残党退治、一騎当千
実に丁寧な動きだと感じた。
教えられたとおりのことをなぞっているかのような、お手本の戦い方だ。
戦場全体の様子を肌で感じる。遠くで叫ぶ兵の声、情報の伝達の流れ………微弱ではあれど、戦の場において私は非常に高度な知覚を有する。
多くの人間が私を天狗の子と呼ぶが、実際にこと戦いに於いては私は天賦の才を持つのだろう。
「第一陣が終わった………騎馬兵がそこを突いた」
馬は貴重品だ。この事実は例え東の魔王ですら変わらない。
竜水と名乗る隼波木の残党は、赤松の国への備えとして多くの騎馬兵を持っていたのだろうが、その貴重な兵は数を過信した突撃によって地に伏した。
霧墨の手によって次々と狩られているのが、なんとなくではあるが理解できる。犠牲は最小限―――無ではないが、歩兵と騎馬兵がかち合った際に考えうる限りの最良だろう。
このような戦場で発言する独特の感覚を、華樂様は”鷹の目”と呼んでいた。
「甲冑もなしに、単騎で………ふざけやがって!」
「隼波木の武士の力を見せてやれ!!」
鷹の目は、戦場を的確に感知する。
それは、この戦場において殺すべき相手がどこに居るかも、感覚として察知できることを意味する。
刀を軽く振るうと、甲冑の隙間を的確に裂き、二つの首が飛んだ。
甲冑の上から切ってしまうことも出来るが、今手にしている武器は決して質の良いものでは無い。愛刀であればそのような選択も当たり前に取るが、ただの鍛冶師が鍛えた刀では、私の斬撃の圧に耐え切れずに折れてしまう可能性があった。
故に、普通に斬って殺す。武器は消耗品であり、そして最悪無手でも戦えるとは言えども、自ら面倒な方に進んでいく理由はないだろう。
「天狗女を殺せば戦力はかなり削れるぞ、こっちに隊を回せ!!」
「よくも、殿を………!!覚悟しろッ!!」
「ああ、羽虫が五月蠅い」
向かってくる兵を瞬時に切り裂き、射られた矢を叩き落とす。
一足飛びに駆け抜けて、目に移る殆どすべての首を撥ねながら前へと駆けていくと、やがて戦場の中に一つだけ大きな気配を感じた。
「よっと」
「ゲ、ぶ」
そちらへ向かうと、眼前に立ちふさがった雑兵の頭蓋を下駄で踏みつける。
跳ね上がりつつ剣先で縦に頭蓋を両断すると、着地地点に蠢いている複数人を一瞬で裂いた。
そして顔を上げれば、上半身裸の大男が私を睨み付けていた。
「人相と気配から察するに、あなたが隼波木残党の兵を率いている竜水ですね」
「そういう貴様は、六櫻の天狗姫か。戦の申し子とは聞いていたが、此処までとはな」
歳は決して若くはない。だが、老いてもいない。戦場ではまだまだ現役と呼べるだろう。
その大柄な体の上に載っている頭には髪がなく、手にしている武器さえなければ僧兵にも見えた。
「………何故、滅ぼした?」
「天唯は群雄割拠の世ですから」
「天唯の南方で、巨大な国が生まれたことは無い。ここは小国だけが集まった、ある意味では戦乱に巻き込まれる事の無い楽園だ」
「………少なくとも、私の今の主はそうは思わないのでしょう」
刀を竜水へと向ける。
一騎当千同士の戦いに、他の雑兵が入り込む余地はない。隼波木の残党軍の中心地だというのに、私を狙う兵の数は無に等しかった。
………いや。きっとそもそもとして余裕がないのだ。新兵が多いながらも、六櫻軍はうまく立ち回っているらしい。これは霧墨の手腕によるものだろうが、姫様の兵の育成も、決して間違ったものでは無かったという証左である。
六櫻の兵に比べればあまりにも矮小ではあるが、成程確かに足軽よりは役に立つ。そしてその判断基準が、これから戦略の基準値となり、成功率の高い戦略を取るようになっていく。
戦乱に身を置けば、そしてその戦の中で起こった事柄を整理すれば、そこまで推測が出来る。
戦いが絡まなければ、私の頭はそこまで回ってはくれないが、少なくとも姫様が須璃を滅ぼしてから行った行為のうち、三割程度は察することが出来た。
「私も決して人のことは言えませんが、あなたの言葉は借り物ですね。………秋柄蓮司の言でしょうか」
「臣下は殿のために生きるものだ。主の言葉を借りて何が悪い?」
「悪くはありませんが、秋柄蓮司は戦況を、そして六櫻の姫の事を見誤っていました。その言葉を同じように発するあなたも、きっと同じなのではないかと、そう思っただけですよ」
「………小娘が、よく言うじゃないか。お前だってわかるだろう?ただの一介の平民が、侍として取り立てられた奇跡を。手を差し伸べてくれた事に感謝し、付き従う。お前だって、そうやって今の地位にいる筈だ」
華樂様の手が、頭をよぎる。
竜水もまた、平民から取り立てられ、一騎当千として秋柄蓮司の………隼波木の国を代表する兵となった男である。
なるほど、国が違うだけで私とこの男の来歴は似ている所がある訳だ。
竜水の戦略が非常に丁寧で代り映えのしない、お手本のような動きなのはきっとその教育を施した秋柄蓮司を始めとする隼波木の武士たちが、戦乱を知らない、お手本通りの戦い方しかできなかったためだ。
天唯南方で大きな戦が起こったことは数えるほどしかなく、あっても六櫻と須璃の小競り合いのような小さなもの。
華樂様は東方の魔王の元で戦乱を経験し、私や霧墨のような古参の六櫻の兵もまた、度々それに付き従ったために、私たちは戦いを知っているが、隼波木は赤松の国が盾となり、その他の小国は国力的な問題から隼波木を攻めなかったために、恐らくはその歴史の中で、実戦を経験したのは遥か過去の事なのであろう。
………随分とぬるま湯につかった一騎当千も居たものだと、私は溜息を吐いた。
私の言葉も、確かに軽いのだろう。私は姫様の武器であると自身を定義している。私の言葉は姫様のそれと同じでいいし、きっとあの人はそうではないことを許さない。だが、戦うための才を持ちながらも、真の戦乱に身を置いた事の無い竜水という男は、そして隼波木という国は、そんな私の言葉よりもさらに軽いのだと、そう感じた。
「言葉を交わすのは、この程度にしておきましょう。ここは戦場であり、私とあなたは仮にも一騎当千と呼ばれる兵です」
「―――そうだな。一騎当千、それ即ち、単騎で戦場を駆けまわり、兵を蹴散らし、首を獲ることのできる存在。まさに戦場の支配者だ」
戦術という思考、領域の埒外に存在する怪物。
私は刀の柄を片手で握ると、半身で構える。竜水は、その自らの得物を………鎖つきの鉄球を、眼前に持ち上げた。
「いざ、参る!!」
「………」
下駄が地面を踏み抜いて、繰り出される鉄球へと向かっていった。




