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内政フェイズ2



「………」


承認、承認、これまた承認。

隼波木の御殿の中。隻腕で自身の名を書き、書類を作る。利き手でないことに未だなれず、蚯蚓ののたうった様な文字が気に入らなかったが、そんなことを言っている場合ではなかった。

現在、六櫻の国は冬明けの赤松攻めに備えて様々な準備をしている。そのためには、私の承認や名前が無ければ動かせない物事も多い。………まあ、途中で隼波木領内の元領主、秋柄蓮司に連なる庶家や血族を根切りしたりといった些事もあったがそれはさておき。

例えば、冬が明ける前まで戦のための物資をこの隼波木に集めておくこととか。

比較的冬の寒さという脅威の少ないこの土地で、須璃でも行った農業方式を普及させたりだとか。

後は先も言った、塩田のための道具作り、正確には試作品の作成を行ったりだとか。`

寝る間も惜しむの言葉通り、私は文官としての仕事をひたすらにこなし続けていた。尤も、私は不眠症であるため時間を有効活用しているだけともいうのだが。


「宝治。徴兵に関してはどうなっていますか」

「須璃でも行った施策を同じように展開していますが、須璃ほどには兵の数が増えませんね。恐らくは現在、公共事業の方に人手が取られているのでしょう」

「………隼波木は人が多いとは言え、易い方に人は流れる、か」


人差し指を噛む。しばらく考え込んだのち、私は軍事費を増大させることを選択した。


「兵に与える報酬の額を増額させます。三国全体の兵にその律を適用させるので、六櫻と須璃に指令を出しておくように」

「………良いのですか?国庫に余裕があるとは思えませんが。確かに現在の六櫻は三国を飲み干し、現在の天唯南部では赤松に次ぐ大国になりつつありますが、それは国土の問題だけです」

「分かっています。けれど、背に腹は代えられないのですよ。ここで手をこまねいては結局は踏み潰される。促成栽培で生まれるのはただの雑兵とはいえ、新兵よりはましだ」


………宝治が改めてこの隼波木の代官として任命されてから半月程度。そろそろ隼波木の平定から一月が経とうとしていた。

隼波木を攻め落としたのが冬の入り、今は冬本番真っ盛りである。冬の明けまでは残り三月といった所だろう。

いや、もしかしたらそれ以上に猶予はないかもしれない。天唯南部は温暖だ、気候によっては雪の降らないままに年が明けるときもあるという。

だからこそこの選択をするのだ。税の徴収に対して生産能力が追い付いていない現在、戦のための物資や金を捻出するには国庫に手を付けるしかない。三国分の国庫があるとはいえ、須璃と隼波木の国庫は一部攻め落とした際に焼失し、その残りも支配地盤を固めるために使用している。

残るは六櫻のものだけだが―――幸いにして、最初の須璃攻めの際に、その国庫には手を付けていなかったため、赤松攻めにその物資や金を流用すれば、何とか乗り切れるだろう。


「では、そのように。それから須璃にて貨幣制度を管轄する造幣部が、本格的に動き出したようです。腕のいい彫刻師も用意され、銅を用いての鋳造が始まったとか。今まであまり使われていなかった銅鉱山も活性化し、少しばかり須璃の地域全体が活気づいたようです」

「………そうですか。鉱山に入る者には口や鼻を保護することと、ガス………不浄の空気に気を付けるように言っておきなさい」

「しかと含ませておきましょう。さて、須璃には他に銀鉱山や金鉱山もありますが、そちらは?」

「それらは貨幣にする気はありません。最終的に私たちが不利になる」


単純に金や銀を貨幣とすると、その価値そのものを欲しがった他国が希少金属を回収するために貨幣を集めてしまう。それらは結局使われること無く、鋳溶かされ、私たちの資源にもお金にもならなくなる。

