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内政フェイズ4




***




溜息と共に吐く息は真っ白だ。

一瞬だけ宙に停滞して、それは灰色の雲が覆う空へと昇って行って、溶けて消える。


「姫様、お疲れになられましたかな?」

「いいえ」


前を行く宝治が振り返ってそう尋ねるが、私は首を横に振って歩を進める。

義足と地面が衝突する軽い音が響いていた。


「冬の明けまであとひと月と言ったところでしょうか。徐々に気温が高くなっているようです。人の往来も増えてきているようですね。いやはや、まさか間に合うとは思いませんでした」

「………間に合わせたのです。これからのために、街道の整備は必須の事業ですから」


そう言いながら立ち止まったのは、隼波木の城下街、その入り口。私たちの前には綺麗に整備された街道が広がっていた。

六櫻、須璃、隼波木の三国を結ぶ巨大な街道。国庫を空にする勢いで放り投げた金によって用立てた人力によって、まずは国内だけではあるが、三国に跨る立派な街道が完成した。

―――隼波木は特に、冬本番であっても暖かい日が多く、作業の手が止まらなかったというのが大きいだろうか。この土地を中心にして六櫻、そして須璃までそれぞれの道で素早く移動できるように道が整備され、野盗の類に荒らされないように駐在させている戦力も用意した。

警ら隊という者共だが、これらも武官として取り立てた者たちから起用している。戦には放り込めない練度のものどもだが、野盗を抑えるには十分だ。

今では白鬼衆に属している珠のような猛者が居ない限りは。


「天唯南西部から人や商人が既に隼波木に出入りを始めているようです。ただ、その商人や移民の流入によって治安の悪化も進んでいるようで」

「どうするかはお前に任せます」

「かしこまりました。既に私の判断で警備の増強や関所の警戒強化を行っていますが、それでよろしいですか?」

「………ええ」


天唯は大陸国家だ。日本のように海を跨ぎ、人の移動を不可能にするということは出来ず、このように金の気配を感じれば人が訪れる。

天唯周辺の立地を考えるに、かつてローマを滅ぼした民族大移動の様なことは起こらないだろう。フン族の様な巨大な一団は今のところ誕生していない。まあ、かといって蛮族の侵入がないかと言えばそうではないのだが。西や北では蛮族との小競り合いは頻発している。

まあそれはさておき。街道の整備がひと段落したところで、現在の六櫻の国の状況を説明しておくべきかと思う。

この場合の六櫻の国とは、三国を飲み干した六櫻という意味だ。

まず一つ。こうして視察に来たように、冬の明け前に街道という公共事業にひと段落が付き、その街道を使って幾つかの国から人が訪れるようになったという事。

大体の場合は商人だが、中には浪人といった戦力になるものも存在している。霧墨に餞別させて使えそうなものは軍属として取り立てるように指示を出しているため、少しずつ軍備増強が進んでいるのは計算外の朗報だった。

そして二つ。三国に跨って行っている貨幣制度の浸透についても、想像以上に早く、そしてうまく進んでいた。

これには税の軽減などが響いているように感じるが、それ以外にも大きな理由が存在していた。


「………あの商人は随分な尻軽のようですね」


藍染家の小夜。数か月前に私にお目通りを願ったあの商人は、既にこの隼波木の土地に藍染家の分家を興していた。

早馬で篠田の国へと戻った小夜はすぐ様交渉や準備を取りまとめ、真冬の訪れの前に隼波木に再びやってきたのだ。


”「必ずしもわたくしを重用してくださると思っていますわ、華燐様♪」”


猫のように目を細めるあの商人の笑み。信用できるかどうかで言えば全くの否であるが、少しでも多くの商人が必要であったことは事実であり、そしてあの小夜という女はある意味、私の共犯者となりえる存在であった。

かつて言ったように、お互いを利用しあう関係という訳だ。

因みに、あれは目ざといことに公共事業の街道整備に一枚噛んでおり、物資や人員の手配によってしっかりと儲けを得ている。次年度からは商人に対する税を少しばかり厳しくしてやろうかとも思いつつ、その儲けをうまく使い、この隼波木において振興ながらも既に大きな商家として名を挙げつつあった。

………実にあれは利用できる。故に、あの小夜には今度六櫻華燐の名で商家として新しい名を与え、更なる役割を課そうと思っているが、それの本格的な始動は赤松を滅ぼして後の事だ。

