火の手、本丸
………曲輪とは、城に備え付けられた曲がりくねった通路を現す。
これは場内に進入した人間をより容易く打ち取りやすくするための仕掛けであり、幾重にも用意された曲がり角が兵の動きを阻害させる。
そうして動きが鈍ったところを弓や銃で仕留める訳だ。まあ、この天唯においてまだそこまで銃は普及していないが。
如何に鎧を纏ってても天唯や、或いは日本の武士が纏っていた木製鎧では銃弾の様な威力の高いものや急所を狙った弓は確実に致命傷となる。だからこそ、大砲のような城塞そのものを破壊する新時代の兵器が登場するまで、曲輪という防御設備は城の主要なものとして採用され続けた。
仮に現代であっても、ミサイルや航空機を使用できない白兵戦においては未だ効力を発揮する程度に、曲輪というものは厄介なのだ。
「まあ、要は立体的に作られた塹壕と、言えないこともないですからね。でも、それも」
迎撃する兵士がいてこそ、曲輪は効力を発揮する。塹壕を守備する兵がいない状態では、それはただの穴でしかないように、如何に曲がりくねり兵の軌道を阻害する曲輪も、それを迎え撃つ兵が居なければただの通路でしかない。
六櫻の武士や武官として新たに取り立てた兵が、曲輪の中を攻め込む。本来であれば放たれるであろう矢雨は、未だない。故に、私たちは悠々と………というには少々急ぎ足だが、それでもほとんど無傷で隼波木の城を蹂躙していた。
こちらの損害は稀に少数の兵でこちらに向かってくる武士によるものだろう。とはいっても、大多数が大きな損害を与える前に六櫻勢の兵によって打ち取られている。
強行軍ではあるが、武装に関しては油断なく、城を落とせるに足るだけの矢や武器を持ってきているのだ。迎撃の甘い兵の動きであれば、対応は可能であった。
「隼波木城は本城だ、そうは言っても防御硬いぞ。まずは曲輪を飛び越せ」
霧墨の指示よって、兵士が生き物のように動き出す。
優れた指揮官は数多の兵士を一つの生物のように動かすが、その例に漏れず、今回も霧墨の指示によって六櫻の兵が隼波木の城を、兵士を征服せんと歩みを続ける。
刀を手に、或いは弓を手に。未だ、相手の動きは鈍い。それでも、同じように武器を手にして、隼波木の武士たちが徐々にその姿を現しつつあった。
「………城門を内から開けられたのか!ええい、抑えろ!数は少ないぞ!」
「数の優位で押せ!!集めた数自体はそこまでだ、全員で掛かれば押しつぶせる!」
―――戦力の逐次投入。
大抵の場合に於いて、それは愚策となるが、城が攻められ、混乱に陥っている状況ではそれも致し方無いのだろう。
おっとり刀そのものの姿で、隼波木の武士が私たちの前に現れる。それに対する六櫻の兵の戦いは至極単純なものであった。
「そうら、蟻が来た。叩き潰せ」
まず、その言葉に反応したのは私の背後に控えていた珠であった。
白い鬼の面の下からでも分かるくらいに、楽し気に笑むと、その肩に担いだ棍棒を握る腕に力を込めた。みて分かるほどに、その見た目には細い腕に血管が浮かび上がる。
そして、地面を蹴り上げると、土煙を上げて刀に手をかけた隼波木の侍の眼前に迫る。
「なっ!?」
「一ォォつ!!」
以前に山賊団としての珠がやったように、一撃のもとに隼波木の侍の頭蓋を叩き潰す。
血飛沫が上がり、侍の脳天がひしゃげ、その跡形もなくなった。それを見た隣の侍が雄たけびを上げるが、続けざまに払われた横薙ぎの一撃で吹き飛ばされ、曲輪の壁にその身体を衝突させる。
ぐちゃりという音が響いて、壁に血の染みが広がった。
「ヒヒヒ!!弱い弱い!!」
珠の口から白い息が漏れる。
瞬時に二人。殆ど完全武装の侍二人を、潰して見せた。夕影ならもっと早くやるだろう、涙助ならもっと巧くやるだろう。だが、その若さで珠は見事な戦働きを見せている―――正しく天賦の才だ。
「次、ッチ!」
「この餓鬼!!」
頭を動かし、その場から飛び退くと、今まで珠が居た場所に鋭い突きが放たれる。
………練度こそ六櫻の兵に劣るとはいえ、いつ命がけの戦いになるかもわからない戦国の世に生きる武士である以上、ある程度の強さは保証される。
天賦の才があっても、現状の珠は所詮は山賊上がりの山猿でしかない。数で掛かれば、無双とまではいかないのが現状であった。
だが、場を掻きまわすには珠という存在はあまりにも強すぎる。
