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内政フェイズ3 






***




「お初にお目にかかります………わたくし、篠田の国よりやって参りました、藍染家にて商いを致しております、小夜(さよ)という者でございます。ふふ、まさか六櫻の姫様に直接挨拶できるとは思いもよりませんでしたわ」


肩までの黒髪に、兎を模した耳飾り。やや紫がかった瞳をにこやかに曲げつつも、見定めるように私を見つめるのは、小夜という商人であった。

まあ、こういうことが起こるであろうことは予見していた。隼波木残党討滅時に、私たちの側に付く国衆がこびへつらってきた時と同じだ。

だがこちらの方が、余程大事であるのは明白だろう。口を開こうとする宝治を手で制し、商人に言葉の続きを促した。


「わたくしの考えが間違いでなければ、それだけ外から訪れる商人が大事であり、そしてわたくしが大事であると………そう判断してもよろしいのでしょうか?」


両手を地面につける礼を取りながらも質問を重ねる小夜という商人は、本人も言った通り、篠田という国からやってきたという。

篠田、これもまた天唯の南部に属する小国だ。軍事力という点では須璃の足下にすら及ばないが、篠田は彼の魔王が治める神瀬の国近くに領土を持っており、そこから商売に関する技術を貪欲に吸収している国家であると記憶している。

―――実質的には神瀬の国の属国として見られている。真に国主が属国であると判断しているかは別として、その偏見が篠田という国を守っている。


「………面を上げなさい。おべっかは必要ありません、ただの売り込みならお前をここまで呼んではいない」

「ならばお言葉に甘えまして。ええ、拝見した(・・・・)通り、綺麗な半面でござんすねぇ」


にこりと笑いながら小夜がそう言った。


「貨幣についての話でしょう?」

「ええ、その通りでございます。貨幣経済の確立は神瀬の国でも始まりだしている所ですが―――その技術や理念が、他国を飛び越えて六櫻に発生した。これはいったいどういう事でしょうか」


人差し指を頬に当てると、笑みで隠した感情のまま、小夜という商人が語りだす。


「篠田はええ、小国ですが大国である神瀬の国との国境に面しており、そのおこぼれをしっかりと受け止めている国家です。神瀬の国が主導している貨幣と呼ばれるものの波及にも真っ先に飛びつき、同じものを採用しました」


けれど、と彼女は続ける。


「六櫻の姫様、華燐様。あなたもご存じでしょう、天唯では年貢は殆どが米という形で収められ、蔵米として国庫に納められる。物々交換が主流の天唯においては貨幣文化の波及には時間がかかるのです。これは、彼の魔王ですら具体的な対策を立てられませんでした。まあ、最終的に時間が解決すると判断されたようですが」

「お前の疑問は、なぜ六櫻は速やかな貨幣文化の浸透が行われたか、でしょう?」

「ええ!その通りです。実に不思議な事です、いえね?商人としては決して困る事ではないのですが、ええ、ええ!しかし疑問は募るという者です。どうして、六櫻の姫が魔王の智慧を超えられましょう?」


静かに息を吐き出す。………そうとも、予見していたのだ。造幣部が出来た時から、小夜のような商人が絶対に私の元へとやってくることを。

貨幣という新しい文化が抱える問題点は先ほど小夜が言った通りだ。物々交換が主流の世界に急に貨幣という文化を持ち込んでも、殆どの場合それは拡大することは無い。米で腹は膨れるが、それに対して銅貨を食べることは出来ないのだから。

故に、貨幣を浸透させるにはいくつかの条件が必要だった。

まず一つは権力だ。貨幣を生み出し、そして法を整えるための力。造幣部を作ることはこの力によるものである。次に、材料と技術だ。これは鋳溶かすための銅であり、模造防止のための緻密な柄を刻む彫刻師である。

これらを元に貨幣を浸透させる基盤を作った上で、次に必要なのは取引の安定化と、貨幣流通の促進である。


「六櫻の一都市、須璃には造幣部があります」

「………?造幣ということは貨幣、六櫻銅貨を作っているということですね。それがどうしたのですか?」


それならば当然神瀬の国にもあると表情が訴えている。


「その造幣部で作られた貨幣を、私は流通させているだけに過ぎません。ただ、私は魔王よりも効率の良い方法を知っているだけ(・・)です」


私がこの六櫻という国の内政を纏めるために参考にしているのは知っての通り古代中国の三省六部だ。

夕影や霧墨が属する軍部に、衣笠家の双子が総括する刑部が最初に出来た。そして先日、隼波木の代官である宝治と衣笠の双子の手によって新たなる部である造幣部が生まれた。

古代中国では戸部と呼ばれていた部だが、より分かりやすく造幣部という名を与えた。これは本来戸部が持っていた地方行政を他の部に割り振る予定であるためだが、それはさておき。

