残党退治、待機
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「六櫻の姫様ですね………我らは元隼波木の国衆、美田というものです。お目通しいただけたこと、感謝します」
「そうですか」
私はその言葉を発した男を薄目でみやる。
元ときたか。未だ、隼波木は滅んでいるわけではない。確かに本城を落とし、国主を殺したがその血の全てが絶えた訳でも、戦力の全てが消滅したわけでもない。
六櫻にとっての衣笠家があるように、これだけの国土があるのだ、庶家の幾つかはあるだろう。ならば秋柄の一族郎党が死んだわけではないのだから、元などと付けることは誤りである。
………さて。私たちは隼波木の城を落とした後、戦線を後方、六櫻方面へと下げて再編されているであろう隼波木の軍勢へと備えていた。
その最中にやってきたのが彼ら風見鶏の国衆だ。今まさに私に挨拶をした人間は、その国衆の中のまとめ役であり、筆頭である美田と名乗る男であった。
「霧墨」
「あいよ」
体格は良い。腰に佩いた刀も悪いものではあるまい。だが、これを使いこなせるかどうかは私には分からない。
なぜならば、隼波木程度の国に付く国衆の扱いは戦略的な部類ではなく、戦術的なもの………霧墨の領域だからだ。
国衆も天唯中央の方ではその規模は非常に大きく、戦国大名に匹敵する戦力を有する者や、どこぞの大名の下につくのをやめ、自らが大名として名を挙げた者もいる。
だが、それは物資も兵も潤沢で、たくさんの戦があり勢力図が頻繁に書き換わる中央以降の話だ。平和ボケした天唯南部の国衆は、精々が小競り合いによって生じる小さな利益の貪るような、程度の低いものばかりである。
霧墨が隼波木の国衆の事を風見鶏と称したが、それはこの国の連中だけではなく、天唯南部の国衆は大抵がそのような存在であると言えた。
「おお、あなたが霧墨様ですな。華樂殿が見込んだ若き軍師!いやはや、お目にかかれて―――」
「戯言は良い。で、お前は軍門に下るの?それとも死ぬ?」
「………は、はは。おべっかは不要という事ですね。ええ、わざわざ死にに向かう兵もおりますまい。我ら隼波木の国衆一同、六櫻の姫様に下りたく」
「そ。信用は出来ないけど、いいぜ」
隻眼を霧墨の方へと向ければ、大体の考えは分かった。彼も私と同じ印象をこの男に抱いている。
即ち、小狸だ。騙しきれるほどの意思も私たちの事を手玉に取れるだけの才覚もない。だが、まあ戦争は数という真理は事実である。腹に何か抱えている男だとしても、最低限の利用は出来る。
本陣に張られた幕の奥を見れば、恐らくはこの美田の配下であろう、やや襤褸に身を包んだ武士たちが突っ立たままだった。
彼らの視線は当然と言えば当然だが、私たちを主であるとは思っていない。ふと何かに似ていると思い、すぐに寄生虫だと思い至った。
「お前の配下の人数は?」
「………我ら国衆の総勢は千五百程となります」
「私はお前の配下を聞いているのですよ。隼波木の国衆の総数などどうでもいい」
「で、あれば凡そ、千」
左腕を首元に当てる。視線合わせずに下を見ているばかりの美田に分かるように、舌打ちをして見せた。
「凡そ?自らの兵の総数も知らぬと?」
「六百!六百程度です!!」
自らの価値を水増しするために、嘘とは言い切れないギリギリのラインで虚言を吐く。
情報の精度、重要さが理解できていないのは、実力に劣り、研鑽することもなかった天唯南部の国衆であるが故だろう。東の魔王であれば虚言を吐いた時点で首を撥ねていただろうと思いつつ、それをすることも出来ない現在の六櫻の人という資源の少なさに辟易する。
「では残りは、隼波木残党に付いた、と?」
