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残党退治、開戦




***





遠く、隼波木の城下街を飲み込んで軍勢が見えた。

城下街といっても、既に国家の威信たる本城は焼け落ち、精々が石垣だけが残っている状況であるため、城下街といって良いのかどうかは兎も角。

軍勢の数は多いとも少ないともいえないが、それは例えば東京のスクランブル交差点を歩く人々の姿を知っているからこそ浮かぶ感想であり―――恐らくは、城下街を超えてこちらへと向かってくるその軍勢は、決して兵としては少ないものではないのだろう。

残党側に下った国衆の数は凡そ九百。国衆全体の数が千五百程度であり、そしてさらに隼波木の総勢力がその国衆を含めておおよそ六千程度である。

このうち須璃、六櫻側の支城に置かれていた兵数が二つの支城を含めて、これまた千五百程度。しかしこれは潜ませていた伏兵によってほとんど壊滅させているため、これらが集まって私たちの背後を脅かすことは無いだろう。

そして先の隼波木の本城攻めにおいてその殆どを殺し尽くした、本城に詰めていた八百。これらすべてを勘定すれば、現在の隼波木の総兵力は六櫻一国と大して変わらない程度にまで弱体化している。

………それでも、三千には届くのだ。

三千もの兵が、私の首を獲りにやってきているのだ。


「………」


左腕の指先で首筋をなぞり、全く出ていない喉仏に手を置く。そして離した。


「霧墨の推測通り、三日で此処までやってきましたね」

「馬を潰さず、それでいて兵に飯を食わせながらっていうならかかる日数は大体分かる。さて、ちゃんとした戦は初めてだなぁ」


口の端を歪ませる霧墨に視線を向ける。


「そうですね。此処まで戦では殆ど奇襲や夜襲といった速度を是とする首狩り戦術でしたから」

「合戦となればそうはいかないぜ。特にこの無理な行軍で、僕たちには馬がない訳だからな」


馬と聞いて頭に浮かぶのは、やはり騎馬隊だろう。

私の居た世界であれば最も有名なのは武田の騎馬隊。居並んだ騎馬による突撃は歩兵を容易く蹴散らす。これはまた、日本だけではなく西洋世界でも、白兵戦が主である時代にはよくとられた戦術であった。

単純な思考だ。固く、重く、突破能力の高い兵は斃れにくい。ならばその兵を量産し、敵の歩兵を全て駆逐してやれば戦には勝てる。

多少の数の不利を覆せるほどに、練度の高い騎馬兵は厄介なのである。


「騎馬兵で詰めてきますか」

「最初はそういうもんだ」

「対策は済んでいるのでしょうね?」

「あのさぁ。………お前、誰に言ってんだ?」


ならば良い。視線を外すと、改めて敵の軍勢を見据えた。

搔き集めたこちらの兵の総数は二千程度。数的不利を抱えているが、少なくとも戦術を担当する霧墨はこれで容易に勝てるという。

―――わざわざ迎え撃つ場所を山の中や六櫻の中の砦ではなく、この隼波木の平地に設定したのもまた、仕込みなのだろう。

この三日間で背後の森がその範囲を減らしていることが、それを証拠付けていた。


「姫様。私はお傍を離れます………馬廻衆を常に近くに置いておきますように。ここも確実に戦場になりますので」

「分かっています」

「では」


背後にいた夕影が刀に手を置いて、一歩前に立つ。

一騎当千足る夕影はこの残党退治の主戦力だ。その名の通り、一人で千の兵士を相手取れる存在なのだから、数で劣る六櫻側が起死回生の一手として起用するのは当たり前である。

代わりに少しばかり退屈そうに、涙助が言う。


「私も前線に出たいものですなぁ」

「城攻めでは好きなだけ暴れたでしょう。少しでいいから堪えなさい」

「ううむ、然りというものですな。次は私に一番槍をくだされ、姫様」

「………ええ、いいでしょう。その前に私の馬廻衆の顔ぶれを増やす必要がありますが」


最低限裏切らないという保証がある存在があまりにも少なすぎる。なにせ、私に反抗的だった古森ですら、それでも裏切りはしないという最低限の基準で餞別した存在なのだ。


「来るぞ、騎馬兵だ」


その古森が、優れた視力で戦場を見通す。

目を細めるその視界には、どうやら隼波木の一騎当千、竜水が率いる隼波木残党の兵の動きが見えているようだ。


「霧墨、打つけどいいな?」

「ああ………開戦だ!!」


許可を受けて、古森がその弓に矢をつがえる。

キリキリと引き絞り、敵軍の方へと向けられたその弓から、矢が放たれた。

矢は甲高く音を立てて、戦場を横切る―――開戦の狼煙は鏑矢によって切られた。

音が聞こえた所から、次々に旗が立つ。そしてそれがぐるりと振られる。振った後に旗は前、即ち敵陣を向いた。

刀を、槍を持って兵が立ち上がり、最前線の兵士が進軍する。

………旗は伝達手段の一つだ。通信機器の無いこの時代では、非常に原始的な方法によって軍勢の動きを制御する。

細かい動きが必要なときは伝令や信使を使うが、あれらは敵に掴まったり殺されたりすると指示がその時点で伝わらなくなり、更には作戦が漏れてしまう。常に使うわけには行かないのだ。