私が現在抱いている構想の半分は、あの国を落とさなければ成り立たないものである。

余談であるが小夜はやはり神瀬の国と繋がっており、情報を魔王の元へと提供したらしい。だが、その情報は少しばかり歪められており、私が今この国で行っている効率的なシステムに至るにはやや時間がかかるようになっていた。

至れないわけではなく、至るのに時間がかかる。まるで伝言ゲームのように、伝えている最中の情報の欠如としか考えられない改変。それを、あの女は意図的に行ったのだろう。

それは小さくとも確実な、神瀬の国―――そして、故郷である篠田の国との決別である。暖簾分けとは言うが、実質あの商人は単身でこの国に乗り込んできたのだ。そればかりは、感嘆するべきだろう。


「宝治、街道の方はもう十分です。海の方は?」

「そちらは今しばらく。けれど、赤松を滅ぼす頃には必ずや」

「………なら良い」


塩田の整備と港の開港。

これらは海を持つ六櫻と隼波木の双方に命じていた指示であるが、六櫻の方の港は隼波木のそれに比べるとやや小さく、代わりに要塞的な役割を持っていた。

一応は、この六櫻という名の本拠本城である。守りは固めたいという欲がある………その欲を出しているのは私ではなく、六櫻の古い人間どもであるが。

まあいい。最低限港があれば何とでもなる。


「赤松攻めの準備は?」

「霧墨様、夕影様の命によって秘密裏に。とはいっても、間諜からの報告を聞くに、赤松はまさか六櫻が赤松攻めを行うなどとは考えてもいないようですが」

「そうでしょうね。彼の国とは国力が違うのですから」


三国を飲み干したといえど、所詮は小国三つ分程度の力しかないのが六櫻という国家だ。

天唯中央部に近く、そして天唯中央と天唯南部を結ぶ要衝に国土を持つ赤松という国はその国土も人の数も往来も、天唯の南東部の小国の寄せ集めである六櫻よりはるかに上である。

そも、天唯の中央と南部には劫崩(こうほう)連峰と呼ばれる巨大な山脈が陣取っている。その山脈の切れ目が赤松の国が存在する”龍の口”と呼ばれる場所であり、そこを通らない場合、天唯の東側か西側からの大回りのルートを強制されることとなる。

この巨大な山脈を登ることはまず不可能であり、大軍の進行なども食い止めるまさに自然の要塞。天唯南部の小国連合が中央からの軍勢の物量で押しつぶされなかったのは、この山脈があるからであり………そして、ずっと貧しいままであるのは、人や物資の往来を堰き止めるこの山脈のせいである。

ただし、赤松という国だけは話が違う。その通り道で関税を得るだけで、ある程度の儲けが確保できるのだから。

通行税―――即ち、金。そうとも。赤松の国は金によって豊かになった国なのである。


「かといって、貨幣が浸透している訳ではありませんが」


天唯の凡その国は物々交換が主流で、米でのやり取りが主。この大原則は赤松やその赤松の国との取引がある周辺の国家も同じこと。だが、天唯南部と中央からの大動脈を確保できれば、貨幣の浸透も金の流れも、一気に手の中に転がり込んでくる。

隼波木攻めの目的の一つは、国土の一部が赤松に接しているという事。戦の準備が行えつつも、けれど所詮は小国であるから赤松からは警戒対象にはならないという事。

あの国の目線は基本的に南部の有象無象ではなく、中央からやってくる東西北の大国に向いている。

愚か者め。その慢心を背後から食い破ってやる………この世を地獄で満たすために。


「冬の明けまでには、戦の準備は確実に整います」

「結構。では、宝治。いよいよこの土地の名代としてお前にすべてを任せます。私を失望させないでください」

「かしこまりました。はは、いやしかし………これ以上あなたは人間に失望しないでしょう。そうなれば、期待させる方が難しそうですな」

「私は人間相手に期待などしませんよ」

「………でしょうな。しかし、期待を向けさせてみせましょうとも。まずはこの隼波木を六櫻連合一の経済圏にしてみましょう」


宝治が言った六櫻連合という言葉は、少しばかりしっくりと来た。

赤松を滅ぼせばなるほど、確かに連合を名乗ってもおかしくはないのかもしれない。

ふ、と息を吐いて、空に上って行く白い息を眺める。目を細めて、私は呟いた。


「では、参りましょう。次の戦へと」





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