「元々国衆は赤松の国の国境近くに多くおりまして………隼波木の一騎当千、竜水の庇護下に入り、そのまま彼の者の軍勢となったようです」
「数としては九百近い兵が向こうに付いたわけですか」
「し、しかし我ら六百の兵が姫様の側に付いたのです、元の六櫻の軍勢と合わせれば正面からの戦いでもきっと余裕で―――」
「………お前たちが役に立つと?寄生虫の、お前たちが?」
私の言葉に思わずと言った体で閉口する美田。暫くすると、その顔が赤く染まり、額に青筋が立つ。
「こ、の………餓鬼………ッ」
「本性が出ていますよ。まあ、言葉の通りです。私たちはお前たちを信用していない。だが、使えるものは使う主義です。役に立つ内は利用しましょう、けれど裏切れば―――」
「すぐに殺せる準備は出来てるから安心しろよ」
言葉の続きを拾った霧墨に頷く。そして左手で戻れと合図を出せば、顔を真っ赤にしたまま、美田は本陣の幕の外へと出て行った。
私の背後に静かにたたずんでいた夕影が問いかける。
「あのような言でいいのですか?あれでは反感を買うだけでは」
「問題ないね。元から風向きの良い方に付く風見鶏だ、僕たちが不利になれば寝返りますって顔に書いてある。ああいう手合いは最初から脅しておいたほうが良いんだよ」
「………そういうものですか」
「本当にお前は人の機微に疎いのですね、夕影」
「はい。申し訳ありません」
「最初から期待はしていません」
「………」
沈黙した夕影を放っておきつつ、外に出る。
現在の場所は隼波木の城下街から六櫻方面の街道を進み、山道に入ろうかという場所だ。最低限の整備が施された街道の終末地点であり、物資の補給や人員の合流の観点からここに陣を敷くのが最も効率がいいと判断した。
考えられる奇襲としては山を下っての背後からの攻撃だろう。義経に追われる平家になりたくもないので、背後を奪われないように警戒網は横に長く配備しており、敵兵を見た瞬間に鏑矢で知らせるように徹底している。
とはいえ、本陣そのものを横に伸ばすことは物資と人員の観点から無理がある。
本城を焼き払ってからの数日でもう一度雪が降ったこともあり、陣を敷くにもやや環境的に厳しい状況なのは事実であるためだ。
「それにしても、竜水でしたか。隼波木の一騎当千はこの誘いに乗ってくるのでしょうか」
白い息が漏れるのを見ながら、そう呟いた。
主君が死んだのであれば、この国から離れてしまうというのも一つの手である。一騎当千とまで呼ばれる実力者であれば、旅のものとなり、武勲を上げてどこかの食客として収まるのも大いに取りうる手段であろうが。
「配下は、主君の仇討ちをしたいものです。そうすることで、亡き主への餞となり、そしてその名誉を回復させます」
「死人に口などないでしょうに。感謝もされない、無駄で非効率的な行為です」
「………姫様。それが侍というものです。信じる主君に仕えるとはそういう事です」
隻眼を閉じる。そして、薄く開くと流し目で夕影の方へと視線を向けた。
「お前は、私が死んだら仇を討ちに行くのですか?」
「姫様が死ぬことはありません。私が守ります」
「仮定の話ですよ。いえ、答えは要りません」
どうせ、お前は行かない。なぜならば、私はお前たちの主君ではないからだ。私の価値は私自身ではなく、私の中に流れる血にこそある。即ち、華樂の血であることだけが、私の存在価値だ。
この血脈こそが、お前たちの主なのだ。
「また、雪ですか」
空を見上げればここ数日で見慣れた雪の粒。隼波木では珍しいことだというが、私にはよく分からない。
寒さは足が痛む。白く淀む溜息を吐いて、火の焚かれた本陣へと戻る。
霧墨が予測した隼波木残党との戦は三日後だという。さっさと終わることを願うだけだった。




