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赤松彰吾




赤松の国、その首都に当たる都市、絡停。龍の口にほど近い位置に築かれたその都市には、赤松の国の国主たる赤松彰吾の暮らす館である松貴邸(しょうきてい)が存在する。

幾つもの要塞に守られ、劫崩連峰の唯一の入り口である龍の口を抑える赤松の国の、その中心部。

多くの兵と人、そして商人が行き来するその都市に早馬が駆け込んできたのは、六櫻の国が岩槻城を落としてから十日ほどたった頃合いだった。

これは決して早馬が遅かったという訳ではない。寧ろ彼はよくやった方だろう、幾つもの馬を潰しながら、そして自身の空腹やのどの渇きすらも耐え忍んで到着した時、彼は既に息も絶え絶えだった。


「お館様に………ッ!六櫻が、あの国が岩槻城を落としました!更にはそのまま次の奉津城(ぶしんじょう)も落とし、変わらぬ勢力のままこの絡停へと向かっております!!」


―――伝令が到着したのは、草木も眠ると称される丑三つ時だった。

この時代の人間の生活リズムは朝早く起き、日の沈みに合わせて一日を終えるというもの。それは侍であろうと変わらない。

国主である赤松彰吾もまた、同じようなものであったが、その伝令の声を聴いた彼は即座に、その服どころか刀の一つすら持たずに伝令の前に辿り着く。


「………それは本当ですか?」

「は、は………!次は隼波木方面にある第三の城に向かうものと………絡停に駆けつつ、途中で国衆や地侍に声をかけましたが、果たしてどうか………ごほっ?!」

「彼に一杯の水と粥を。ゆっくりと養生させなさい………ご苦労でした。さて、第三の城となると―――ふむ。攻め込む六櫻から一番近いのは螺鈿城ですか」


遅れてやってきた年若い小姓が、上着と刀を手にして怒鳴る。


「お館様?!せめて私を同伴してから館の外に出てください!何かあったらどうするつもりですか?!」

「はは、すまないね。だが私が聞くべき話しだった。六櫻が攻め込んできたそうだ」

「………あの六櫻が?華樂様が、ですか?」

「おや。お前は知らないのか?華樂は死んだよ。大分前にね」

「えっ?!じゃ、じゃあ今の国主はいったい………」

「………お前は文字を読まないのか?常日頃から言っているだろう、情報は力だと。読めないわけではないのだから情報を得る努力をしなさい。今の六櫻の国主は華樂の娘だそうだ。確か名前は華燐、だったかな」


小姓から渡された刀を佩き、上着を肩に掛ける。

長い黒髪が冬が明けたばかりの、まだ冷たい風によって揺れた。


「懐かしいな。華樂が薬を求めて私の元に単身乗り込んできたのはもう十年以上前の事か。反魂香―――見つかるはずのない幻の秘薬だが、あいつのことだ。どうにかして手に入れたのだろう」

「坊様をして実質死んでいるようなものだっていう娘さんが健康になったって言うんですから、確かに見つけたんでしょうね。でも、そんな娘さんが華樂様が死んだ途端に戦争を始めるとは」


頬を人差し指で掻く小姓が溜息を吐く。


「中に入っていたのはとんでもない悪人だったってことですかねぇ。それも、赤松に喧嘩を売るとは随分と愚かな」

「そうでもない。噂に聞く限り、色々と革新的な事をしているようだからね。元の六櫻家とは不仲だそうだが、それもどこまで事実なのやら。そして、お前が愚かと呼んだ六櫻の娘は、この赤松の国の城を二つも落としている。それは注視すべきことだ」

「………麒麟児のおかげじゃないですか?夕影だっているわけですし」

「ふむ。一理あるね。けれど、その二人は従えているという事だ。夕影はともかくとしても霧墨の方は華樂にしか従わないという印象があったが、どう転んだのか」


細長い手が頤に置かれる。

………赤松彰吾。年齢不詳の美貌の男。切れ長の瞳が、そっと月光へと流された。


「かつて、たった五歳の時にあの神瀬の国の軍師に将棋で勝ち、そして軍議で圧倒したという麒麟児。とうとう彼が戦国の世に出てくるのか」


厄介だというふうに首を振ると、刀の上に手を置きながら館の中へと戻ろうとする。それを見た小姓が慌ててその背中を追った。

松貴邸の中は伝令の来訪で騒がしくなり、急いで灯りが焚かれて人々が行き交う。

赤松彰吾は自室へと戻らず、館の中の一室に胡坐をかいて座ると、炭と筆を取り出した。近くを歩く女中に和紙を頼み、受け取るとそれを机の上に置く。


「お館様?何をするつもりです?文でも書くんですか?」

「まあ、そうだね。大事な事さ、伝令を呼んできてくれるかい?二人ほどいれば十分だろう」

「………私以外に行かせてくださいって。一応お館様の護衛なんですからね?」


ブツブツと言いながらも伝令を呼びに行く小姓に小さく笑うと、炭を着けた筆をさらさらと動かす。


「兵は神速を貴ぶ。軍師と呼ばれるものならば誰しもが思い、そして実行することだろう。麒麟児霧墨、そして六櫻華燐。やってくれたね」


隼波木方面に置いていた兵の数は決して多くはない。けれど城が二つも落とされれば、城を任せるに足る城代が二人死に、城を守ろうとした兵や国衆、地侍達が命を落としたという事になる。

此処まで情報を伝えた兵が報告して回ったため、多少の兵があつまり、防衛にあたっているだろうが、長くは持たないだろう。所詮は寄せ集めでしかなく、またその程度の敵の増員を霧墨が想定していない筈もない。

無理に兵をかき集め、進軍を止めようとしたところで意味がない。やはり事を起こすのであれば螺鈿城で行うのが最も効果的だろう。

そのように算段を弾き、柔らかい口調で周囲の人間に指示を飛ばしていく―――柔らかくとも、誰もが従わざるを得ない声だった。




………赤松彰吾。彼はこの天唯という戦国乱世の時代に於いて、間違いなくカリスマ性を有する名君であった。




「お館様!私たちを呼ばれになったと」

「ああ。よく来てくれた。ちょうど乾いたかな、うん………いいね。ではこれを持って、一走りしてくれるかな?馬を潰しても構わない」

「は、はぁ?良く分かりませんが、分かりました!」

「うん。いい返事だ。目的地は―――」


文を手にした伝令が駆けていくのを見守ると、小姓が半眼で自らの主君を眺める。


「なぁに悪だくみしてるんです?」

「ふふ、失敬な事を言わないでくれ。この国を守るための方策さ。さて、お前も戦の準備を。私たちも出るぞ」

「え、お館様自身が出るんですか?!血気盛んな奴らは多いんですから任せとけばいいじゃないですか」

「そう単純にもならなさそうな気がしてね」

「………勘ですか?」

「そうとも。勘さ」


その言葉を聞いて大きく、とても大きく溜息を吐いた小姓が、からりと笑う。


「じゃ、しょうがないですね。お供しますよ」


この日、赤松の国の首都絡停にて対六櫻の討滅軍が編制され、櫻松戦争の本格的な始まりとなった。

赤松の国が集めた軍勢は凡そ一万五千に登った。六櫻の軍勢八千の倍近い数であり、それは本来背後を………本来ならば前方を警戒し置いておくはずの、龍の口を守る兵をすら一部動員したものであったという。

数人の一騎当千を従え、赤松彰吾が六櫻との戦いへと向かう。ここより、戦は大きく動きだす。






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