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残党退治、一騎当千 着



―――戦場における嵐。戦いの中心であり、常人では立ち入れない領域。一騎当千とは、まさに戦を乱す大嵐なのだ。

だが、嵐の大きさにも大小というものが存在するのは、れっきとした事実である。

下駄によって踏み抜かれた大地の欠片が飛び上がる。それが地面へと落ちる前に、私の速度は一瞬で最高潮にまで引き上げられる。

薄目を開く。私へと投擲された鉄球の手元には太い崑が握られており、その鉄球による投擲と崑による打撃が竜水の攻撃の主な手段であると推測できた。

戦い方としては鎖鎌に近い。分銅と鎌という訳だ。ならば、私にとって対処は非常に簡単な事であった。


「………ッチ、速い!!」

「いいえ」


一騎当千同士の戦い。それは、一般人では立ち入ることのできない格上の戦いだ。

だが、只人にとっては格上であったとしても、一騎当千と呼ばれる者同士であっても。必ず、力量差というものは存在する。嵐の大小とは、即ちそういう事だ。

三手。たった、三手でこの戦いは決着がついた。

身体を捻じり、薄皮一枚の間を空けて鉄球と鎖の横を通り過ぎると、まず一太刀―――鉄球と崑を繋ぐ鎖を、刀を持って断ち切る。

派手な音を響かせ、竜水の鉄球は遥か後方へと飛翔していった。これで、一手だ。

鎖が切られたことに反応して、竜水が左手に握っていた鎖を手放し、両手で崑を構える。その瞬間に、私は切り裂いた鎖を手で掴み、こちらの方へと思いっきり引っ張った。


「な、にッ?!!」


大柄な竜水が握った崑ごと、私の方へと向かう。崑を手放していればまだもう数秒だけ、命は続いたろうが、彼は武器を手放すことをしなかった。これで、二手目。

………天狗の子と呼ばれるようなものでなければ、空中で身を捻ったり、態勢を整えての迎撃、或いは移動など出来はしない。大地からその両足が離れた時点で、彼の結末は定まっていた。やや身体を低くし、刀をしっかりと構える。

小声でも聞こえるほどの距離に竜水の身体が近づいたころ合いで、私は一言呟き、そして下から掬い上げる様に刀を思いっきり薙いだ。


「あなたが、遅いのですよ」


退屈すぎるほどに、あなたは遅い。三手目の両断を持って、竜水と呼ばれた男はその崑と、崑を握っている腕ごと上半身を切り落とされた。

交錯の最中に両断された胴体から血が噴き出し、地面に死体が転がる。

目に血の飛沫が入らないように腕で作っていた庇を下げ、刀に付着した血を払う。首級(しるし)を無造作につかむと、苦し紛れに私の方へと射られた矢を弾く。


「………髪がないから掴みにくい」


禿頭はこれだから、と内心で苦虫をかみつぶしつつ、私はその周囲の兵をまとめて処理することに決めた。

六櫻の新兵に比べれば、竜水が率いてきた隼波木の兵の方がまだ練度が高い。如何に霧墨の指揮の下とは言え、そろそろ六櫻の兵にも損害が出始めた頃だろう。乱戦となれば、どんなに優秀な軍師が居たとしても必ず死者は生まれる。

そして、背後を取られぬようにと横に広く敷かれた六櫻側の陣地は、前線と姫様の構える本陣までの距離が、皆が思っている以上に短いのだ。如何に馬廻衆を近くに置いているとはいっても、安心はできなかった。

背後、本陣の方を振り向く。血に濡れた紬と髪が風に靡く。響く銅鑼の音は、六櫻と隼波木が衝突している後方の混乱を示していた。

刀を鞘に納めると、駆ける。その後に、残るものは血風だけだった。






***





「………」

「いやはや、兵の練度の低さというものはこうも顕著に表れますか。六櫻の兵を出しますかな、霧墨」

「ッチ、流石に弱すぎる。これだから歩ってのは使いにくいんだ」

「金将と銀将だけの盤面は攻める側からすれば理想でしょうが、私の様な香車からすれば詰まらぬものです。それに、まさにないものねだりというものでしょうぞ」


現在の六櫻と隼波木残党の戦いは、六櫻側がやや劣勢という状況であった。注釈を入れるとすれば、決して敗走というほどではないということだ。

劣勢の原因は兵の数による有利不利というような物ではなく、単純な兵の練度の差であった。本当に小さな局面の一つ一つで、部隊が、組が、敗れている。怪我を負い戦線離脱しているものから、討ち死にしたものまでさまざまの用だ。

