それらの襲撃を迎撃している。これは、今の六櫻軍の士気の高さに大きな理由があると思われた。

………二つの城を一気呵成に落とした今の六櫻の軍隊としての士気はかなり高い部類にあると言っていい。少なくとも私という人間が国主になってから、此処まで士気が高まったことは無い筈だ。おかしなことだ、二つの国を滅ぼし併合したというのに、それらの行為で一切の士気は上がならかった。

まあ、それはどうでもいい。士気の高さは軍隊のパフォーマンスに影響する。そしてとりわけ、行軍速度もまた士気というものが必要不可欠である。

霧墨の事だ、速攻戦を行ったのはそれも加味しての事だったのだろう。


「それで」


………ここからが、本題だ。


「どう攻めるつもりですか。螺鈿城は地方の城としては大規模な、城下街を要する平地の城です。掘に防御設備、そして防衛のために置かれた軍隊の数々と簡単に落とせる要素は無いと言ってもいい」


そして後方に広く防御線が敷かれ、城への補給線を切る事も難しいだろう。

流石に大国に肩を並べる国の戦い方だ、動きが速く、堅実である。

今の六櫻の戦力ではとてもじゃないが後方を直接攻撃などはできる筈もなく、堅い守りを誇る城を本気で攻略するのは難しい。


「まさか正面から八千の兵で攻め込む、なんて手ではないと信じていますが」

「あ?お前僕の事馬鹿にしすぎだろ、そんなことするかよ………。ここまで透明だった千五百の両翼は、このためにいるんだ」

「また火攻めですか?」

「火も使うが、今までの二つの城とは違う。あれは翼を透明にするために一瞬の奇襲だけだったが、今回は敵をつり出すためにしっかりと使う。どうせもう透明じゃないんだ」

「赤松には両翼の千五百ずつの兵は知られていると?」

「当たり前だ。この国の国主が出張ってきてんだ、噂だけでも同じ手が三度も通用する相手じゃないってのは分かる。だからこそ攻め方を変えるんだよ」


懐に手を入れ、取り出されたその指先には王将が握られていた。その王将を、螺鈿城へと静かに向ける。


「偽装攻撃で敵の軍隊を引き摺り出す」

「………乗ってきますか?」

「乗らざるを得ないんだよ。城を二つ落としたとはいえ、まだまだ油は残ってる―――出てこないなら、そのまま城下街ごと燃やしちまえばいい。ま、それを嫌がってすぐに迎撃に兵を出すだろう、なにせ螺鈿城は天唯南部を睨む最も大きな城だからな。ここまで落としてきた小さな山城とは規模が違う。だからこそ、僕たちはその守備隊を本隊を用いて急襲する。それを数度繰り返して、敵兵を削っていく」

「城下街から一気に兵を出し、私たちを蹂躙する可能性は?」

「ふん、有り得るもんか。螺鈿城を護る掘そのものがその選択を潰してんだよ。堀を渡ることが出来る兵数は限られてる。城の中から放出される兵の数はどれだけ足掻いても一定以上にはならない。本隊五千の兵で入り口を睨んどけば、何の理由もなしに兵を放出するなんて愚策は取らない」


橋を渡る事の出来る兵数は限られている、成程。それは納得できる話でもあった。

守りに硬いという事は、逆に言えば攻めるには難しい。城というものは籠るためのものであるが故に、外から内、即ち攻め側が難解だと感じる点は内から外に向かう場合にも同じように難点として浮かび上がる。

霧墨の言う通り、一気に内に溜めた兵を城下街の外へと放出することは、ただただリスクの伴う行為であるということか。


「………しかし」


それならば、なぜ赤松彰吾は兵数の差を生かさず、わざわざ城下街の中に兵を押し込んだのだろうか。

陣を敷く暇が無かったとしても、多少の犠牲を容認すれば私たちを敗軍に押し込むことは出来たはずだ。

………夕影という存在を恐れたのか?或いは霧墨を?確かに、平野であっても彼女と彼がいれば、有利な状況であったとしても、時の運で致命的な損耗に押し込まれてしまう可能性は、決してゼロではない。

霧墨の横顔を見る。彼ら軍師は、私のような山師ではない。時の運やダイスの出目と呼ばれるものを、最も嫌う存在だろう。

恐らくは赤松彰吾という人間も、そうであると考えていい。

ならば、何かあるのではないか。敢えて城下街に引きこもることで得られる利が、その見えない益が、あるのではないか?


「………駄目ですね」


所詮私の頭では、その益を見抜くことは出来ない。

左腕で額を何度か叩くと、首を振った。

螺鈿城が近づき、陣が敷かれだす。両翼の軍に伝えるために霧墨が手配した伝令がやってきて、私の顔を見て少しだけ嫌そうな表情を浮かべた。

誰もがそうだ。六櫻の兵は当然として、三肢と目を失った私はどこからどう見ても醜く映るらしく、私を始めてみた兵のその殆どが、まず驚きと共に嫌そうな顔を浮かべる。

まあ、それ以前に本来の意味での故郷を隼波木と須璃から奪ったのが私である以上、どれだけ貨幣や専業兵士への褒章の増加などを行っても、一塊の憎しみは絶対に腹の底に残る。それもあっての、その表情なのだろうとは思っていた。

実は意外と、私の容貌は知られておらず、ただ無能であるという事と髪の色や目の色の様な分かりやすい情報だけが出回っていることが一々出会う相手から驚かれる理由なのだが、これは霧墨の情報操作の賜物であろう。


―――六櫻の古参の兵に関しては、そもそもとして嫌われていますが。


いや。六櫻に関しては兵だけではなく民からも非常に嫌われている。嫌われ具合で言えば隼波木と須璃の民など比にも出来ないほどだろう。そんな事を想いつつ、私は走り出す伝令の背中から視線を外した。

さて。霧墨の言が正しいのであれば、夜明けを待たずにして戦の天秤は大きく傾くはずだ。





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