そのため、大雑把な動きや指示でいい時は旗や銅鑼を使って指示を行うのである。ちなみに、六櫻では旗や鏑矢の使用が主であるらしい。


「では姫様、言って参ります。敵軍の大将首、竜水を殺し次第戻りって参ります」


仮にも相手も一騎当千だというのに随分と軽く言うものだ。

霧墨も言っていたが、夕影は同じ一騎当千でも次元が違うらしい。これが死ぬ光景を想像できないのは確かだが、戦場では何が起こるか分からない。まだ、この夕影という刃を失うわけには行かないのだ。


「つまらない死に方をしないように」

「―――御意」


下駄の音を響かせ、夕影の姿が一瞬で遠くに向かっていく。


「うわ、騎馬隊を通り抜けて………すれ違いざまに数騎切り伏せやがった」


古森が若干引きながら状況を伝える。そしてそんなことを言いながら弓に矢をつがえて、息を吐いた。

鋭い音が響き、鏑矢とは違う鮮やかな軌道を描く矢が向かう先は、騎馬兵の先陣。

山から吹き下ろされる風によって飛距離を増した矢は騎馬兵が纏う鎧の隙間を正確に狙い、首元に突き刺さった。体勢を崩し、落馬したその兵はきっともう、背後の馬に踏まれて死んでいるのだろう。


「あれが多分騎馬隊の将だ。間引いたぞ、霧墨」

「よくやった、古森。んじゃまあ、手筈通りに、変わらずに、だ」


視力の低下している私には上手く捉えれないが、騎馬隊に詰められている六櫻側の先陣が雪の中から何かを持ち上げているのが見えた。

森の樹々を加工して作り上げられた簡易的なそれは、槍衾………代表的な騎馬兵対策の道具だった。

樹々の加工は元農民の多い現在の六櫻軍からすればお手の物である。この三日間で、かなりの範囲に槍衾を用意することに成功した六櫻軍は、来ると読んでいた騎馬による突撃をまずは待ち(・・)、確実に反撃することとしたのだ。

そうして時間稼ぎつつ敵の攻撃力と兵力を削いでいるうちに、敵の本陣近くで夕影が暴れ、そして練度不足で進軍速度の遅い六櫻軍の動きをカバーする。


「馬が止まった!!槍で叩け、潰せ!!」


騎馬兵の突撃能力が失われれば、後は的のでかい肉の塊だ。動き出した六櫻軍の槍で、そして弓で、簡単に倒れる。


「この、こんな場所で槍衾を作って待ち構えるだと?!どんな判断だ!!」

「敵には麒麟児がいる!!こっちの想定を上回るのは当たり前だ、避ける道を探せ!!突破すれば簡単に蹂躙できる!!」


突破し、動き続けるのが厄介な騎馬兵ならば、突破をそもそもさせなければいいというのは、実に理に適った戦法である―――だが、敵も馬鹿じゃない。槍衾の穴を見つけて、突破しようとする者もいるだろう。

指示を行う将を古森が潰したとはいえ、独自判断で動くものもある程度はいる

そもそも槍衾の欠点として、制作に時間がかかり、尚且つ持ち運びが可能なものでは無いため、歩兵の動きを非常に束縛するのだ………だが、霧墨がその程度の事に対策を施さない筈もなく。。

水が低地に流れる様に、攻めやすい場所を敵は攻めるものである。その心理の付け込むために敢えて開けられた槍衾の隙間には、深い深い穴が開いているのだ。


「―――落ちッ?!」


穴に嵌り、足の折れた馬は最早走れない。そして、身動きの取れない騎馬兵は、槍衾でもそうであったように、ただの的である。

槍によって、一騎ずつその命が刈られていく。

気が付けば先陣たる敵の騎馬隊はその数を大きく減らしていた。幾つもの人馬の血が大地にぶちまけられているのを、私は本陣から冷たい目で眺めている。

古森が再び鏑矢を放つ。旗がさらに前に振られ、六櫻の軍がさらに前進を始めた。


「さあ、初戦は上々………敵さんの動きに期待だな」


将棋の駒を指先で摘まみ、顔の前に掲げる霧墨の顔は、笑っていた。

ますます冷たい視線で、私は戦場を、ただ見つめるのだ。


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