これは古森がその優れた視界で確かめ、霧墨に逐一報告しているため間違ってはいない。


「おい、毒姫。そろそろ六櫻の古参を使う」

「お好きに」

「………ケチ付けて来るかと思ったけど?」

「兵の数を無駄に減らすよりははるかに良い。それに、既に練度を上げるための試練は十分でしょう。この戦いが、彼らの経験となる」


これからも、新しき六櫻の兵には作り出される地獄に付き合ってもらわねばならないのだ。ここで全滅し、最初から育て直しになるよりは、地獄を知る経験豊かな兵をある程度残す方が良いだろう。

故に私は後方に控えた旧六櫻の兵の運用を、霧墨に許可した。


「ただし、新兵の援護と救援も行いなさい。見捨てることは許しません」

「………歩のために銀の駒が死ぬとしても?」

「成ればやがてと金になるでしょう。ここで死んでは、彼らに対して行った投資が無駄になる。時間という貴重な資源を彼らに割いたのですから、芽吹く前に死なれては困ります」

「うむ。では私が早馬となって各隊に伝えてまいりましょう。そのまま前線に向かってもよろしいですかな、姫様」

「よろしいわけがないでしょう。お前は私の護衛ですよ、伝達は白鬼衆に行わせます。それに、放っておいてもすぐにここも戦乱に混じる」

「その言葉、信じますぞ」


頷く涙助を半眼で見つめる古森。彼らを無視して、私は手元の鈴を鳴らした。

甲高くチリンとなる音によって顔を出したのは、白い鬼の面を被った小柄な少女、珠であった。


「呼んだな?なんだ」

「伝達任務です。霧墨」

「もう仕上がってる。おい、小鬼。これを六櫻の………こいつに古参の兵の顔、判別できるのかぁ?」

「強そうなやつに渡せばいいんだな?まかせやがれ」

「………洲鳥もいるので、大丈夫でしょう」


あれは人の顔を覚えるのが得意、というよりずる賢く、鼻が良く効くために立ち回るのが巧い。賊の長としての敬虔だろう………そんな洲鳥も共に動くのであれば、問題はない筈だ。

珠にはそのうちに教育を施さねばならないが、今はその時間もないため後回しだ。これは賊の中で育っていたために現在ではかなり残念な頭をしているが、只の馬鹿では強くはなれない。直観にせよ判別には知識を使い、そして経験という感覚は記憶から生み出される以上、その地頭は良いのだろう。

霧墨が書いた文を珠に渡す。その内容は彼女には読み取れなかったようで首を傾げていたが、後ろを振り返ると、洲鳥の姿を見つけてそちらの方へと駆けて行った。

軽く洲鳥がこちらに手をあげ、今度こそ白鬼衆が本陣を離れていく。

それと同時に、涙助が槍を構え、そして古森が矢を番える。箒が私の傍によると、刀を抜いた。


「元より竜水に預けられていた兵は赤松に備えるための精鋭だ。何人かは抜けて来るよな、そりゃ」

「やっと戦えますなぁ。さてさて、楽しめれば良いのですが」

「………おい、前に出んなよ、華燐。怪我するぞ、あとついでに霧墨も」

「出るわけないだろ、僕は非力なんだっつの」

「華燐よりは健康だろ………っと」


鋭く矢が放たれ、そして本陣に近づいていた敵兵が倒れる。涙助が本陣の天幕の裏側から槍で兵を突き殺し、箒は射掛けられる矢を刀で弾く。

この本陣へと敵兵が迫るが、大して問題はない。この程度で命が終わるのであれば、六櫻という国も私を呪う血筋も背負わされた思いも、その程度だったという事だ。多少のギャンブルはしなければならない。これから先はもっと大きな、たくさんの命を全賭けする戦いの連続となるのだ。

小さなものから、慣れていくとしよう。勝つための方策を、賭け方を、知っていくとしよう。




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