隼波木、落城
「臭い」
曲輪を超え、橋を超え、本丸の中へと向かえば、凡その戦いは既に終わりを迎えていた。
退屈そうに猫の様な欠伸をするのは珠で、その背後で洲鳥が溜息を吐いていた。
………臭いの大本は死体が焼けるそれだ。ここでも火が、人を焼く。私は足を無意味に地面へと蹴りつけた。
「結果は」
「大多数の敵兵を仕留め、秋柄蓮司を始めとした一部の衆と睨み合いの状態です」
先団へと向かうと、刀に手を置いている夕影に問いかける。現在の状態を尋ねると、次に霧墨の方へと視線を向けた。
「損耗は」
「新兵共が多少死んだ。後は怪我人が多いな、とはいっても軽傷だ。問題なく動ける」
「そうですか」
ここまでで、私が覚えている旧六櫻の兵の顔触れはほとんど変わっていない。混乱からの奇襲で、兵力の大多数を削ったため、結局最後まで大きな損害なく攻略を終えることが出来たらしい。
隼波木の本城は既に火の手に包まれ、後は城主を殺害した後、私たちが脱出すれば城攻めは終わりという段階まで来ていた。
………城は焼け落ちるだろうが、堀に覆われているため城下街に大きく火が広がる心配はない。最初に陽動のために街に放った火はとっくに鎮火していた。まあ、この時代の建造物は木造の物ばかりで、火の気は天敵だ。
かといって完全に防げるものでは無く、それ故に燃えても燃え広がらない構造に、街そのものがなっているのだ。尤も、だからこそ、私たちは容赦なく街に火を放った訳だが。
城下街全体を火の海にしてしまってはこの土地の産業そのものが死ぬ上に、私たちも脱出できない。
「では、私が向かいましょう。睨み合いとは言いますが、どういう状況なのですか」
「本丸天守を背に背水の陣を敷いている………と言ったところでしょうね」
「後ろは火でしょうに。押して殺せないのですか?」
「姫様。追い込まれた獣は獰猛に、そして意外なほど強力な力を発揮するものです。私や姫様の馬廻衆なら兎も角、新兵を無策で突撃させるわけには行きません」
「そういうものですか」
ああ、まあ人のことは言えないのか。私も手足を切り落とされてからようやく、ここまで傍若無人に振舞うようになった訳である。追い詰められなければ、人はなかなか動かない。
それは私自身が証明しているともいえる。
夕影や涙助が攻めて早々の解決、決着としないのは、その教育のためでもあるのだろう。だが、これ以上は流石に時間がかけられない。
そろそろ支城からの兵力が動き出す頃合いだろう。六櫻及び旧須璃の方面に置かれた支城については対応策があるにせよ、赤松の国への備えとして置かれた城に関してはこちらから決定的な対策をすることは不可能だ。
私たちは頃合いを見て、本拠の側へと移動し、そこで改めて陣を敷かなければならないのだ。当然、その理由は隼波木が抱える一騎当千への備えである。
「………姫様?」
「六櫻の姫様だ」
「危ねぇですよ?!」
農民上がりのその兵の声を無視して、私は夕影を背後に連れながら大きな火の手をあげる本丸天守の、すぐ傍へと向かう。
人の波が割れ、通路が出来る様を半眼で見つつ、その視線の先には片腕が落ち、残った腕でかろうじて槍を構えている、泥だらけの男の姿があった。
乱れてはいるものの、人相からしてあれが秋柄蓮司だろう。その周囲には同じように満身創痍の男たちが立っているが………その瞳は、彼と同じようにギラギラと輝き、私の事を睨み付けていた。
視線で人が殺せるのであれば、私は何度も死んでいるだろう。だが実際にそんなことは無く、彼らの憎悪では、何も成すことは出来ない。
「無能姫が………ッ」
「その無能にしてやられたのはあなたたちですよ。どうですか、無能という毒を飲み干した気分は」
―――大方、今この男が放った二つ名は霧墨あたりが拡散させたものだろう。
私への評価などどうだっていい。馬鹿な国主がそれによって備えを緩めるのであれば、それで。
引っ掛かる方が悪いのだ。つまりは大馬鹿である、嘲るように笑ってみせれば、すぐに男は激高した。