信用を基に成り立つ貨幣以外に凡人である私が使いこなせるシステムは存在しない。

頭痛を抑えるために頭を叩いていると、宝治が少し微笑みながら、私の前に一枚のコインを差し出した。


「こちらがその鋳造によって生まれた最初の貨幣、六櫻銅貨となります」

「………私の横顔?」

「ええ。花で飾られた半面が、偽造を防止するための複雑な彫り物として都合がよかったようで。如何ですかな?」

「意匠についてもっと詰めておくべきでしたね。私などを使うべきではない」

「さて。それはどうでしょうか―――国主(ひめ)はまさに国の顔ですから。決して、誤りではないと想いますよ」

「………ふん」


左手でその銅貨を弾く。くるくると宙を舞ったそれを、宝治が受け取り、懐に収めた。


「では、これで良いという事で」

「既に量産を始めているものに待ったはかけられません。金の無駄です」


再び書類仕事に戻ろうとすると、御殿の戸が開かれ、無遠慮に足音がする。とはいっても、子供のそれではあるが。


「おい、華燐。兵の編制だが、侍大将の数が全然足りないぞ」

「………お前の指示だけでどうにかならないのですか」


足音の主、霧墨へと視線を向けるとそのまま適当に答える。


「なるわけあるか、阿保が。隼波木も須璃も、中間層が浅すぎる!」

「今育てている最中です」

「三か月で侍大将が育つかよ。………六櫻から出すしかない」

「軍部の頂点はお前ですから勝手になさい。けれど、あまりにも六櫻の侍を重用するのは避けた方が良いでしょうね―――さて」


未だ六櫻の古参の者は私に対して反抗的だ。最低限、霧墨の命には従うだろうが、かといってあれこれ理由を付けて反抗してくるのは眼に見えている。

須璃も隼波木も平定したばかりで、未だ私への恨みつらみは残っているだろう。確かにこの三国に富を落とすためにあれやこれやと公共事業の整備や検地、税の見直しなどを行っているが、全てが民の利に繋がる訳でもない。

国土に金を落としたとはいえ、反乱の種は蕾のまま眠っている。そこに六櫻の内部分裂を見せてしまえば、最悪赤松と戦っている最中に内側から崩壊するだろう。

削れるところは結局、私の安全しかない。


「涙助と箒をそれぞれ使いなさい。それから夕影も」

「お前の護衛は?」

「白鬼衆を使います。あれらに裏切られたらその時はその時ですよ」

「………前から思ってたけど、お前は国主でも軍師でもなく、山師だよな。ま、どうだっていいけど」


山師(ギャンブラー)とは、なるほど。言いえて妙だとは思った。

私は国を守り、血を繋ぐためにそれらをベットしているのだから、国主としては失格だ。だからこそ、山師という称号の方が適している。


「あ?つうか、夕影はどこに行ったんだ?」

「あれなら珠や他の白鬼衆に稽古をつけています」

「………ええと、夕影殿は姫様の護衛では?」


宝治が困惑したように言った。


「近くに置かなくても良いので?」

「あれなら私に危害が加えられそうになったら一瞬でここまでやってきますよ。試してみますか?」

「………遠慮しておきます。この天唯で名高い天狗の動きなど、見るだけでも心臓に悪そうだ」

「は。確かに、そうでしょうね―――さて、仕事に戻るとしましょう。宝治、この法案を優先して通すように」

「かしこまりました」


サインしたばかりの書類、頑丈な和紙を渡す。それに目を通した宝治が頷き、改めて隼波木の代官としての権限を以って律として発する。

この法案は同じものを六櫻でも出している。あちらは採決はすべて私が行うため、こちらよりはスムーズだが、それ以外の動きが緩慢だ。故に、隼波木を攻め落とす前に既に命令を出しておいた。

きっと、隼波木で成果が出るのと同じくらいの時期に出来上がるだろう。


「山師、か。船に株を乗せればよりらしいでしょうが、そこまで近代にするつもりはありませんね」

「はて?何かおっしゃいましたか、姫様」

「いいえ。なにも」


………六櫻も隼波木も、その海は冬であっても凍らない。使わねば損というものだろう。

儲けが出るのはもう少し先だろうが、今のうちに準備は済ませておかなければ、利益を最大化できない。

もう少しだけ、内政は続く。







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