ただ造幣部が出来ただけでは、大量の銅貨の山を作っただけでは、貨幣経済は浸透しない。これを浸透させるためには金と人とモノの流れを効率よく整えるための方法を知らなければならない。そして、私は先進国に住んでいた現代人であり、それ故にそのシステムを非常に深く理解していた。


「商いですよ。私たちは国を使った商売をしているだけに過ぎません」

「これはこれは、姫様………詳しいことを教えるつもりはない、と?」

「ええ。だってあなた、ここで得た知識を神瀬の国に持ち帰るつもりでしょう?」


―――篠田の国の商人、小夜。商人は忍びの者が成り済ますに相応しい身分である。

平民から成ることが出来、様々な国を行き来する。情報を手に入れるのに、これ程相応しい者もないだろう。そして、忍びとは何も必ずしも戦う力を持っている必要などないのである。

何度も言う通り、情報は力だ。利を掠めとることが出来れば、それだけで優位に立つことが出来る。

小夜は確かに、正真正銘の商人なのだろう。だが、彼女自身が持つ役割は商人だけではないと、まあそんな程度の話である。


「………」


にこり、と小夜は笑みを深めた。

そして朱の引かれた唇を開く。


「はて。何のことでしょう?」


まあ、しらを切るだろう。自分からスパイであると認めるのは馬鹿のやる事だ。

そもそもこの世界の間者は一筋縄では行かないし、そして一枚岩でもない。どう転んでも単純な話では片付かないのである。

こんなことをしているから、山師と呼ばれるのだろうと想いつつも、私は扇子を口元に置き、どう賭けるべきかを一瞬だけ考える。答えは然程逡巡もせずにすぐに出た。


「は。まあ、別に構いませんよ。お前はまだ隼波木の城下に出ていないでしょう。小難しいことを私に聞かなくとも、城下を歩けば即座に理解できる程度の事だ」

「………おや」


秘策をタダで教えてもらえるとは思わず、故に小夜は私へのお目通りを願ったのだろう。

恐らくは、交渉によって優位に立つつもりだった。私は対外的には無能とされており………これはまあ、実際に一部事実だが………無才の姫と言われている。

口八丁で私なら丸め込んだうえで秘策だけを奪えると考えた。その思考回路は、事前に私への情報を仕入れていれば、決して誤りではないが、私はそんな思考を逆手に取った。最低限の護衛を用意したい上で宝治を始めとする隼波木の代官には口を開かせなかったのは、私の独断で全てが決まり、そしてそれが大抵の場合悪い方向へと傾いていると相手に勘違いさせるためである。

だが、私の考えはその想定の全く逆である。持っていきたいのであれば、持っていけばいい。


「何の利もなく、分け与えると?」

「ええ。厳密には与えてはいませんが。勝手に学ぶのであれば、好きになさい」

「………」


小夜のにこやかな顔が引っ込み、奥から警戒する黒猫の様な表情が覗きだす。


「何を考えているのでしょう?」

「さて。まあ、学び模倣するのは人間の習性ですからね。それを止める気はありません―――ただ」


隻眼を細めて、小夜を見つめる。


「持ち帰ったところで、それを普及させるのには時間がかかるでしょう。神瀬の国は土織釈蛇によって支配される大国だが、大国故に内政に於いては何もかもが即座に動くとは限らない」


間違いなく、土織釈蛇という人間は。神瀬の国の魔王は、この天唯という国家に現れた英傑だろう。

だがそれでも、未来の知識を持ち、尚且つそれを利用できる立場にある私の方が、一歩先を行くことが出来る。大国と小国という差も、こと互いに文化の始まりというラインに立っている限り、致命的な差にはなりえない。かつて産業革命の灯が英国から吹き上がり、大国清を焼き尽くしたアヘン戦争のように。

