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内政フェイズ1


隼波木残党との戦いは、終わりを告げる。

一騎当千である竜水の死を皮切りとして一気に瓦解した隼波木残党は、六櫻の兵によってその大多数が刈り取られ、最終的に我々六櫻の手に堕ちたというわけである。


「とはいえ、面倒なのはここからですが」


………君臨すれども統治せず、とは行かないのがこの世界だ。征服し、君臨したのであれば私たちは彼の国を支配する義務がある。

故に私は隼波木城の跡地に臨時に置いた臨時の御殿の中で、色々と指示を飛ばしている訳である。

だが、隼波木残党の退治はある意味では私たちにとって有利に働いた。

彼らの行動は民の意義や意思を無視したものであり、その侵攻によって害を被った民も多い。そういった心理をうまく利用すれば、隼波木という土地をより効率よく掌握することは可能であった。

とはいえ、だ。民の統治は簡単なものではない。特に、人員の少ない現状においては特に。


「私が隼波木の城の残骸に留まらねばならないとは、不愉快な事ですね」

「征服した証として、姫様の姿を晒すことは必須かと思われます」

「………ええ。分かっています」


夕影に言われずともそんなことは理解している。

六櫻は―――即ち、六櫻華燐は隼波木という国を征服した。ならば民に対してその証として姿を見せなければ示しが付かない訳だ。

例え城が燃え落ち、そして火を放った隼波木の城下に住まう人々に憎まれていても、だ。

………まあ、実際は民に憎まれているかどうかなど関係ないのだが。結局は人民とは愚かなもので、自身の生活さえ保証されるのであれば征服者が国主を務めていてもなんら疑問を抱かないものだ。

私はその事実を、須璃という国で既に理解している。

故に私は、須璃より人員を呼び寄せ、この隼波木という土地を支配するための方策を敷いた。

どうせこの隼波木を攻め落とした後は暫く、侵攻は出来ないのだ。本当に本格的な冬が訪れれば、他国への侵略戦争など出来る訳がないのだから、当然私は内政の充実を行うこととなる。

六櫻の国の内政に関しては私がどうにかできる余地はない。あれは華樂が敷いた律令によって調和がとられ、私が介在する余地はないためだ。

だが、須璃や隼波木に関しては話が変わる。ある程度は私の自由のままに法を敷き、そして実験が出来る。幸運なことに、先に須璃に置いた衣笠の双子は、よく働いている様である。

その証拠が、今私の前に姿を現していた。


「衣笠様より送られました、試験的に隼波木の代官を務めさせていただきます、宝治(ほうじ)と申すものであります」

「………隼波木残党の退治より七日、随分と速い到着ですね」

「須璃を短い間にて立て直した六櫻の姫の勅命とあれば、早馬で駆けなければ申し訳が立たないというものでありましょう」

「無駄なおべっかは結構です。衣笠の双子がお前を見出したという事は、代官としての役割を与えるに相応しいという事ですが―――お前、元は何をしていたのですか?」


代官。それはつまるところ御代官様と言われる、幕府や朝廷の役人である。

今の六櫻の状況においては文官職に相当し、戦事を管理する城代に変わって税や律令を司る存在の大本という訳だ。当然、平時において城下への影響が大きいのは城代ではなく代官である。

これが城ではなく国衆が自治する集落などにおいては郡代と呼ばれるものが配置され、税を徴収するという訳だ。私が敷いた法律によって、この郡代もまた文官の職の一つとされ、現在三国が併合された六櫻の国の律令は大きな変化を迎えている。


「商家の若様に対しての教育を」

「………元は商家の次男坊か、或いは神職かと言ったところですか」

「流石聡いですな、六櫻姫。前者が私です」


静かに口を笑みの形にする宝治。

少しばかり白髪の混じった髪を撫でつけたその男は、見目にすればいい味のする男という様相だろう。

そも、商家の次男坊となればようはスペアであり、高度な教育を施されつつも商家に縛られない存在ともいえる。

それはメインである長男に何かしらの変事がなければという注釈が付くが、少なくともこの宝治という男の家は順風満帆に推移し、そして見事彼は自由の身を手に入れたという訳である。


「それはそれは、こうして抜擢されたことは随分と不幸(・・)でしたね」

「いいえ。そうでもありません。若き才能に触れることは、どれだけ年を取ろうとも素晴らしき事ですからね」

「………霧墨や夕影に言いなさい。私が才能を持たないことは、あなたなら分かるでしょう」

「はて。そうでしょうか」


宝治が笑みを深める。私はそれを見て、少しばかり眉を歪ませた。


「隼波木の統治を始めて後、華燐様はすぐに隼波木の民に命を出しました。今まで最低限でしかなかった塩田の拡張と、そして六櫻と須璃を結ぶ街道の拡張ですね」

「誰もがやる事だとは思いますが」

「此処まで税を投じて行うのは珍しい例でしょう―――国家事業として塩田の拡張と街道整備を行い、そして塩田に関しては全くもって新しい方策を敷いている。これは、国内の雇用を確保しつつ、六櫻という国家全体の利益を底上げするものだ」