「こ、のッ!!」
片手で、それでも槍を振り上げ、投げる。
「殿!!それは悪手ですぞ!?」
「此処まで虚仮にされて手を出さずに居られるか!!!守りはもうやめだ、掛かれ!!!なんとしても、絶対にあの姫だけは殺せ!!あれは―――居てはらなぬ鬼だ!!」
「………鬼、と来ましたか。天狗に比べれば可愛いものですね」
「姫様、人に対して鬼というのは………この上ない侮辱です」
「今更侮辱されることに何も思いませんよ」
病鬼やら風邪やら、鬼というのは穢れたものの事を指す。
間違っては、いないだろう。私は確かに、穢れている。生まれるべきではなかった、育つべきではなかった。この世に存在してはならなかった。ならば、この男の言う通り、私は鬼なのだろう。
乾いた音が響いて、夕影が鞘のままの刀で投げられた槍を上空へと弾く。
夕の刻の暗闇の中を回転する槍を長身の夕影が掴むと、それを構えた。
「秋柄は殺しても?」
「良い。やれ」
「御意に」
投擲―――その飛ぶ尾すら見えず、男の胴がはじけ飛ぶ。
肋骨及びその下に埋め込まれた内臓がぐちゃりと溢れだすのが見えた。
「が、あ………え?」
当の本人は何が起こったか分からないといった様子で、自分の胴に手を当てようとするが、その動きによって背骨一本で繋がって身体が傾ぎ、地面へと転がった。
少しばかり藻掻いているように見えるが、あれは筋肉の反応だろう。恐らくは既に絶命している。
「なっ?!」
「殿ッ?!!!!殿がやられた………天狗女め、この―――ガ!?」
夕影と私に注視した瞬間、その横からただの兵士によって首を貫かれる。
戦場で視線を外すという事は………どこかに注目し、その他すべてに意識を割けなくなるという事は、死に直結するのだ。
成程、背中を火で埋め尽くせばその背後には一切の意識を置かなくてよくなる。更には意識的に狂戦士になれるとすれば、背水の陣とは存外にも効率的な命の捨て方と言えるのかもしれない。
まあどうでもいい。一度崩れればすぐに決壊するのが戦というものだ。
私が姿を現した時点で、隼波木の兵に一定の憎悪が蔓延し、私へと視線が向いた。その瞬間に、彼らの敗北は決まったのだ。
「………やはり姫様は………役者です」
「意味が分かりません。残党狩りです、お前たちも動きなさい。時間をかけたくありません、急いでやりなさい」
「御意に………」
箒が刀を構え、古森が弓を構える。
犠牲は最小限で、育てている兵もそれなりには使えるようになった。少なくとも、足軽よりは機能する………それだけでいい。
彼らにそれ以上の物は求めないし、彼ら以外にもそれは同じだった。最低限の力量、それだけが指針足りえる。
機能実験が済んだのであれば、後の人間はまさに残飯だ、生かしておく価値はない。早めに片付けて次へと掛かる、それだけである。
敵兵の首が宙を舞うのをじっと見つつ、私は身を翻した。それに続いた霧墨に命令を出す。
「隼波木攻め、最終段階の仕掛けを」
「とっくにやってる。須璃と六櫻方面の支城の兵はもう潰した頃合いだろ。急いでいる時こそ、横っ腹が痛むものだ」
「ではやはり、赤松方面ですか。それ以外の軍勢の気配は?」
「ないね。国衆は動かないだろうし。此処まで本城がやられたんじゃ隼波木の国に威信も糞もないし、風見鶏がわざわざ動くもんか」
「で、しょうね」
それも計算に入れての奇襲戦法だ。
これによって隼波木が動員可能な戦力は三割程度減少し、そして背後を急襲する支城の兵は須璃と六櫻からそれぞれ出た別動隊が潰した。
後はその別動隊と合流し、装備と陣を整えて残りの隼波木残党を狩れば、この冬の間を内政のために使える………そうでなくては、春の赤松攻めに間に合わない。
「もっとです。もっと、殺さなければ」
「………」
ふと、空を見上げればすっかりと空に月が昇っていた。
私はそこから視線を外し、燃え落ちる城を後にする。月よりも、背後の炎の方が強い。煙とその明るさで月は霞んで、碌に見えなかった。
残念だとも、思わなかった。