これが明確に六櫻が出遅れていたのであれば話は別だっただろうが、貨幣文化の成立時期自体は六櫻も神瀬も、大して変わらない。

ましてや、六櫻なんて比べ物にならないほどに大量の国家を飲み干した神瀬の国となれば、国土全体に貨幣という文化を浸透させるのは、魔王の采配を以ってしても至難の業である。


「私たちはこの先も多くの国を飲み干す。そして魔王の領土とは異なり、我らは既に確立した貨幣という文化をただ与えるだけでいい。与えるための方策も、既に生まれている。同じ時期に同じやり方を試してみるが良い。最終的にその戦いに勝つのは、決して魔王ではなく―――私たちだ」

「………は。智慧の比べ合いで魔王に勝つと?あなたが?六櫻の無才姫、役立たずの毒姫が?腕も足も眼も欠けたあなたが、神瀬の国を下せるとは欠片も思えませんが」

「けれど決定的な商機はその中にある。忍びでもあり、根っからの商人であるお前には、この賭けに乗る価値が理解できているでしょう」


まさに、ハイリスクハイリターン。

篠田の国の商人の裏の顔は神瀬の国のスパイだ。多少、いい想いが出来てはいるのだろうが、それでも小国の下っ端の情報源として一生を使い潰されるのが関の山だろう。


「おや、おやおや。まさか六櫻の姫様、わたくしを裏切らせようと?」

「裏切り?祖国にもその上にも、そこまでの忠誠を持っている様には見えませんね。お前が信じているのは金だけでしょう」

「まあなんて失礼なこと!けれど、その通りです」


笑みを、いや。()を被り直した小夜が私を見つめた。


「では、一度情報を整理し、考えてみましょう。けれど、良いのですか?わたくしはいつ裏切るかも分からない商人ですよ?」

「お前の行動理念は単純です。即ち、金を生み出す。どこでどう裏切ろうと、お前の行動には常に金が絡む。お前が勝手に動くのであれば、こちらもそれを利用するだけです」

「………仲間、とは言えませんね?」

「私にそんなものは最初からいませんよ。利害関係の一致、それだけで十分です。ああ、とはいえ司法を破れば問答無用で牢に放り込みますので。気を付けなさい」

「肝に銘じておきましょう―――もしかしたらすぐに、この隼波木に藍染家の分家が生まれるかもしれませんねぇ」

「そうですか。この商機を無駄にしないだけの才覚があることを期待します」


そして、買い付けなど普通の商人と大名のやり取りをした後に藍染家の商人、小夜は一礼をして御殿を出ていく。このままきっと彼女は長い旅をしながら篠田の国に戻るのだろう。

場合によっては暖簾分けが行われ、この土地にも藍染家という商家が誕生するのかもしれない。


「帰してよかったのですか、姫様?」

「問題ありません。どちらにしても貨幣の浸透と新たなる部………公共事業を司る工部の始動のために、多くの商人を呼び込む必要がありましたから。その一環ですよ」

「ああ、あの街道整備などを担当する部署ですか。現在軍部に次ぐ金食い虫となっている部署ですが、国庫は持ちますか?」

「米という意味では持ちませんね。だからこその商人ですよ」

「………なるほど」


無いものはあるところから引いてくれば良い。そのためのレールが金であり、貨幣という文化、制度である。

ATMのようなものとして米と貨幣を換金する場所を作り、更には六櫻家の名を以ってその交換レート及び信頼性を担保する。

私の名前ではなく六櫻家なのは、私自身には信頼性がないためだ。六櫻家となれば、華樂が築いてきた信頼をそのまま再利用できる。

また、追加で来年度の徴税に際し、米ではなく貨幣を以って納税する者には税の軽減を行う事を流布している。実利があれば、人は飛びつくものだ。これら、一つ一つは単純な施策を国主としての立場を使って素早く制定する。それによって、六櫻領内において貨幣という文化は非常に素早く浸透を始めていた。

本格的に芽が出るのはまだ先だ。少なくとも年は跨ぐだろう。それでも、革新という言葉が相応しいのは事実である。


「尤も―――賭け事であることに変わりはありませんが」


急ぎ過ぎているのは事実なのだ。じっとしていては芽が出る前に国庫が枯れ落ち、国は斃れる。

その前に私たちは赤松の国を食べなければならない。速いところ内政を終え、戦に臨まねば。

痛む義足に手を当てつつ、私はそう考えた。





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