カコン、という下駄の音が響き、その刹那に月を思わせるような煌きと、鈴のような音が響く。刃が鞘に戻されたころには、珠を狙って殺到してきていた隼波木の侍の首が一息の内に飛ぶ。
「………本当に規格外な事」
黒い髪の奥から青い瞳が覗く。薄暗い夕闇の中でも輝く天狗の瞳が。
私の傍にいたはずなのに、珠よりも早く一足の内に夕影は曲輪を攻める六櫻の兵の先頭に躍り出て、襲い掛かる数という暴力を、それを上回る個の力で蹂躙した。
あれが、天狗だ。あれが一騎当千だ。
そうとも、彼女がいる限り、城門が破られたというその時点で、隼波木の敗北は決定付けられている。あとはどれだけこちらの損害を減らし、尚且つ経験を積ませるかという段階に来ている。
「白鬼衆。あなたたちは好きに動きなさい。目的は攪乱、正面から戦おうとは思わないことです」
「分かってますわ。俺らは自分の実力を過信しとらんので。あの天狗の大将みたいには振舞えませんわ」
洲鳥がそう言って、駆けていく。
夕影は先頭に、白鬼衆は攪乱に。残ったのは箒と古森、そして涙助である。どこか身体をうずうずさせている涙助の方に呆れを多く含ませた視線を向けると、指示を出した。
「お前も行け。さっさとこの戦を終わらせろ。けれど、きちんと教育をするように………兵を育てなければなりませんので」
「御意に御意に。さてさて、血が滾るものだ」
これで残ったのは古森と箒だ。
「………おい、華燐。お前を狙ってる。打ち落とすぞ」
「ええ」
私が頷くその前に、古森が放った矢が曲輪の上の設けられた矢狭間から覗く弓兵の頭蓋を撃ち抜いた。
針の穴を通すかのような繊細な射撃。須璃の勢力を夜襲した際も見せた冴えわたる弓の腕。彼女もまた、一騎当千とまでは行かないが、それでも天賦の才を持つ猛者なのだろう。
「………?」
ふと、私は古森の方を見る。
そう言えば今こいつ、始めて私の名を呼ばなかったか?
そんな風に疑問に思ったがきっと気のせいだと思考の向こうに追いやった。軋む義足を動かして、兵が蹂躙した後の曲輪を抜けると、六櫻の勢力は隼波木城の本丸の制圧に取り掛かっている。
「内側はより酷いものですね」
白鬼衆は二の丸の大手門だけではなく、当然本丸の城門も崩している。というよりもただ開け放っただけの二の丸の大手門に比べ、本丸の城は完全にその機能を失わせるように重要な場所を壊し、或いは焼いている。
隼波木の兵は急いで搔き集めた木材や土塁を置いて仮の門を作ろうとしているようだが、一気呵成に責め立てる六櫻の兵の勢いを止めることは叶わないらしい。
………混乱は収束してきている。それは間違いないが、その前に私たちは本丸の中へと攻め込むだろう。異臭がして鼻を摘まんだ。
人間が燃えている。火を放ったのだから当然だ。手を伸ばす。こちらに向けて。その人影は別の人影に切り裂かれて、地面に転がった。
敵かそれとも味方だったのか。何も分からない。そもそも、どうでもいい。
「六櫻………!六櫻め!!なぜだ、何故隼波木を攻めた………!混乱を、平和な天唯の南方に混乱を引き起こすつもりか………!!」
足元で黒こげの死にかけがしゃべる。
「許さぬ………お前は、鬼だ………鬼の姫だ………殿、逃げてくだされ………」
「平和?平和など、どこにあるものか」
隻腕を振る。箒が未だ動こうとした死にかけの腕を切り飛ばすと、更に首に刃を突き刺して的確に処理した。
この時代の兵はしぶとい。いや、兵というよりは人間そのものか。
「おい、華燐。本丸、六櫻の軍勢の戦闘。敵の大将とかち合ったみたいだ」
「………隼波木の国主、秋柄蓮司ですか?」
「兜とか鎧に隼波木の紋があるから恐らくな」
足の遅い私を置いて突き進んだ六櫻の軍の戦闘は、とっくに本丸も蹂躙して、いよいよ隼波木に於ける最期の戦いという局面に到達していたらしい。
「………急ぎますか、姫様。必要とあれば抱えて進みますが………」
「いいえ。このまま悠々と進みましょう。終わった頃に出向いたほうが良い表情が見れそうだ」
「………姫様は、役者ですね………」
「は、どこが。こんな表情の死んだ舞台役者など、誰が雇うものですか」
そも、手も足も無いというのに。
下らないという顔を向けると、私は歩く。もうすっかり、私のいる二の丸の曲輪は、静かに燃える音だけが響くようになっていた。