………ああ、本当に聡い人間というのは腹立たしい。私は口をわずかに歪ませた。


「治水、街道、そして国が推し進める事業………それらに人を廻し、労働させる。それは国家の金をまわし、そして商人を呼び込む。新しい金を生み出し、より国を富ませるという訳ですね。私は六櫻の姫は殆ど寝てばかりの愚昧な姫だと聞いていましたが―――どうやら、その評価を覆す必要があるようだ」

「は、まさか。ただの素人の付け焼刃ですよ」

「例え素人でも、このような発想を最初にするという時点で、その才覚は東の魔王にも匹敵する。………他にも、何か考えていることがあるようですね?」


衣笠の双子め、仕事をし過ぎだ。どこからこんな人間を掘り出してきた。

苦虫を噛み潰す表情を隠しつつ、私は発するべき言葉を考えた。

………衣笠の双子から送られてきたこの宝治という人間は、非常に聡い。戦を仕切る城代は兎も角としても、隼波木という土地を経済的に差配させるには十分な才があるだろう。

ならば、彼は味方に引き込んだ方が良い。元は須璃出身だということも、決して悪い方向には働かない筈だ。

ここからはある程度、ギャンブルの要素が発生する。迷うな、掛けるときは勢いよくやらなければ。


「現在、六櫻でも須璃でも、そして隼波木でも物々交換が商売の基本です。しかし私は貨幣制度を浸透させたいと思っています」


私の言葉に、宝治が感嘆したように息を吐いた。恐らくは、見せかけだろう。事実、眼は鋭く私を見つめていた。


「ほう?それはまた………」

「主な材料である銅は須璃の鉱山から掘りだします。その鉱脈の採取や鋳造業で雇用を稼ぐことも出来ますし、死んでいた金属資源を活用できる」

「偽造防止は?」

「衣笠の双子に既に指示を出しています。六櫻、須璃、隼波木を問わず、優れた彫刻家を探し出せ、と」

「………鋳造ですか」

「ええ。非常に精度の高い鋳型を用意し、それで貨幣を製造します。偽造を防止しつつ、少なくとも、六櫻と須璃、隼波木においては信用によって価値を保証されるこの貨幣が基準となる」

「成程、時間はかかるでしょうが、このまま連戦連勝を続けるのであれば、六櫻の貨幣は確実に天唯において絶対的な貨幣となりうる―――魔王も似た政策をしているのだけが、気になりますが」


神瀬の国、土織家。あの当主は、一体どのような頭脳をしているのか。

転生者ではないかと疑うほどの才角だが、日本においても織田信長が似たようなことをしていたため、有り得ない話ではないのだ。

本物の天才というものは実に、人の手に余るものである。

塩田においては現代の知識を利用し、流下式枝条架式塩田というものを行おうとしているが、それに必須ともいえるポンプの作成に苦心している。ある程度の構造を伝え、そこから眼が出るのを待ちつつ、今は主に塩田の開拓、拡張を民たちに行わせている状況だ。

代償は決して安くない。国庫に収められている米を報酬として配布したり、税を免除したりと、実らなければやがて真綿で首を締めるように、私たちを苦しめるだろう。けれど、賭けだとしても私たちは塩田の拡張や街道整備を行わなければならないのだ。

―――未来を掴むために。言い換えれば、莫大な鐘を得るために。

宝治が一瞬目を瞑り、口を開く。


「須璃に貨幣を作るための部を置いてください」

「………何故に?」

「あなたの指示で須璃の代官となった衣笠の双子は、元々が須璃出身の私から見ても十分に信頼できる存在だ。そして、銅の採集から貨幣の製造をまでを一挙に行うのであれば、採取地である須璃に職人を置き、製造に移らせた方が効率が良い。………あとは」

「あとは?」

「故郷が、廃れていくのは悲しいものです。国家の造営に必須な部を置くことで、須璃はこの先も六櫻という国で生き続ける―――私も、愛国精神というものがあるのですよ、毒姫様」

「は………。なるほど。いいでしょう、好きになさい」


文官職に属する造幣部。それを須璃に置くという判断は、私としても拒否するような余地はない。

輸送コストは削らなければ。ただ、それだけの事ではあるが、須璃出身の商人である宝治と私の利害が一致したという訳である。


これらの会話によって、宝治と呼ばれる代官が隼波木に配置され、また貨幣制度を推し進めるために須璃には新たな部である造幣部が設立、やがて天唯全土に行き渡る貨幣、六櫻幣を生み出す事となる。

だが、まだ内政フェイズは終わらない。まだまだ、冬が明けるまでにはやることがあるのだ。





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